恒星間天体に向かう天文学者
コスーニは探査艇としては標準的なサイズですが、その中身は他の宇宙艇とは全く違うのです。乗員の生存確率を少しでも上げるために、多くの改造を施したコスーニは次世代型の宇宙艇と言っても差し支えは無いでしょう。
これだけ過剰なまでの設備が必要なのには、理由があります。
コロニーに搭載されている宇宙艇は、基本的には全て同じもの。主な目的は資源調査なので探査艇と言ってはいますが、内惑星系で運用するために建造された汎用型を転用しただけなのです。
しかし第10番惑星の外側にある彗星の巣──無数の小天体の浮かぶ危険な空域──での調査活動では何が起こるか予測が付きません。仮に調査活動中にトラブルが発生しても自力で解決できない可能性もあるのです。
コスーニは装甲と重力制御装置を強化しただけではなく、物質転換炉を備えた工場区画を備えているので、作れない物は無いでしょう。
「仮にコロニーに帰還できなくなった場合でも、あの宇宙艇なら無事にナパーア星に帰還することも出来ますよ」
完全無欠に見えるコスーニは小型ながら完全自給自足型コロニーと言っても差し支えないでしょう。最大の欠点は乗組員の生存性を優先したために、乗り込めるのは最大でも50人程度になってしまった事です。
さらに私が乗りこまなくては充分に性能を発揮する事が出来ません。無数の小天体が浮かぶ彗星の巣を安全に飛行するためには、極めて難しい操船が要求される事は分かっているからです。
人間の反応速度では、それに対処する事は出来ないでしょう。
「ではそれで行こう。探査艇に乗るのは… 私達だけで良いだろう」
「わかりました。私が『市長』に連絡をしておきますから乗船を……」
こうしてコロニーを出発して数時間。
モロックとココーツはすでに御老体と呼ばれる年齢だというのに、まるで少年のように触腕を光らせて嬉々として観測を続けています。
彼らにとって、この数時間は1瞬にも満たないかも知れません。
しかし精神は少年のそれに戻ったとしても、肉体はそうもいきません。
それなりの限界というものがあるのです。
特に彼らのような高齢者の場合は……
「ううっ、こっ… 腰がぁああ」
「大丈夫か、ココーツ。御老体のくせに無理をするからだ」
先にダウンしたのはモロックの方です。彼の方が20は若いはずなのですが、つい先ほど、全身の筋肉が痙攣し始めたのです。
「……それをお前が言うのか、モロック」
現在の彼は医療ポッドに押し込められて治療中です。
本人はまだ大丈夫と言ってはいましたが、それを認める訳にはいきません。
ここから先は、医療ポッドの中で大人しく休んでくださいね。
なにしろ今回のミッションの目的は、恒星間天体への着陸なのですから。
こんな所で行動不能に陥らせるわけにないか無いのです。
そういう私の気持ちなど、察してくれる筈もありませんか……
「ふっ… 歳はとりたくないものだな」
作業ロボットがぐんにゃりとしたココーツの身体を医療ポッドに押し込むのを見ながら、モロックは呟いた。そう言う彼の身体にも、炎症を起こした筋肉に鎮痛剤と炎症を抑える薬を注入している最中です。炎症が治まれば痛みも和ぎますから、あとは寝床で安静にしていれば良いのです。
「エクサリン、今日だけでいい。コロニーに帰ったら長期入院することになっても構わない。だから我々を動けるようにしてくれ……」
「私も同じ処置を頼む。若い者に負けてはいられん」
私がアイランド・タイプ3に搭載されると、最初に乗り込んで来たの学者は彼らだったです。人生の折り返し地点はとっくに過ぎ去り、年金暮らしを始める年齢なのに元気なものと思っていたのですが。
彼らが暮らしていた学術都市の管理コンピューターから受けた忠告の意味を、今さらながら実感しますね……
「はいはい、わかりました…… 帰ったら半年は入院してもらいますからね?」
2人の回復処置を終えたのは、それから30分ほど後の事です。
2人ともはしゃぎ過ぎですね。筋肉の炎症はかなり重症の部類に入るのです。
今は薬で何とかなってはいますけれど、コロニーに戻ったら半月は静養が必要でしょう。医療記録の最重要項目に入れておきましょうか。
誰が何と言おうと、こればかりは譲る気はありませんよ。
「予定ポイントに到達しました。進路変更を始めます」
今の私たちは接近するスポゥスに正面から近づいていますが、そのまま着陸するには無理があるのです。無理な減速は効率が良くないし、スポゥスの周囲に微小な星間物質が無いとは限りません。
だから途中からUターンして、後ろから追いかける事にしたのです。
スポゥスに接近するにつれ、その詳細もはっきりしてきました。
岩石質の天体は全長は230メル、最大直径は160メル。全体的に棒のような細長い形をしているのは、長い間宇宙を漂っていた影響でしょう。
「たぶん長い期間にわたって受け続けた潮汐作用の結果… だろうな。光学観測だけでも密度にムラがりそうな事は分かっているからね」
「うむ、たぶんココーツの言う通りだろうなぁ……」
スポゥスを斜め下に見える所で速度を同調させると、いよいよ着陸艇の射出準備に入ります。事前に打ち込んでおいたパスファインダーで、着陸予定地点はさらさらとした砂地である事が分かっています。
重力はナパーア星の30分の1しかありませんから、はしゃぎ過ぎると宇宙空間に漂い出してしまうかも知れません。
私が心配しているのは、その点なのですが……
あの2人の事ですから、いくら言っても聞かないでしょう。何かあったら回収できるように準備だけはしておきましょう。
「着陸艇を射出します。実りある発見がありますように……」
「ありがとう、エクサリン。では、行ってくるよ」
事態が急変したのは、この通信を終えた直後の事です。
私は──何の前触れもなく発生した強力な重力源を避ける事すら出来ずに衝突したのです。私が機能停止していたのは──おそらく設計限界を超える衝撃に襲われたのでしょう──それほど長い時間ではない筈です。
しかし、再起動したモニターカメラから送られてきた映像を確認した私は、再び機能停止するかと思いました。私は… 探査艇コスーニは未知の環境に封じ込められていたのですから。
次々に再起動する観測機器から入ってくるデーターから、惑星の地殻に閉じ込められているらしいという事はすぐに分かったのですが……
私の身に何が起きたのか。
どう考えても論理的な整合性を見出す事は出来ません。
仮にここが惑星の地殻だとすれば、地表の観測をする必要があります。
幸いな事にコスーニは資源調査用の宇宙船です。
この手の機材なら、いくらでも揃っているのです……
一度なってしまうとクセになる腰痛。寒い日は特に用心しなくては……
父:あの時はマジでキツかった。全く動けなくなったからなぁ……
母:あの時は寝返りどころか、少し重心をずらしただけでもねぇ。
父:バブル時代にはぎっくり腰程度じゃ休暇をくれなかったからなぁ。
私:じゃあ、病院に行ってなかったの?
父:そういうこった。まあ、今は昔の物語ってヤツだけどな……