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悩める皇帝陛下と賢者様

 ゼムル帝国の首都セトラニー。

 都市は、10キロ四方はあるだろう。幅の広い道路で区画分けされた市街地には集合住宅がびっしりと立ち並んでいる。その中心にある──小山ひとつを要塞化した──ザモク城こそが帝国の中枢なのだ。

 そのザモク城の主の名はイデオート・タルマーク・ゼムル。


 彼の下にひとつの知らせが舞い込んだのは、夜のとばりは西の空に追いやられてはいるものの、食事にはやや早い時間だった。


「魔の森が目に見えて広がっている… だと?」

「左様でございます、陛下。いかが致しましょうか」


 魔の森は、突如世界中に現れた森の事だ。その中に棲む凶悪な生物は人類社会に大きな影響を及ぼしかねないほどのもの。決して無視する事は出来ない。

 森から湧き出る災禍によって、いくつもの国が滅んでいるのだから。

 それゆえに魔の森はそこに棲む生物ごと討伐されたのだ。


 だが──


「さすがにあの森を焼き尽くす事は… 叶わぬか」


 東大陸の雄、ゼムル帝国の首都・セトラニーから離れる事、おおよそ80キロあまり。そこには人類が知る最大の──そして最後の魔の森が広がっている。


 その森はあまりにも広過ぎたために、完全に討伐する事が出来なかったのだ。

 多くの犠牲を払いながら森の中心部に向けて穿たれた三角地は、セトラニーがすっぽり入って余りあるほどだというのにな。

 しかし、それでも森の規模からすれば微々たるものでしかないと言えば、その大きさの想像もつこう。


 そして、その犠牲の対価は… 1冊の魔導書に過ぎぬ。


 その魔導書に記されていたのはいくつかの儀式魔法だった。

 我々が使う魔法に比べ、遥かに強力な魔法の存在は… 実に魅力的だ。

 瀕死の重傷を負った者をも瞬時に──欠損部位の復元すら成し得る回復魔法。

 ひとつの都市国家を瞬時に灰燼に帰してしまうような、強大な攻撃魔法……


 これにより、帝国は周辺諸国を討ち従える事で東大陸を征したのだ。

 その成果を見た余は、魔導書に記されていた最後の魔法を試みる事にした。

 我が第1皇女スカリットに命じ、既に用済みとなっていたズロゥ砦を祭祀場に改造し、儀式魔法を行なわせたのだ。1000人以上の贄を使い、20人もの魔術師による勇者召喚は──まさに、究極の儀式魔法と言えよう……


 残念ながら、勇者召喚は失敗に終わってしまったが……

 賢者共は贄の数が足りなかったか、召喚魔方陣の機能不全による魔力の暴走であろうと申しておったが、我が娘スカリットをはじめ、多くの魔道士を失ってしまった。その失敗は帝国の戦略に暗い影を落としておる。


 一番の問題は西部戦線──我が東大陸と中央大陸をつなぐスチュリア地峡の対岸にある小国だが。主だった魔道士を失った事で進軍のペースは目に見えて落ち込んでいる。スカリットを失った今、大規模な魔法攻撃もままならぬ。

 多少の事は致し方あるまい……


 あの地域一帯を治めるポラーナ王国は小国ながら防御は固い。加えて地形を生かした戦術の組み立ては敵ながら見事なもの。

 ようやくポラーナ王国の王都まで、軍を進める事は出来たのだが……

 魔の森への攻撃に兵力を振り向ける余裕など無いのだ。


 部隊を差し向けたくとも、一進一退の攻防の続く西部戦線から兵を割くわけにはゆかぬ。勇者召喚に成功すれば、この状況も打開出来たものを……


「それで…… いつからだ?」


 ポラーナ王国に傾注するあまり魔の森にまでは考えが回らなかったな。

 そう言えば、以前の討伐戦のおりに受けた傷を癒すがごとくに、森が復元を始めているらしいという話はあったな……

 だが、それは…… いつから始まったというのだ?


「はっ? ……いつから、とは……」

「ズロゥ宮に赴いた時トロイは魔の森に異常はなかったと聞いておる」


 勇者召喚に失敗してから3か月… 今まで特に目立った動きのなかった魔の森が急に動き出したのは何故だ。


「森の復元… とでも申しましょうか。どうやら勇者召喚の儀が始まる前後からではないかと思われますが、細かい所までは……」


 その事については、余にも落ち度があるやも知れぬ… か。周辺諸国の討伐中のわが帝国には、


「のう、賢者オウフよ。この事態、そなたは何と見る?』


 オウフは王宮に仕える主席賢者であるからな。

 この場は、かの者の見識に頼るのが得策であろう。


「魔の森に棲む生物の多くには魔臓… 魔力を蓄える器官がありますな。ならば森の樹々にも、なにかしら似たような性質が備わっていたかも知れませぬ。

 研究する時間も人材も多くはありませんゆえ、結論は出せませぬがの……」


 ふむ…… ここでも魔法か。強力過ぎる魔法とは、厄介なものだな。


「これは儂の推定ではございますが…… 森が広がったのは、まさに儀式魔法の余波で御座いましょう。あの魔力暴走… いや、魔力の爆発と言った方がよろしいな。そのエネルギーが森に吸収されたとすれば、筋も通りましょうぞ」


 つまりは、こういう事か。


 隣国──都市国家ポル・クゥエを焼き払った魔法の発動には500人ほどの贄を使ったにも関わらず、魔法が発動したので魔の森への影響はなかった。

 しかし、今回の儀式魔法の失敗で放出されたエネルギーは……


「すべて、魔の森が吸収したのでございましょう。ならば、魔の森が広がりは限られた範囲に留まるやも知れませんぞ。

 ……膨大な量のエネルギーが放出されたとはいえ、その量は無限ではございませぬからの。どこかの時点で収まりを見せるはず」


 うむ、余もオウフの申す事ももっともであるな。有限のエネルギーから生み出されるものは、やはり有限に過ぎぬのだ。

 問題は、魔の森がどこまで広がるのかという事であるが……


「誰かおらぬか」

「はっ、騎士ネポロがここに」


 ネポロか。忠臣ポールクの倅だが父親譲りの芯の太さといい、熱心に鍛錬を重ねた者だけが到達できる武威といい、見どころのある若者と聞いておる。

 ならばザモク城に籠りきりで訓練を重ねる日々を過ごすだけではいかんな。

 この者に場数を踏む機会をくれてやるとしよう。


「ネポロよ、そなたに小隊をひとつ預けるゆえ、魔の森の監視に赴くがよい。

 かの森は討伐のおりに受けた傷を癒すがごとくに再生を始めておると聞く。

 その様子を見定めてくるのだ!」

「はっ、騎士ネポロ、この命にかけましても!」


 これでよい。


 今の時点で出来る事は、魔の森を監視すること。

 これだけであろうな……

スカリット姫は、森のかなりの範囲を焼き払ったと思っていたようですが……

全体から見ると、そうでもなかったのでした。ざんねーん!

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