第13話 守の退場
幽路守は、最後の鎖をするすると手元に戻し、空気を裂くように纏っていた霊気をすべて沈めた。
その仕草には勝者の誇示も敗者の悔恨もなく、ただ「役目を果たした」という確信だけがあった。
「――魂は、還るべきところへ還る」
低く響く声は、空間そのものを震わせた。
「生者が留めようとも、抗おうとも、その流れは変わらぬ」
鎖の先に連なっていた無数の魂が、呼応するように淡く光り、やがて静かに霧散していく。
それは鎮魂の祈りにも似ていたが、同時に非情な宣告でもあった。
霊夢は一歩も退かず、その言葉を受け止める。
胸の奥に冷たいものが広がる――博麗の巫女であっても、この「道」の理には抗えないのではないか。そんな予感すら漂わせる重みだった。
「……魂が還るべきだなんて、わかってるわよ。でも――幻想郷を巻き込んでまで押し通す道理じゃない」
霊夢の小さな呟きに、幽路守は応えることなく、ただ背を向けた。
その姿は淡い霞となり、闇の回廊にゆっくりと溶け込んでいく。
残されたのは、霊鎖が擦れるかすかな金属音。
それもやがて消え、辺りを支配したのは、不気味なほどの静寂だった。
「……行っちまったな」
魔理沙が帽子を押さえ、悔しげに舌打ちを漏らす。
その声音には苛立ちだけでなく、不可解な存在を前にした恐れと焦燥も混じっていた。
霊夢は黙って札を握り締め、消えた気配の残滓を睨む。
「放っておけない。あの『道』……放っておけば、幻想郷を根ごと飲み込む」
吐き捨てるような言葉は、決意を固めるための宣言だった。
その瞬間、冷たい風が通り抜け、背筋を刺す。
それは番人が去った後にもなお、この「ゴーストルード」が確かに生きていることを告げていた。