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通り雨には毒がある  作者: 白宮しう
一章 表と裏
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十三話 葉主会議

ここまでお読み下さりありがとうございます。

ただいま続きを執筆中です。


 早朝の寒さと霜が積もることにも慣れてきた頃、葉流城にて葉主会議が行われることになった。

 自宅からほど近い葉流城を見上げた渡はどこか疲れたように息を吐く。

 ここからいくら見上げても葉流城の全貌は把握できやしない。この城は地下深くにまで続いているし、一部は山の中を貫通している。歴代の葉王たちによって今に至るまで、木の根のようにゆっくりじっくりと少しずつ拡張しているのだ。


「そろそろ新しい地図を描かなあきませんね」

「気配を消して近寄るな、戸ガとがすけ

「すみません、渡さんが珍しくぼけっとしてはるから、ちょっと揶揄いたくなってしもた」

 

 渡が鋭い眼光を飛ばした先には、眠たそうな目をした長身の青年がいた。えへへ、と笑いながら頭を掻けば大量の土埃が辺りに舞った。

 よくよく見れば、癖の強い茶髪もずいぶん整った顔も煤を被ったのではないかと疑いたくなるくらい汚れている。

 咳き込んだ渡は、一切の加減をせず頭に拳を落とした。


「これから大事な会議だと言うのにお前ときたら。身なりぐらいは整えてくるべきであろう!」

「いた! なにこれほんまに痛いやつやん、頭割れたらどないすんねんクソジジイ」

 

 葉流城の正門前でぎゃあぎゃあと言い合っていると、呆れた顔をした駆爺がやってきた。


「お前たちはガキか。それにしても戸ガ助は酷い格好だな。全身汚れきってるじゃねえかよ」

「これはわざとやないんです。ここに来る前に、良い水脈を見つけたから井戸を掘ってたんや」


 どやと得意げに胸を張る戸ガ助。渡はそれなら納得がいったとばかりに鋭い眼光をしまった。

 戸ガ助は清水郷の若き葉主である。

 清水郷には広大な作物や水源の管理施設がある。鼻が利き、目が良く、勘が鋭い戸ガ助は幼いころから清水郷の葉主となるべく育てられてきた。葉主としての経歴はまだ浅いが、実績はすでに歴代の葉主を抜きんでている。彼が葉主についてから作物はより良く育ち、楽心園の端まで水質が安定したことが何よりの証拠であった。


「確かにこんなに汚れとったら葉王様に怒られてまうかもしれんけど、そん時は庇ってな」

 

 ぽん、と気安く渡の肩を叩く戸ガ助。

 渡は戸ガ助とこうして接するたびに思うのだ。彼のことは認めている。今の清水郷が安定しているのは彼の力あってこそ。だがこの気の抜けてしまうような緊張感の無さは葉主としてどうなのだろうかと。いや認めてはいるのだが、ともう一度考え直したところで正門がゆっくりと開いた。

 駆爺がつまらなさそうな目を正門の奥へ向ける。


「さあて、議題はなんだろうなあ」

「そんなん落ち葉通しの儀一択やないですか」


 例年より早く落葉の第四葉を飛ばしたことによって、落ち葉通しの儀がよりいっそう現実味を帯びてきていることは紛れもない事実だ。

 城内はここ最近で一番の慌ただしさだった。

 廊下を行き来する何人もの使用人たち。上等な反物たんものを溢れんばかりに抱えて小走りしている者も多い。

 そんな人の波を掻き分けて、立ち尽くす三葉主のもとにやってきた一人の少年がいた。


「今回の案内人を務めるよすがです。申し訳ございません、ここしばらく慌ただしい日が続いておりまして、この有様でございます」

 

 初々しく緊張している縁に対して、渡はふっと頬を緩めた。


「気にしておらん。では案内を頼もうか」

「お任せください!」

 

 葉流城は生きていると揶揄されるほど日々形を変えている。だからこそ案内人は葉流城にとって客人を招くうえで欠かせない存在だ。


「ぼく、葉流城って苦手やわ。煌びやか過ぎて目えチカチカするんやもん」

 

 しぱしぱと大げさに瞬きする戸ガ助に異論はなかった。

 極彩色の襖を何度も通り過ぎる度に方向感覚があやふやになってくる。

 後宮こうきゅうも兼ねている葉流城には、正室と側室のほかにも数多くの女中や葉王付きの落葉が暮らしている。この悪趣味なほどに派手な襖を有するのは後宮の敷地にあたるとみて間違いない。


「葉王がいらっしゃる亀の間までもうすぐです」

 

 一つも道を間違えることなく城内を進んでいる縁の言葉通り、それから数分歩いたところで亀の間に到着した。

 優雅に泳ぐ一匹の海亀うみがめが描かれている襖を引くと、中から葉王と蜜花の話し声が聞こえてくる。


「渡様、いらっしゃい。みなさまもお待ちしておりました」

 

 訪問者にいち早く気付いた蜜花が、音もたてずに椅子から立ち上がった。

 薄桃色の生地に華奢な花が散った小紋こもんは、まだ幼さの残る蜜花によく似合っている。


「先週ぶりですな」

「渡様は相変わらずのお忙しさですね」

 

 どうぞこちらへ、と姫君直々に席へ案内される三葉主を見届けた縁は、ゆったりと自席でくつろぐ葉王に一礼をしてから部屋を後にした。

 亀の間は小ぢんまりとした洋室だった。

 丸椅子が人数分用意されているだけで、豪奢な置物だとか屏風の類は一切ない。

 蜜花はそれぞれが適当な椅子に腰掛けたのを見計らい、しずしずと頭を下げた。


「お邪魔になってはいけませんので、わたしは部屋に戻ります」

「真っすぐにな」

「もう、お父様ったら!」

 

 風船のように頬を膨らました蜜花は、だんだんと豪快な足音を立てて部屋から出て行った。

 その背中を見送った戸ガ助が感慨深そうに頷いた。


「いやあ、蜜花様も大きくならはりましたねえ」

「ますます母親に似てきたんじゃないか。なあ、葉王」 

 

 葉王は蜜花と同じように頬を膨らませて駆爺を睨んだ。


「あの子が生まれたばかりのころは、俺によく似てるって言ってくれたはずだが」

「そんな昔のことは忘れちまったぜ。さっさと会議を始めるぞ」

 

 落ち葉通しの儀の準備はこのまま進めておこうか。落葉の第四葉の進捗に問題はないから、もう準備を終えておいても良いのではないだろうか。だが中止となる可能性が消えたわけではないだろう。大勢が関わる行事だ。落葉の第四葉が無事に帰ってきたことを確認してから最終調整しても遅くはない。

 各々が意見を出し合い、吟味し、葉王が決定する。

 白岩場の意見は渡が、楽心園の意見は駆爺が、清水郷の意見は戸ガ助がまとめて持ってきている。その数は多く、おかげで話しが尽きることはない。何より第四葉が例年よりも早く発った分、帰還は年明けよりだいぶ速まる見込みなのだ。のんびりとはいかない現状である。

 途中でしずしずと部屋に入ってきた女中が、それぞれに温かい湯呑を用意する。

 渡の鼻がひくりと動いた。清水郷の茶葉は高品質で味も香りも良くてお気に入りなのだ。


「相変わらず美味しい」


 疲れた体に染み渡る。なみなみと注がれた透き通った緑は目をも癒してくれた。

 時計の針はとっくにてっぺんを超えていた。外の寒さはさらに増していることだろう。

 渡が密かに疲れた目をさすっていると、駆爺がわざとらしく咳払いした。


「そういや真琴のことだけどよう、すっかり学舎に馴染んでいるぞ。だから、もうそろそろかと思って、ちょっとばかり突いてやったところだ」

 

 渡の鋭い眼光が駆爺を射抜いた。

 その圧は凄まじく、静かに話しを聞いていただけの戸ガ助が身をすくめたほどだった。

 しかし駆爺は飼い猫に睨まれた程度にしか思っていないようで、うざったそうに手で払いのける仕草をしてみせる。


「後始末はおれがするから問題ねえだろ」

「あの子を何に巻き込むおつもりか? 真琴はあなたの後継者候補であり、そもそも本来すぐにでも裏国に返すべき子だ。ただの玩具にするだけのようなら、さっさとこちらに返していただきたいですな」

 

 駆爺は面倒くさそうに頭をぼりぼりと掻いて、だはあ、と大きな溜息を吐いた。

 渡は良い奴だと駆爺は常日頃思っている。堅物で頑固で反吐が出るほど真面目だが、真っすぐな善性は好ましいとも。だがしかし、同じくらい面倒な奴だとも思っている。渡の正義は真っすぐだからこそ、悪意は徹底的に淘汰されるべきだと決めつけているところが特に。

 説明が面倒だが、伝えておかねばならないことがある。

 駆爺は何となく体調が悪くなってきた体に鞭を打った。


「意味があるから預かったんだ。真琴と渦に関わることだからな」

 

 背もたれに深く身を預けた駆爺が葉王へ目を向けた。それに葉王は軽く頷いて続きを促した。


「知っての通り真琴の渦は厄介だ。だが、契約を結べたのならある程度言い聞かせることはできるはず。それが今に至るまで出来ないのは、思いの強さが足りてないからだと考えてみた」

「思いの強さ」

 

 戸ガ助が繰り返す。

 そうさ、と駆爺は確信めいた表情で一同を見渡した。


「帰りたい、だけでは弱い。いっそのこと真琴に表国を拒絶するような強い気持ちがあれば、あの渦は動こうとするのかもしれねえ」

「その根拠は何なん?」

「思い付きだ。でも強いて言えば、真琴に接触しようとする子が現れるたびに、渦が揺れてるって感じるからだ」

 

 駆爺が創設した学舎は、隅から隅まで強力な結界が張られている。許可なく外部の人間を入れないようにするためだ。その結界を張っているうちの一人である駆爺は、その結界を通して学舎内のことを感覚的に把握できる術を持っていた。


「近頃は特によく揺れる。警戒しているように感じだ」

「思いの強さ、か。それであと一押しができれば、望み通り動いてくれそうなのか」

 

 葉王の問いに駆爺は満足そうに頷いた。


「ああ。だからおれはきっかけを作ってやったに過ぎない。ちいっと乱暴かもしれねえが、このまま平行線でいるよりかは断然いいだろうよ」

 

 話しを聞いていた渡は顔を顰めたが、否定はしなかった。

 異論がないのであれば、そろそろ会議の本題に戻ろうか。そんな空気を断ち切って、大きく首を傾げる戸ガ助が駆爺に疑問の目を向けた。


「さっきから思ててんけど、真琴くんって子は駆爺の後継者候補なんやろ? それやのに裏国に返そうとしてんのって何かおかしない?」

 

 その至極真っ当な言葉は、駆爺の豪快な笑い声に吹き飛ばされた。

 駆爺にとって真琴は大事な後継者候補だ。裏国に返したい渡と手を組んで、今は渦を扱えるようにするために預かっている。

 だからと言って、真琴だけがこの先の楽心園を背負っているわけではない。


「真琴が本当に楽心園の後継者として相応しいとおれが思えば、意地でも裏国に戻すつもりはねえけどよ」

 

 渡が瞬時にそれには意見ありだと身を乗り出した。

 しかしそれを華麗に無視した駆爺は、屈託ない少年そのものの笑顔を浮かべる。


「おれがいるのは、無限大の未来ある子供たちが集う学舎だ。楽心園の新たな葉主となり得る子なんて、真琴以外にも数多といる。そんな全ての子供たちに、学舎で表国を学んで良しも悪しも知り、おれたちが生きるこの地を理解した上で選択肢を与えてあげたいんだ」

 

 きらきらと輝く目に、星が閉じ込められていると錯覚してしまいそうだ。

 それほどまでに希望に満ちた顔をして朗々と語る駆爺だったが、はたと我に返ったようにいつものつっけんどんな調子に戻った。


「そろそろ本題に戻らねえと、時間がいくらあっても足りねえぞ」

 

 深夜に及ぶ葉主会議は、当然の如く参加者の体力を奪っていった。

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