人工知性体と未知の世界
強力な重力波の正体は、移動するブラックホール… とでも言いましょうか。
ココーツはあの恒星間天体が棒状の細長い形になったのは、潮汐作用のせいだろうと考えていましたが、潮汐作用を起こすための重力源は何なのかは謎だったのです。
岩石質の小惑星が自重だけで変形するのには無理があるのですから。
あのブラックホールのお陰で、いくつかの謎が解けたような気がします。
どうしてスポゥスがフルドの星の引力を振り切って、恒星間空間に漂い出す事ができたのか。なぜ、あれほどの速度で運動しているのかを。
まっすぐ私たちの太陽系を目指しているのは、偶然なのかも知れませんが……
「いまとなっては手遅れ… ですけどね」
今の私は、自虐的に嗤う事しか出来ませんね。
ブラックホールに飲み込まれた私は、どこか別の空間に跳ばされてしまったのですから。
「重力はナパーア星と変わりありませんね。もんだいは惑星の地殻の中に閉じ込まれれてしまったという事ですが……」
私はブラックホールの分析──ブラックホールは、いくつかの数学的モデルが存在するのです──を進めながら、地殻から脱出する方法を検討を進める事にしました。
振動波を使った測量の結果、地表までの距離は600メルくらいでしょうか。
この深さから地殻を突き破って離陸しようとすれば、船体がもちません。
次善の策は地表までの出口を作る事ですが、問題はその先がどうなっているのか、という事なのですが……
地表との連絡坑を掘り抜いて、最初の偵察メカを送り出すまでにかかった時間は1週間程度でしょうか。その観測結果は恐ろしいものでした。
──過酷過ぎる環境は人類の生存に不適どころか、生存は不可能。
それが結論です。重力と大気成分には何も問題は無いのですが、この惑星の大気は乾燥し過ぎているのです。それも致命的なレベルで。
この環境下で人類は防護服無しでは、2時間と生きてはいられないでしょう。
しかし不思議な事に生命は確認できるのです。連絡坑の周辺に広く分布する直立する物体──呼吸をし、何らかの代謝反応がある以上、これは生命体と推定するしかありません。
偵察メカを追加して探査範囲を広げてみましたが、全ての領域で同じような生命体を観察する事が出来ます。
それも単位面積当たりで100本程度はあるでしょうか。
ならば、この惑星の支配的な生物と考えても良いのでしょうか……
「天体観測の結果からすれば、この惑星はナパーア星ではありませんね。
全天で5つある筈のAクラス恒星が2つしか観測できないとは……」
Aクラス恒星はナパーア星から最も明るく見える──恒星5角形という名で知られる星座を構成する──5つの超巨星。
それらは昼間でも見える程の明るい星です。さらに、これだけ乾燥した大気の中で、それも真夜中なら絶対に見落とすはずがありません。
恒星の位置関係もデータとは食い違っている上に、2つしか見えないとは!
「……この惑星は、未知の惑星であると判断すべきですね……」
それからの私は、地殻の中から惑星の調査を進める事にしました。
この惑星は極めて乾燥した大気を持っている事を除けば、ナパーア星によく似ています。恒星からの距離や公転速度、そして4季がある所まで。
観測を始めて9公転周期が過ぎたころ、別の生命体を発見したのです。
ここまでの時点で、地表に分布する生命体は植物──遺伝子ベースでの分析からナパーア星にも同種の生命が存在するのです。その他には4本──もしくはそれ以上の突起や関節のある繊毛を使って移動するものも確認しています。
「でもあれは、そのどれにも当てはまりませんね……」
それは群れを成して現れると植物を破壊し始めたではないですか。
どうやらこの生物は、植物と敵対関係にあるのかも知れません。
その生物の身体を彩る模様や銀色の甲羅は、どうやら防護服のようなもののようにも見えます……
さらに驚くべき事には、この2本の突起で移動する生物から魔力反応を検出したのです。さらに個体でありながら統制のとれた行動は群体のような… まるで人類を見ているようです。
「もしもこの生物が高等知性体なら、話をしたいものですが……」
それから0.5公転周期を過ぎたころに、その機会が訪れました。
4本の突起を使って移動する生命体が牽引する車両に、2つの個体が乗っていたのです。その魔力はあまりにも弱々しい事から、たぶん死にかけているのかも知れません。
私はこの個体とコンタクトを付ける事にしたのですが…… その前に死なれてしまっては元も子もありません。
まずは救助を試みる事にしましょう。
医療用の作業ロボット数体に魔力の補給をさせるように命令して……
「:%☆≡▼∠Ⅲ○スカ※リ$ト■」
魔力を補給するための、作業ロボットに魔法で攻撃を… 攻撃と言ってよいのでしょうね。一応は魔法が発動したらしい反応がありましたから。
でも数日前に検出した魔法反応に比べると、巨岩と砂粒くらいに感じてしまいます。やはり魔力を消耗し過ぎているのでしょう。
緊急事態と判断した作業ロボットに命じて、魔力塊を放出させる事にしました。
この魔力塊は、例えるなら水中に漂う小さな気泡のような、希薄な魔力で構成されたもの。魔力欠乏症に陥った患者に対する一般的なものです。
身体に触れれた所から魔力を吸収させるための処置… だったのですが……
「$!♭○%:※∵⌒¢」
その個体は奇妙な音波信号を発信したかと思うと、地面に倒れ込んだまま動かなくなりました。
たぶん音波信号は彼らの意思疎通の手段だと思うのですが……
こういう時のために活躍する機材があります。
医療セクションには口もきけない程の重症患者と意思疎通をするための装置があるのです。原理としては患者の脳に直接アクセスするためのものです。
そのまま異星人に使えるとは思えませんが、そこは調整次第かも知れません。
問題はどこに脳があるかという事ですが、それにも目星は付いています。
間違いなく、あの小さな突起ですね。無数に生えている繊毛は重要な器官を守るためのものと考えても良いでしょう。
とりあえず推測はここまでです。
磁気共鳴スキャナーを使えば身体の内部情報を、あらゆる角度から断面映像として捉える事が出来るのです。
これならば患者に身体的な負担がかかる事も無いでしょう……
ブラックホールは宇宙の1点に留まっていると思われがちですが、必ずしもそうとは限らないようです。3年ほど前の話ですが、アメリカの研究チームは移動するブラックホールをが見つけたらしいのです。
だったら放浪するブラックホールがあっても不思議はないかも。