不思議な空間と俺(前編)
実際のところ、新型の作業ロボットってさ、凄いパワーだったよ。
それよりも驚いたのは、地下トンネルが出来ていたって事だけどな。
物置の隅で見つけたアーマイザの巣穴の一部が、エレベーターの近くにまで伸びていたなんてなぁ。
俺は6体のイソギンチャクもどきに両手両足をホールドされて、お神輿よろしく運ばれながら、そんな事を考えていた。
お神輿を担ぐイソギンチャクもどきはさ、掛け声どころか足音もたててない。
仰向けになったまんま、薄暗いトンネルの中をすーっと動いてるんだぜ。
『ねえねえ宿主さん。驚いた? ねえねえ、いまどんな気持ち?』
やかましいわ。このトンネルだって『たまたま』じゃないのはバレバレだぞ。
アーマイザの作るトンネルは、小柄な俺でも腰をかがめまくちゃ通れないくらいに狭いんだよ。
それに断面がかまぼこ型って ……いや、高速道路なんかのトンネルと似たようなものかも。たぶんトンネルの断面は丸いかもな。
だとするとトンネルの直径じたいは2メートルくらいはありそうだ。
それに加えて照明や空調設備があるし、壁はローマン・コンクリートで補強されてるじゃないか。
「……それにしても、こいつら足が速いなあ……」
『これは新型ですからね』
時々こいつらとトレーニングをしてるんだけどさ、それなりに素早いんだ。だいたい自転車くらいのスピードは出せるんじゃないかね。
その秘密は体の下側に生えてる繊毛… って言うのかな。長さは手のひらの幅くらいかな。こいつで床でも壁でも、どこでも滑るように移動できるんだ。
でも『人間』のお世話用なんで、触手の… 腕力?
こいつは、大した事は無かったんだよね。力比べをすりゃ、身体強化無しで互角だ。当然のことだが、強化すれば楽勝ってもんだ。
だけど、こいつらは……
『触腕は重作業タイプのものですから、1トンくらいまでなら1本で……』
わかる。それは分かるよ。だけど何で風呂に押し込められたんだ?
風呂ならうさぎ屋敷で充分すぎるくらいに堪能してきたんだぜ。
ちょっと事情があって、長湯をし過ぎちまったくらいになぁ。
『だ・か・ら、お風呂で身体をキレイにしなくちゃダメなんだねぇ♪』
『本船はケモノ臭を推奨していませんので』
今までそんな事を言った事は無いよね。なんで今さらそれを言うんだよ。
宇宙船の時分の部屋に着いた途端に、俺はすっぽんぽんにされて、風呂に閉じ込められたんだが……
ガショガショガショガショ……
「うごわぁああ! いだいいだい… もっと丁寧にやってくれぇ……」
お神輿状態のまんま、全身を洗われてるんだよね。
それもデッキブラシと洗剤でガショガショと音を立てながらだ。
『サクマユウマ。本当にあなたは規格外ですね。本当にオスですか?』
え? え? え? ……どゆこと?
『ねえねえ宿主さん。生物学の知識を思い出してみよう♪』
生物学の知識って…
リ・スィが俺の事を規格外のオスって言うのと、どういう関係あるんだよ。
『生物学で言うオスメスって、どう定義されてるかは知ってるでしょ♪』
ええと、そんなの中学の理科で習ったきりだからなぁ……
──なんじゃ、そんな事も分からんのか。
「わああああっ!」
いきなり心の中に誰かの声が響き渡った。それは決して大きな声ではないが、妙に聞き憶えのある声だった。誰だ? つか、精神干渉系のあれこれはホロンがファイアーウオールを作ったはずなのに、そいつを突破するのかよ。
「……時間が止まってる? つか何で俺、自分の身体を見下ろしてるん?」
──わはは、愉快、愉快。まあ、なんだ。とりあえずこっちゃこーい。
こっちゃこーい… じゃねぇえええ!
「……って、文句を言うだけ無駄… ってやつか」
「ぃよう、佐久間君。元気でやっているようでなによりだなぁ」
「やっぱり古城のおっさんかよっ!」
一瞬、目の前が暗くなったかと思ったら、俺は古民家風の部屋の中にいるのに気が付いた。それも、ちゃんとお出かけ着を着てるし。
それよりも、なんとなく見憶えのある部屋だな…… 目立つのはでっかいこたつが部屋の真ん中にあるって事か… 前はちゃぶ台だったな……
って事は、ここは超次元通路、なのか?
『どうでもいいから、早くこたつに入るにゃ!』
俺に声をかけたのは、こたつ布団から頭だけ出した… 幼女… か?
猫耳着ぐるみって事は、この子はおっさんにコスプレさせられてるのか。
「…は、置いとくとして。ここは何処? あなたは誰?」
『ここは幽冥という世界にゃ。三千世界の中心にほど近い場所にゃ』
それにしてもこの子も気の毒になぁ…… つか、これがおっさんの趣味か?
ニヤニヤ笑いながらコッペパン喰ってるペド野郎は放っておくとして、ちょいと気になるんだよね。
シオカの猫神社の… 猫神様によく似てるけど、この子は幼稚園児寄りだ。
猫神様も幼女っぽいけどさ、見た目は中学生っぽい。
でも…… この子の気配は間違いなく人間のものじゃない。かと言って、河童とかの妖怪でもないんだな。はっきり言って正体不明ってヤツだね。
でもさ、おっさんの関係者ならさ、間違いなく只者じゃないだろう。
そういう事だから、この子と話をしてみるか。
「幽冥…… じゃあ、ここはあの世の入り口ってとこですかね?」
『その想像はあながち間違っていないのにゃ。解りやすく言うと、この場は無数の宇宙を内包した時空間の中心近くにあるのにゃ。ここから先は情報とか概念しか存在しない超空間なのにゃ』
三千世界というのは、宇宙の果てをも含むこの世の全てといったような意味合いを持った言葉だ。どちらかというと、これ以上無いくらいにとてつもなく大きな世界のイメージを定義するための言葉のはずだ。
夢を見ているわけじゃないんだよな?
でも、そのコスプレ暑くない?
全身毛だらけでこたつの中に潜ってるのってさ……
猫の定位置はこたつの中と相場が決まっているのです。
こたつのない時期はどうするって? 縁側の下や庭木の根元とか… ですかね。