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人工知性体と天文学者たち

 私はリ・スィ=エクサリン。

 ナバーア星のイノリイ工場でリ・スィ・シリーズの41号機として製造された魔導コンピューターで、ロールアウトしたのは星暦31902.6.91の事でした。


 私が搭載されたのはアイランド・タイプ3型の完全自給型コロニー。

 そして、課せられたミッションは外惑星系の資源調査です。そのために、私と2万人の住民が乗るコロニーには魔導エンジンを取り付けられました。

 これで第10番惑星を目指すのです。


 私たちの航海は、実に順調なものでした。アティス──リ・スィ・シリーズの28号機──が設計した魔導エンジンをはじめ、多くの機材は私たちが設計したのですから、当然の帰結と言えるでしょう。


 異変が起きたのは航海が始まってから1年ほどが過ぎ、第8番惑星の軌道を通過してから半月ほどが過ぎたある日のことです。コロニーの先端にある天体観測室では2人の天文学者が電子望遠鏡の画像に見入っていました。


あの天体(スポゥス)の軌道は双曲線軌道を描いている事が判明したが…」


 スポゥスは太陽を巡る諸惑星の軌道平面に沿って進んでいる。半年後には太陽にまで到達するだろう。

 私たちのコロニーは衝突回避プログラムにより、スポゥスの軌道から充分に距離をとるように進路変更を済ませているので、近くを掠めはするものの、衝突の危険はない。


 だが幾度も観測を続けているうちに天文学者たちは、スポゥスは普通の小天体とは違う… ある意味では異質な存在だという事に気が付いてしまった。

 それに最初に気が付いたのは、ココーツという老天文学者だった。


「一番の問題は、あの速度だ」

「たしかに。あの天体は太陽系からの脱出速度よりも速いのだな」


 そう。スポゥスは、太陽の引力に束縛されていない…


 それは太陽を巡る軌道に乗っていない天体だということを意味する。

 さらにその軌道を詳しく調べてみた結果、間違いなく太陽系の『外』から飛来した──観測史上初の恒星間天体としか説明がつかない……


「だから間違いなく、スポゥスは太陽系外からやってきた天体なのだな」


 主席天文学者であるモロックは、そう結論付けた。

 傍らに浮かぶココーツは同意するように静かに触腕を揺らしながらも、じっと画面を見つめている。


「そうだとも、モロック。これは間違いなく観測史上初めての出来事だろう。

 そしてここに軌道を計算してみた最新の結果があるのだが……」


 スポゥスはリアルタイムで観測を続けているで、その軌道は10分間隔で更新しています。私たちの手で幾度も検証を繰り返してしていますから、その精度も比較的高いものだと思われます。

 そして軌道の先にあるのは──スポゥスが辿ってきたであろう軌道を遡った結果、行きあたるのは太陽系から離れる事330光年の位置にあるフルドの星。


 ここがスポゥスの故郷… です。

 単純計算でもスポゥスは50万年近い歳月を経て太陽系にたどり着いたのです。

 この時代のナパーア星は、人類の直接の祖先──旧人類と呼ばれる種族が登場した時期なのです。


 永劫とも思える時間を経て、私たちは出逢ったのです。


 感動に身を震わせている彼らの姿を見ていれば、彼らが何を望んでいるのか容易に予測する事が出来ます。

 多分、彼らはこう言うのではないでしょうか。


 ……今ならあの天体に──


「モロック、今ならあの天体に近付く事が出来るのではないだろうか」

「待ってくれ、ココーツ。あれはコロニーの右側50万キロの空間を通り抜けるのだぞ」


 興奮した様子で触腕を振り回す同僚を宥めるモロックも、やはり興奮を隠せないでいるようです。好奇心という感情は人類に共通する特性なのですから。


 統計的に見ると、特に学者という人種にはその傾向が強いようですね……


「ココーツ、代案がある。手持ちの観測機器を総動員すれば……」


 モロックは、主席天文学者です。だからこう言わざるを得ないのです。

 それでも彼らにとって最初で最後になるかも知れない──千載一遇のチャンスなのも事実です。スポゥスを調べる事で宇宙の成り立ち…… とまでは行かなくとも、多くの発見があるのは間違いないでしょうから。


 さらなる成果を望むのなら、スポゥスからサンプルを持ち帰る必要がありますが…… 彼らがそれを望んでいるのも間違いはないと思います。

 それは彼ら天文学者に限った話ではありません。

 でも、ココーツは主席天文学者なのです。


 彼には好奇心よりも優先すべき義務──同僚の安全を守る──があるのです。

 だから、どのような批判を受けてでも、冒険は出来ないのです。

 でも、好奇心は人類を人類たらしめる特性です。


「……なあ、エクサリン?」

「なんでしょう、モロック」

「あいつに着陸する方法はないだろうか」


 モロックも天文学者ですからね。この質問は最初から予想していました。

 この可能性を見越して、探査艇の発進準備は済ませています。あとは『市長』の承認があれば、いつでも出発できるように。

 でも、それを話したら彼らのプライドを大きく傷付けてしまうでしょう……


「すぐに軌道要素の計算と作業プランの検討を始めます。もりも着陸するならば今から48分以内にコスーニで出発する事を勧めますが?」


 コスーニは全速力で飛行すれば第3宇宙速度──太陽の引力を振り切って太陽系の外へ旅立つ事さえもできるのです。

 この速度なら、接近するスポゥスまで6時間で行けるでしょう。


 そしてスポゥスの上空8キロまで接近したら、地表までは小型の着陸艇を使う事になります。これなら彼らは1時間程度は活動出来るでしょう……


 コロニーに搭載されている他の探査艇では、こうも行きません。

 いくつか改善しなくてはならない点もありますが、それは妥協の産物と言えるでしょう。既存の宇宙艇では改造するにも限界はあるのです。

 最初から新型宇宙艇として建造するのであれば、何の問題もないはず。


「コスーニを使うのか。だがあれは実験機ではなかったのか?」

「いいえ、すでに実用レベルの宇宙艇ですよ、ココーツ。それにコスーニは現時点で最も足の速い探査艇なのですよ」


 天文学者でありながら航宙士の資格を持つココーツの心配は分かります。

 でもコスーニはこの半月の間に幾度かの試験飛行を済ませています。

 現時点で分かっている不具合は全て解消済みなのです。


 だからこそ、コスーニを使うように提案したのですよ。

好奇心はネコをも殺すと言いますが……

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