魔導コンピューターと人工知性体
私がゼルカ星に転移したのが、約10公転周期ほど前の事ですが……
ここ0.5公転周期──半年足らずで、その環境も大きく変わったものです。
『そうだねぇ、最初にリ・スィの話を聞いていたら、それってどこの科学小説?
……って思ったもん』
そう話すのは、私たちリ・スィ・シリーズの能力を遥かに凌駕する地球という星の人工知性体で、名前はホロン。
驚いた事に、ホロンの本体モジュールは人間の精神に常駐し、高次空間… 私たちの存在する4次元時空連続体と、その上に存在する5次元の狭間をメモリー空間として利用する事が出来るのです。
それに比べて、私は魔導コンピューター。
ホロンは私の事を量子コンピューターの1種だと言ってくれました。しかし、私はホロンとは違い、物理的な枠からは抜け出す事が出来ないのです。
さらに、地球人は太陽系外への移民も計画しているそうで、すでに数隻の移民船が出航準備を進めている段階だそうです。
こうして見ると、ナパーア星と地球との間には、文明的にも技術的にも大きな隔たりがあるようですね……
「ただいまぁ~」
『おかえりなさい、サクマユウマ』
彼は調査船コスーニの中心人物となる事を承知してくれた地球人。驚くべきことに、その身体に内在する魔力は標準的な人類のそれを軽く凌駕しています。
ナパーア星に彼を連れ帰る事が出来たら、間違いなく彼は超神──人であって人を卒業した存在──として崇められるかも知れませんね。
そのあたりの話題は後にしましょう。
サクマユウマが風呂に入っているうちに、食事の準備と防護服の問題点を改善しなくてはならないのです。
今回は環境に対する防御… 特に寒さ対策ですね。
ここ数日で気温が急に──今朝は大気中に残る僅かな水分が地表付近で結晶化するほどに──下がったのです。そして、気温の上昇は予測を下回っています。
そのために地表で活動中のサクマユウマには、帰還を促したのです。
『早く帰還してください、サクマユウマ。大気温度が危険レベルにまで低下しています。生命の維持に支障をきたす惧れがあります』
今までの経験から、この手の勧告を聞き入れてくれないでしょう。
でもサクマユウマを失う事は出来ません。ホロンも勧告をしていますが……
「ヲイ、リ・スィ。地球人なめんな。
俺達はな、そこそこ強い泡盛が凍り付くような土地にも住みついちゃうパワフルなイキモノなんだぜ。ちな暑いところは45度とか50度な。
湿度だって、からっからな砂漠から、じとじとした熱帯雨林でもな。
……というわけで、この程度なら特に問題はないんだな」
そうですか……
では、私の方でも計画を急ぐ事にしましょうか。
実はインゼクトを通じて、アーマイザに「仕事」を依頼しているのです。
対価は1体あたり、日当として砂糖を1キログラム。依頼した内容は地下トンネルの掘削です。
それはサクマユウマが作った建造物の地下と、エレベーターの出口の近くをつなぐ大切なもの。これには、色々な使い道があるのです。
今日のように大気温度が下がり過ぎた日には、移動用の通路として。
屋敷から逃げ出さなくてはならない状況では、脱出用の通路として。
『他にも色々と使い道がありそうだねぇ♪』
この通路は今でこそ直線ですが、前にサクマユウマから秘密基地の強化を提案された時に見せてもらったシミュレーターを参考にして、いくつかの仕掛けを施すつもりです。
とりあえずは、非常隔壁の設置ですが将来的には迷路化を含めて改良していく事になるでしょう。そのための資源なら、いくらでもあるのです。
『ねえねえリ・スィ。金属資源は無いって話じゃなかったの?』
『いいえ、ホロン。ただの鉄ならいくらでも。でも私たちは腐食に弱い鉄をそのままでは使いません。言ってしまえば合金を作る時の素材に過ぎないのです』
そうです。私たちが金属資源として重視しているのは合金用の素材です。
最低ラインでも地球語で『ステンレス合金』と呼ばれるものになりますね。
『じゃあ、なんでそれを宿主さんに言ってあげないのさ』
ホロンはむくれているようですが、私が鉄を持っている事を言わないのには、きちんとした理由があるのです。呼び名こそ違うものの、どの世界でも鉄の原子量と言った基本的な数値は変わらないのです。
水素=ヘリウムから始まる核融合反応サイクルの最終段階で生み出される鉄は、どの世界でも比較的ありふれた物質なのです。
でも今回論じる問題はそんなに単純な事ではありません。
『サクマユウマの精神上の問題について… という事になりますね』
もしもサクマユウマに鉄なら大量にあるという事を知らせたら、砦の探索などせずに船内に留まってくれたかも知れません。
しかしそれは、最悪の選択になりかねないのです。
何もしないというのは、短い時間なら有用です。しかし、それは決して何もしていないという訳ではなく、その間に外部からの刺激や記憶の反芻という行動をしているのです。しかし、それにも限度というものがあります。
する事が何もないという事は、むしろ苦痛でしかないのですから。
『そしてこの状況が長く続けば、誰もが精神を病むでしょう。
このあたりはナパーア星人もゼルカ星人も同じです。ならば地球人も似たような事が言えるのでは?』
だからホロン。私はサクマユウマの地上での活動を制限していないのですよ。
そればかりか支援を──防護服を誂える事までしているのです。
かつて私が同じような状況に陥りましたから分かるのです。
『リ・スィが精神的な苦痛を?』
そうですよ、ホロン。
危うく私もそのような状態に陥りかけた事があるのです。
そうですね。
どこから話しをしましょうか……
何もしないという事は、冗談抜きで苦痛を感じるものです。
私の場合、両腕に点滴チューブとかを挿された日には2日と持ちませんでした。
ドクターいわく、嫌なら発作を出さないような生活を心掛けろって…
それは分かってるんですけどねぇ……