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 悪夢だと信玄は思いたかった。知りたくはなかった。知らずにいたかった。しかし彼は知ってしまった。

 目の前に控える情報元の忍びの三ツ者を、今にも一刀両断で斬り捨ててしまいたいという衝動を、信玄は必死に抑えていた。


 なぜ、知らせたのか――なぜ、自分は知ってしまったのか――。


「もうよい! 下がれ。よいか、このことは、ゆめ他言無用ぞ」


 ほとんど怒号に近い声を三ツ者にあびせ、信玄は唇をかみしめた。


 今日、甲府よりゆうかたが、この長篠城へと到着した。信玄が呼んだのである。祐は信玄の最愛の女だった。かつて彼が愛した諏訪御料人――かつては敵方であった諏訪頼重の娘である。その御料人は十七年前、信玄が三十四歳の時に死んだ。そのすぐ後に、心にぽっかり空いた穴を埋めるべく、信玄は自分と同郷になる甲斐の出で身内の中でも最もその美貌をうたわれていた祐姫、今の祐の方を側室として迎えた。わずか十五歳だったその姫も、今では三十を超えている。ほぼ正室的地位にあった三条夫人も、一昨年に死んでいる。

 その祐の方が、この長篠城に着くや否や……


 そもそも今回の出兵はいくさを目的とした出陣ではなく、あくまで上洛の軍だ。だからこそ最愛の女とともに都の地を踏むべく、信玄は祐の方を呼び寄せた。遠江と三河を平定した今こそが、その好機だと思ったのだ。


 それにしてもなぜあのような男に祐の方の世話役などを命じてしまったのかと、信玄は悔やまれてならなかった。所詮徳川からの寝返り者の、新参者なのだ。新参者など、信じるべきではなかった――。


 それに祐も祐だ。上洛軍とはいえ都の地にわが旗を立てるまでは戦の陣中と心得、愛する女が同じ城中に来たからとて自分は逢うのも慎むつもりでいたのだ。それなのに世話役ごときに体を許すなどとは、祐の自分に対するあてつけなのだろうか――。


 誰にも打ち明けられない悩みに、信玄は苦しんだ。あらためて怒りが湧き起こる。猛将の山県三郎兵衛あたりに間違えて漏らそうものなら、


「今がいかなる時か、お屋形様はお心得あるや。戦の陣中でござる。しかも上洛を目前に控えている時ではござらぬか。そのような大事を前にして家臣の色恋沙汰など、たとえその相手がお屋形様の御側室といえども、大事の前の小事でござる。離反謀叛なら話は別でござるが!」


 などと言って、血相をかえて詰め寄ってくるに決まっている。そのことは充分に分かってはいるがやはり口惜しくて、その晩信玄は一睡もできなかった。

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