虚言と虚構と
【前書き】
開いてくださりありがとうございます。
そしていつも、リアクション・ブックマーク・コメントをいただきありがとうございます。
少しでもこの小説を楽しんでくださいませ。
生きる理由なんて、死にたくないだけで十分とよく言われるが、
同じように死にたい理由なんて、生きていたくないから。で納得できるだろうか。
実家の二階にある自室。
デザイン重視の木造建築で柱がむき出しになっている。
その柱にロープをくくりつけ、ボクは今首を吊ろうとしている。
所謂自殺だ。
好きなことと言えば特にはなく強いて言えばご飯を食べること。
嫌いなことと言えばそれ以外。
本当に最低最悪な人生だったと思う。
生まれてからずっと自分の居場所なんてどこにもなかった。
人より無口で表情も変化が少ない。それに加え太っている。食べることが好きなのだから大きくなっても不思議じゃない。
無口で無表情でいれば両親も気味悪がり、クラスメイトからもいじめを受けていた。
太っているんだ。さらに無口で何も言い返したりしない。恰好の的だろうよ。
正直疲れた。
友達もいない。両親もよく思っていない。
はけ口なんてどこにもなかった。
このまま生きていたって、どうしようもない。だったら死ねばいい。
そう、ボクは今日首吊り自殺をする。
こんなに太れるくらいには、この世のご飯を食べてきた。それだけで満足だ。
この世に未練はない。
ロープの輪っかを首にかけ、立っている椅子を思いっきり蹴飛ばした。
これでサヨナラだ。
苦しい。息ができなくて苦しいわけじゃない。首が絞められて苦しいのだ。
今更藻掻く気力も無い。嘔吐するような感覚がきつく、目には涙が浮かんできた。
もうすぐだ。
次の瞬間、苦しさはなくなった。
でも嘔吐するような感覚は残っていて、その場で咳き込んでしまった。
結果自殺は失敗に終わった。
自分の体重にロープが耐えきれなかったのだ。
首が締まりやすいようにと、細めのロープを選んだのが間違いだっただろうか。
いや、ロープをくくりつけていた柱も心做しか歪んでいるように見える。
ロープを太くしようとも、失敗に終わっていたかもしれない。
それならばどうするか。
痩せるしか無い。ボクは自殺をするためにダイエットをすることにした。
方法はいたって簡単。食事制限と運動だ。
まずは食事。
両親から見捨てられているボクは食費として月に2万円をもらっている。
ま、簡単な話同じ卓を囲んでの食事はするな。自分で食べろという意味なのだろうが、それが今は好都合だ。
好きなものを食べていたボクはその日から野菜や魚を中心にした食に変えた。
最初こそ苦痛だったが、野菜もドレッシングの味が豊富で美味しく食べることができた。
魚は別に嫌いではない。キッチンに行くと両親に会う可能性があるため焼き魚など少し凝ったことはできないので、パック寿司や刺し身など生で食べることが可能な方法を試した。
次に運動。問題はこっちだ。
汗を掻く行為が不愉快で仕方がない。でもこれもすべて死ぬため。
簡単な散歩から始めてみた。走りはしない。歩くだけだ。
日に日に歩く距離を増やしていき、ある程度体力が付き始めたところで、ジョギングに切り替えた。それも日に日に距離を増やしていった。
食事改善をしながらジョギングを続けていたが、なかなか体に変化は訪れない。
調べたところによると、筋肉をつけないといけないらしい。
その日から腹筋とスクワット、腕立て伏せを追加でするようになった。
効果覿面だった。
8ヶ月が経って、成果が目に見える形で現れた。
体重にして25kgほど落とすことに成功した。
無駄な脂肪が落ち、フェイスラインが見えるようになり、着ていた服のサイズも3サイズほど小さくなった。
この頃から周りの反応が今までとは変わってきた。
恐ろしいくらいに。
先にクラスでの評価が変わった。
簡単な話、いじめられなくなった。それどころか女子から声をかけてくることもある。
無口で無表情は太っていると根暗で気持ちの悪いやつ。
でも痩せるとそれは”クール”という別の呼び方に変わるらしい。
いじめの主犯格だったヤツですら、ボクに話しかけるようになった。昼食を一緒に取ろうだの、休日は遊びに行かないかだの。
きれいなまでの手のひら返しだ。
それから両親から向けられる目の色も変わった。
先に声をかけてきたのは母親からだった。
話は最近かっこよくなったね。たまには家族でご飯でもどう?などといった内容だった。
父親からも声をかけられた。
学校に友達はいるのか。勉強は大丈夫か。欲しいものはないか。あるなら買ってあげようか。
正直気持ちが悪い。大変不愉快だ。
自分たちがしてきたことをボクが忘れたとでも思っているのか?
容姿が変わっただけで、こうも周りの態度は変わるものなのか。
内面は評価の対象にはならないのか。
ボクは特に返事をするわけでもなく、軽く会釈をして自室に戻った。
次の日はもっと最悪だった。
クラスの女子に告白というものをされた。
薄っぺらい告白だった。「ずっと前から好きでした。」
そんなわけがない。お前はボクがいじめられているのを知っていて見て見ぬふりをしていたじゃないか。
虫唾が走る。
告白の返事は明日聞かせてほしい。といってその女は逃げるように走っていった。
なんて自分勝手なんだ。
勝手に告白して、勝手に返事を求めてる。
ボクがいじめられていた時に助けてと声を出しても、誰も返事もしなかったくせに。
ふざけるな。
家に帰っても不快だった。
母親が家族で外食にでもいかないか。と言ってきた。父親が明日ははやく上がれるらしく、たまには家族揃って食事をしたいとのことだった。
そんな話を一方的にされていると、父親が帰ってきた。小脇に何かを抱えながら。
ボクのために服と釣り竿を買ってきたらしい。
次の休日に釣りにでもいかないか?とのこと。
息子と釣りをするのが夢だったと語ってきた。
自分たちがしてきたことを本当に忘れているかのようだった。
ただ少しの後ろめたさと罪悪感があるのだろう。
表情がほんの少しこわばっていて、冷や汗を掻いていた。
ボクは今自分ができる満面の笑みでその二人にいった。
「また明日ね。」
ボクは足早に自室通じる階段を駆け上がった。
後ろで二人の嬉しそうな声が聞こえてきた。何が嬉しいのやら。
ボクは鍵付きの引き出しから以前使って失敗したロープを柱にくくりつけた。
今日ボクの目標は果たされる。ボクの目標はただ一つ。自殺を成功させることだから。
今回は成功する。あのときとは何もかもが違うから。
「さよなら」
ボクは椅子を思い切り後ろに蹴飛ばした。
【後書き】
短編でした。
成功したかどうかは、ご想像にお任せします。
最後まで読んでくださりありがとうございました。