魔王と勇者との約束
これから語るのは真実の歴史。
偽りとは、真実を混ぜることで信憑性が増し、偽りと認識できなくなるものである。
テルス歴元年に起きたのは大戦争ではなくテルースとイグニスによる親睦会。
確かにそれまでは魔物と人類で領土の取り合いによる戦争は絶えなかったが、暴力で解決したのではなくテルースは対話を選び、見事理解を得られたことでその無駄な争いを終結させた。
その後テルースは平和の象徴として崇められ、人類を統べる存在となり、人々のあるべき道を示した。
しかしその平和は長くは続かなかった。
テルースとイグニスが同時に逝去したのだ。
世界は悲しみに包まれる中、次代の人類を統べる者の位置に就いたのはギュンターという男。
対して魔物たちは次代に王を戴かなかった。
それは、イグニスこそ我らの真なる王であり、その代役を務めるのは失礼にあたるという考えから来るものだった。
その考えとギュンターという男の野望が、不幸にも相性抜群で、彼に非常に有利な状況を招いてしまったのだ。
ギュンターは常にこの世の全てを支配してやろうと考えていたのだが、彼はその考えを決して面には出さず、周りよりもほんの少し先を行った歩調で皆の信頼を勝ち取った。
そうして彼はあらかじめ自分の息をかけておいた者たちに人類の大半を支配させ、自らの操り人形とし、王を戴かずにまとまりに欠ける魔物達を次々とその手にかけていったのだ。
彼は魔物という存在そのものが間違っているとし、その存在を悪とするよう人類を洗脳していった。
そうしてそこで歴史は大きく書き換えられ、偽りの歴史が出来上がっていったのだ。
平和の象徴が暴力で事を解決したのだから、自分たちも暴力で醜悪なる存在を追いやるのに暴力を行使するのは正当であるとし、女の王が暴力に訴えたというのでは信憑性に欠けるため、テルースは男であったとして、その歴史により信憑性を持たせた。
他にも些細な点をいくつか嘘というセメントで塗り固め、誰にも気づかれないように、またこの歴史が覆らないように、自分に都合の悪い者たちは冤罪をふっかけ全て処刑していった。
そうして彼はエルセ大陸に五つの国を作り上げ、この世の全てを支配することに成功したのだった。
以上が魔物が語って聞かせてくれた、本当の歴史だった。
*
「そのギュンターってのはさすがにもう死んでるよね」
「人間は何百年も生きられないからね。まあ十中八九、死んでるとは思う」
「この真実を知っているのってこの世にどれだけいるか分かる?」
「ワタシノシルトコロダト、カッコクノオウタチハ、シッテイルハズデス」
「王様ねぇ……。いかにもってかんじ。どうする?」
「そりゃ真実を白日の下にさらしてやるに決まってるじゃない。悪人のままでいられるもんですか」
二人はそう意気込むと手をガッと握って互いの意思を合わせる。
目の前の光景に感動した魔物は思わずほろりと涙をこぼす。
かつての伝説の王たちが再びこの世に光をもたらしてくれるのだ。
「先人の過ちを償う方法はない。それでも偽りの歴史に踊らされ、魔物達を迫害しようとするなら容赦はしない。しっかりとごめんなさいしてもらおう」
「他に隠れながら生きてる魔物がどこにいるか知ってる?」
「ハイ。ヨンタイホド、ドウホウガイマス」
「それは重畳。時間はかかるかもしれないけど、必ずこの誤った世界を変えて見せるから、もう少しだけ待っててもらえるかしら?」
「ヨロコンデ。ワレラガオウヨ」
「絶対に死んじゃだめだから、魔王と勇者との約束ね」
二人はそうして魔物に手を差し出す。
魔物は一人ずつその手を固く握り、村の北にある山脈の方へと消えていった。
「さあて、これからどうしようかね」
「どうもこうもこの姿じゃ何を言っても子供の戯言と流されるのがオチでしょうからね……。その歴史を調べるにしても王国まで行かないといけないわけだし」
「今はまだ何もできないか……。あぁもどかしい!」
アスロンは足をバタバタと暴れさせて地団駄を踏む。
あの魔物の姿を見た時からアスロンはどこか焦っているように感じたスルトは、一旦彼女を落ち着かせるためできることを考える。
ふと彼女の暴れる様子にデジャヴを感じる。
(そういえば昔、こんなことがあったな……)
そうしてスルトはかつての暮らしを振り返った。
*
テルス歴3年。
魔王と対談し、くだらない争いに終止符を打ってから三年の月日が流れていた。
テルースは普段人類の王として、様々な改革に励み、人々と魔物達との共存がより豊かに、よりわだかまりなく行えるように尽力していた。
戦争は終わったが、未だにそれぞれには仲間や家族を失った悲しみや怒り、報復心などがくすぶっており、これが一度爆発すれば、再び報復の連鎖が始まり、大戦争時代に逆戻りになってしまう。
それを満足に抑えるために平和の象徴たるテルースが積極的に魔物や魔王イグニスと交流を図ることで、互いの気持ちを理解し解消させてやれるような折衷案を提示し、人類からそう言った負の感情を取り除こうとしている。
その行いを例として挙げると、テルースはこんな法令を作り上げた。
「人と魔物は互いの存在を尊重し合うことを義務とする。いかなる存在も傷つけられるべきではない。これに反し生理的機能を害するほどの身体的、あるいは精神的苦痛を与えた者には厳罰を下す」
これを要約すると「仲良くしましょうね、喧嘩で暴力ふるったらただじゃおきませんよ」といった内容になる。
この法令により、ある程度の事件は防ぐことができたが、それでも未だにこの一線を越える者の数は少なくない。
その者たちの数を減らすために、テルースは日々様々な業務に追われているのである。
そうして余裕がない中、暇そうにしていたイグニスがテルースの下を訪れた。
「やっほー。相変わらず忙しそうね」
「仕事の邪魔しに来たなら帰って。おしゃべりも含むよ。大事な話ならすぐに聞くからもう少し待って」
「じゃあおしゃべりに来たけど大事な話をしに来たってことにしとくわね」
「はぁ……もうどうせ帰るつもりもないんでしょうし、聞いた私がバカだった」
「そういうこと。それでさぁ……」
そこからイグニスはテルースが手を動かしているのにも関わらずに、身の回りで起きた面白い話や、世間話などを一人でべらべらとしゃべりだした。
聞き流しながら目の前の仕事に集中していると、突然部屋の扉がドンドンドンと強く叩かれて、返事をする間もなく勝手に開き、一人の人間の男性が焦った様子で入ってくる。
「お仕事中失礼いたします! 街中で人と魔物が争い始めてしまったようで、多くのけが人が出ております! すぐにお二人に現地へ赴いて仲裁していただきたいのですが……!」
「――っ! すぐに行く。ほら、イグニス仕事よ!」
「だぁ~もうっ! なんで仲良くできないかなぁ! あなた、案内をお願い。それと被害人数とかも確認させて」
「承知いたしました! 被害にあったのは――」
三人は慌ただしく部屋を後にする。
屋敷の外に出て、その暴力沙汰が起きた現場に向かうと、数多の人間と魔物たちが取っ組み合いの喧嘩をしていた。
体格は魔物の方が圧倒的に上なため、殴り合いでは人間側が勝つことはまずない。
だから人は道具を使うのだが、今回はどうやら火炎瓶か何かを投げつけたようで、現場周りには火の手が上がっていた。
「あぁあぁもう、こりゃ酷いね。大混乱だ」
「達観してる場合か。イグニスは魔物側を抑えて。私は人間側を抑えるから」
「はいよ。詳しい事情を聴くとしますか」
そうして二人は喧嘩の間に割って入ると、暴れる者たちを的確に懲らしめていくと、慣れた手つきで腕を縛り上げていき、配下に引き渡していく。
そうしてなんとか事態を収束させると、次はやじ馬たちから事の経緯の聴取を始める。
被害者と加害者に聞かないのは主観が混じった情報は思考がねじ曲がってしまっていることが多く、誤解を生みかねないためだ。
第三者の視点から客観的に事態を評価することが、一番スムーズに状況を正しく理解できる。
そうして聴取を始めた二人はその事の経緯に深いため息をつくことになるのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
二人がどのような生活を送っていたかのお話になっていきます。
一体どんな苦難を乗り越えあのように仲良くなって……え? もう仲良さそう? ……せやな。
とにかく、二人がため息をつく原因となった経緯とは!?
次回もご期待ください!
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拙い物書きですがこれからもよろしくお願いいたします。




