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魔の森と帝国の騎士たち

 私はネポロ。ポールク家の嫡男にして、栄えあるゼムル帝国の騎士だ。

 所属は帝国近衛第2軍第3連隊。位階は10人隊長だ。


 200年前の天変地異──賢者様は大変動と呼ばれておられる──を生き延びた我が一族は、世界の秩序維持のために立ち上がった皇帝陛下にお仕えすべく日夜努力を重ねてきたもの。


 その成果が認められて、私が騎士に任命されたのは、2年ほど前の事だ。そしてすぐに皇帝陛下の玉体の警護をも任される近衛部隊に入隊する事になった。

 その私は10人隊長を拝命したのは、姫様がズロゥ宮にて大魔法の実験をなさる前日の出来事だ。


 ズロゥ宮で何があったのかは分からないが、噂も途切れてしまったな。

 それでも心配する事は無い。騎士マルダーが姫様のお傍に仕えているのだ。幼年学校では俺と同期だったが、半年も前に100人隊長に抜擢されている。

 それも仕方があるまい。あいつの実家は上級貴族、ウチは下級貴族だ。


 それは別としても、あいつは折り紙付きの実力者なのだからな。


 そして、姫様の噂を聞かなくなってからしばらく──季節は巡り、朝晩の寒さをひしひしと感じるようになった、ある日の事だった。

 私に皇帝陛下からの勅を賜る事となったのだ。


「誰かおらぬか」

「はっ、騎士ネポロがここに」


 これこそ、陛下に日ごろの訓練の成果と忠節をお見せする絶好の機会。ここで手柄を立てる事が出来たなら、いくばくかの褒章も出るだろう。

 そうすれば部下の生活も少しは楽になる。

 だから、いかなる戦場であってもいとわぬ覚悟で……


「ネポロよ、そなたに小隊をひとつ預けるゆえ、魔の森の監視に赴くがよい。

 かの森は討伐のおりに受けた傷を癒すがごとくに再生を始めておる。

 その様子を見定めてくるのだ!」

「はっ、騎士ネポロ、この命にかけましても!」


 魔の森の監視… か。あそこに棲む生き物は、とにかく獰猛だ。

 そして、強靭な肉体と… 魔法を使うのもいたという話だ。最大の弱点は魔臓という──人間には無い、魔法を蓄えるための臓器──だという話だ。

 そこを狙えば、たとえ巨熊とて難敵ではない事も分かっている。


 街道を進むこと3日。3台の荷車に食糧や予備の武器などを山ほど詰め込んで、セトラニーを発った我々は魔の森に到着した。

 さっそく街道からほど近い開けた場所を選んでいくつかのテントを設営すると、魔の森の調査を始めたのだが……


「……騎士ネポロよ、ここは心配するほどの場所だろうか。危険地帯と聞いてはいるが、これでは休暇に来ているようなものだぞ」


 それは勅を賜ってから7日目、森の調査を始めて4日目の事だった。

 我々の目の前に広がっているのは、ごく平凡な風景だった。


 深い森の手前には、新たに雑木林が出来つつある。どこからか種子でも飛んできたのだろう。別にそれが異常という事はない。

 このような光景は帝国に限らず、どこででも見る事が出来るのだから。

 それが食べられる実のなる木であれば、なお良しという所だな。


 我々の目の前に広がるのは、まさにそういう風景だ。

 里山に囲まれた農地にはありがちな、のどかな風景そのものと言ってもいいだろう。しかしここは魔の森だ。かつて森を討伐すべく、多くの帝国騎士が斃れた場所であり、第1級の危険地帯なのだ……


「そう言ってくれるな、騎士ザーリン。油断は禁物と言うではないか」

「うむ、確かに。充分に気を付けよう。騎士ネポロよ、忠告に感謝するぞ」


 そう言って、彼の率いる10人隊は去っていった。彼らは、ここから右手にある森を調べに行く事になっている。同じように別の10人隊が左手に。

 私は本体を率いて、もう少し前進する事になるだろう。


 なにしろ、ここは広い。馬車を止め、指揮所を設定したら我々も行動に移るとしよう。そうしないと、いつまで経っても任務を果たす事は出来まい。

 ここは、迅速に行動するのに越した事はない。

 皇帝陛下は、のんびりとした行動がお嫌いなのだ。


 宰相閣下からは、最低でも2か月はかかるだろうとのお言葉をいただいたが、あの口ぶりからすれば、ただの温情ではあるまい。

 宮廷でのこういう話をする時は、細心の注意が必要だ。

 言葉の裏には、なにかしらの棘があるものだ。


 それに気が付かないような者に、出世の道は開かれないもの。

 逆に、言葉の裏に隠された相手の意図を読み取り、それをうまく利用するのが宮廷における処世術というものなのだから。

 事情を知らぬ者の目には、奇異なものと捉えられるかもしれない。


 だが、これこそが、この広大なゼムル帝国をひとつに纏めているのだ。

 この程度の事が出来なければ、宮廷に出仕する資格はない……


「騎士ネポロよ、無事に戻ってきたぞ」


 あたりが暗くなりかけたころになって、ようやく騎士イペリが戻ってきた。

 彼は左側の森を調べていたはずだが、何かあったのだろうか。


「無事に帰って来てくれて嬉しいぞ、騎士イペリ。して、首尾は?」

「うむ、その事だが……」


 どうやら、彼が見た領域の雑木林は育ちが良いらしい。

 あちらの方が日当たりが良さそうだし、近くには川も流れていたはずだ。あまり幅の広いものではないが、そこそこの水量がある。

 たぶん、それも関係しているのかも知れないな。


 そう言えば騎士マルダーが寄越した手紙には、あの川は釣りをするのに良いところだと書いてあったな……


「マスがよく釣れる、か……」

「どうした、騎士ネポロ。何を言っているのだ?」


 ああ、すまない。いや、大した事ではない。

 左側の森には川が流れていただろう。あそこは魚がよく釣れるという話なのだ。

 兵たちの食事も塩漬け肉や乾燥食糧だけというのも気の毒だと思わないか。

 水を汲みに来るついでに新鮮な魚を手に入れると言うのも悪く無いだろう。


 しまったな、釣り竿がないか……

 いや、ここは騎士マルダーから借りるとしよう。

 ここからなら、ズロゥ宮はすぐそばだ。

うっふっふっふ…… その余裕、いつまで続くかなぁ?


そうそう、重箱の隅を絹針でつつきまわすマニアさんに一言。

「勅」というのは日本語の単語です。お忘れなきように。

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