第1話 博麗神社に群がる幽霊
博麗神社の境内は、いつもと同じく静まり返っていた。
しかし、その静寂は唐突に破られた。
白い霞のようなものが、森の向こうから幾重にも押し寄せてくる。最初は薄靄かと思ったが、やがてそれは輪郭を持ち、顔を持ち、呻き声を漏らすようになる。
幽霊――。しかも、ただの数体ではない。数百、数千の群れがうねりながら博麗神社へ殺到していた。
「……やっぱり面倒ごとか」
博麗霊夢は縁側から立ち上がり、退屈そうに伸びをする。だがその眼差しは既に、敵を見据える鋭さを帯びていた。
幽霊たちは人の形を模した半透明の影。通常ならただ漂うだけの存在に過ぎない。だが、今目の前に迫る群れは、何かに操られるように一方向へ進み、破れた口から低い唸りを洩らしている。
それはもはや自然の流れではなかった。
「来るなら来ればいいわ。全部まとめて祓ってやる」
霊夢は袖を払うと、懐から札を取り出した。紙片が指先から風に舞い上がり、夜気に漂う。霊力を帯びた札は淡い光を放ち、迫る群れへ一直線に飛翔した。
――炸裂。
境内に霊符の光弾が散りばめられ、幽霊の前列が一瞬で霧散する。しかし、すぐに後列から押し寄せ、波は途切れない。
「やっぱり数が多いわね……」
霊夢は空へ飛び上がり、袖から次々と霊符を投げ放つ。弾幕が展開され、赤と白の光弾が夜空に咲く。
幽霊の群れも、ただ撃ち抜かれて消えるだけではなかった。破片のような怨念が反撃の弾を形成し、黒く濁った光が四方から放たれる。
「ほう……撃ち返してくるなんて、らしくないじゃない」
霊夢は扇状に広がる黒弾をすり抜け、札を散布。まるで舞うように身を翻し、弾幕の隙間を滑る。
境内の空は、光と闇の粒子で埋め尽くされた。幽霊の怨念が放つ黒い奔流と、霊夢の祓いの弾幕が激しく交錯し、夜を赤白に染め上げる。
だが、霊夢は揺るがなかった。
その身はただ一直線に――幽霊の大群の中心へ。
「元を断てば、散るはず……!」
霊夢は最後の一枚を取り出し、札に霊力を注ぎ込む。符は眩い光を放ち、流星のように一直線に放たれた。
爆ぜる閃光。
境内を覆っていた幽霊の群れは、その輝きに呑み込まれ、悲鳴のような残響を残して霧散していく。
――静寂。
数刻前と同じ、虫の音だけが残る夜が戻った。
だが霊夢は、弾幕を解かぬまま、宙に漂う気配を感じ取る。
「こんな数の幽霊が、一度に……。これはただの騒ぎじゃない」
そう呟く彼女の視線の先、森の闇の奥で何かが微かに蠢いた。
それは、さらに大きな“道”が開こうとしている前触れであった。