こんなに仲良く話し合う魔王と勇者がいたであろうか?
「え~っと? まとめると、その人は店に入った後の魔物の手際の悪さで言い争いになって、それが着火剤になって一気に周りも巻き込んで互いに罵倒し合い、取っ組み合いにまで発展したと。そういうことだね?」
「周囲の人から聞いた話をまとめるとその通りです、テルース様。今回の騒動の大元となった人間と魔物の二人の発言にも相違はありません」
テルースとイグニスはそれぞれの配下を交えて互いに話を聞いた結果、きっかけは本当に些細なことだった。
日常でいつでも起こり得る小さないざこざが、法に背くレベルの大事になってしまったというのだ。
これだけならどこへ行ってもそういった事態は日常茶飯事だろうが、問題はこの騒ぎからまた明確に互いの種族間に大きな溝を作り出してしまったことだ。
人間同士、あるいは魔物同士であれば、大した問題ではないのだが、この騒ぎは危うく戦争の引き金になるところだったのだ。
またこの騒ぎから発生した互いの確執は簡単には消えないため、今後の互いの接触について改めて見直す必要が出て来る。
いくら法で禁足事項の線引きをしたところで、生き物の感情というものは理性を簡単に上回り、その超えてはならない一線を簡単に超えて行ってしまうものなのだ。
きっかけはあまりにも些細なことなのにも関わらず、それが引き起こした問題はその何十倍も厄介なものであり、テルースとイグニスの二人は大きなため息をつくことになったのだ。
「ねぇ……どうしたらいいの? テルちゃんなんか案ないの?」
「私も聞きたいんだけど。てかテルちゃん呼びやめれる?」
「わかった、やめる。それじゃあどうするよ……。もう時間に任せるしかないのかなぁ、テルちゃん?」
「やめれてないのには絶対にツッコまないからな……。まあ時間……が解決してくれたらいいけど……」
二人は部屋に戻ってダレながらそんな話を続ける。
この騒動の事情聴取で二人の体力はすっかり持っていかれてしまっていたのだ。
テルースは机にうな垂れ、イグニスはソファに力なく倒れこんでいる。
……とても種族を代表する者たちの姿ではなかった。
「……よし。できないことを嘆くんじゃなくて、できることを考えようよ」
「テルちゃん、今それがないからどうするよって話をしてるんだよ。なにも”よし”ではないわけよ」
「そうなんだけど、そうじゃないんよ。この状況はもう時間が解決してくれるのを待つしかないわけじゃない? だけどただ待つだけなのは違うじゃん」
「そうだね。それはわかるんだけど……」
「ならその時間ができるだけ短くなるようにするのが、今私たちができる最大の解決策だと思わない?」
「あぁ……。テルちゃん頭いいね」
「疲れて頭悪くなってるんだよ、イグニスは」
「それは……! ……そうかもしんないけどさぁ!」
そう言って事態に干渉できないもどかしさに、イグニスはソファの上でジタバタと暴れ始める。
「駄目だこりゃ」とテルースは机の上で大袈裟にリアクションを取ると、バンッと机を叩いて立ち上がり、ソファの上で暴れるイグニスの頭にチョップを叩きこむ。
大袈裟にやられたふりをする彼女の体を引っ張って姿勢を正し、低いテーブルを挟んだ対面にあるソファに座り込む。
テーブルに肘を立て、手を口の前で組むとテルースは自らが発した解決策について、イグニスと話し合いを始める。
「まず一番避けなきゃいけないことは、人間と魔物の関係がこれ以上悪化すること」
「それは間違いないね。もう戦争なんか御免だけど、私たちの一存だけじゃ皆は納得しないからね」
「そう。今回の一件で互いの関係に溝ができちゃったわけだけど、それを埋めるのは時間しかないの。だからみんなの関係は私たちがどうこう言えば解決するものでも、新しく何かを始めたらすぐに直るわけでもないの」
「そうね。それができるならとっくにしてるし、今は特にデリケートな時期だから、極力波風を起こさないことが大事よね」
「でも、これ以上関係が悪化しないようにするにはっていうのもまた、私たちがどうこうできるものじゃない」
「これはそれぞれの意識の問題だからね。それを書き換えるなんて超常的なこともできないし……」
「ならどうすればいいのか? ただ指を咥えて待ってるわけにもいかないじゃん?」
「うん。……で? ここまでベラベラ喋ったわけだけど、その時間を短くする~っていう案は何かあるの?」
「……」
そこでテルースは黙り込んでしまった。
どうやらここまでつらつらと喋った割に、何も考えていなかったようだった。
その反応に思わずイグニスはコケてしまう。
「おい! そこで黙るな! 何か考えありますって流れだったじゃん!」
「いや~……無いものは無いんだよねぇ~……」
「なんかあるでしょうよ! 例えば~……何か互いの印象を変えることを起こすとか!」
「何よそれ。そんなん起こせるなら苦労しないっての……」
「この際ヤラセでもなんでもやってみるしかないんじゃない?」
「バレたら?」
「……っ! すぅ~……バレないように頑張ろう!」
「むっずいこというね~……」
そうは言うテルースだったが、イグニスの案自体には大賛成であった。
とにもかくにもこの状況を打破しなければ、大戦争時代に逆戻りなのである。
故にうかうかしてられないのは重々承知しているのだ。
早速二人は、互いの印象が変わるような心温まるストーリー(ヤラセ)を考え始めるのだった。
*
そんな過去の情景を思い出したスルトは、目の前で暴れるアスロンが過去のイグニスと全く変わらない暴れ方をしていたのがおかしく、ついクスッと笑みを浮かべる。
「ちょっと、何笑ってんの? あなたも他人事じゃないんだよ?」
「いや、ちょっと昔を思い出してただけだよ。こうして我が儘な感じでよく暴れてたでしょ?」
「そうだっけ? ってか我が儘な感じってどんな感じよ」
「その地団駄を踏んでる感じよ。なんにも変わってなくてなんか安心しちゃった」
「変わるも何も私は私よ。それにあの時も今も隣にはあなたがいる。何も変わらないわ」
「そうね。むしろ変わる方があなたらしくないかも」
「……褒めてるんだよね?」
「けなしてるつもりはないよ? 成長してないだなんて言うつもりはないわ~」
「いや言っちゃってるじゃない。よぉ~し、今度こそ分からせる! 木刀持ちなさい!」
「そういうところだよ」と思いつつ、スルトは木の脇に置いてあった木刀を持ち、アスロンに向かって構えを取る。
こうして事あるごとに「決闘だ!」なんて言い合って、それにすぐに乗っかってしまうところは自分も変わらないなとスルトは改めて思ったのだった。
*
スルトとアスロンは今後自分たちがどう立ち回っていくべきなのかを、何日もかけて念入りに話し合った。
年単位で練られる計画を話し合っている二人は、まるで人生の相談をし合う夫婦のようだった。
全てに合意していくのではなく、時に意見がぶつかり合うこともあったが、互いによく知った仲であるために、どこまで自分が譲歩すればよいのか、どこまでなら相手が許せるのか、その間合いをきちんと理解し合っていた。
そのため彼女たちの話し合いは非常に円滑に進んでいき、ついにその計画が完成し、いよいよそれに沿った生活が始まろうとしていた――。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
過去のお話を途中で切ったのは、またどこかでこのお話の続きを書きたいがためです。
さていよいよ魔王の復讐劇が幕を開けます。
一体彼女たちはどのような方法で自分たちを辱めた者たちに、”お返し”をしていくのかぜひお楽しみください!
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拙い物書きですがこれからもよろしくお願いいたします。