気になるアイツと蟲王様
我は蟲皇。この異世界に流された甲虫族の皇だ。
そして我らインゼクトは神殿の造り手に任ぜられた森の守護者でもある。
事の起こりは、今より20回ほどの冬を越した頃のこと。冬眠から覚めた我らが見たものは木の生えていない世界…… そう、森が消えていたのだ。
それは、あまりにも不気味な風景だった。
森は一定の広がりを残してはいるものの、その周囲には木どころか下草さえ生えていないのだ。
土がむき出しになった大地は陽光に焼かれているではないか……
これは我が種族の存亡がかかる一大事だ。この光景を見た長老衆の中には、恐怖のあまり命を落とす者がいたほどだ。
これだけでも、我らを襲った衝撃がいかばかりかという事は分かるだろう。
森を住処とする我らにとって、木の消失は種族の滅亡を意味しかねないのだ。
我は主だった甲虫族を取りまとめると、生存のための努力を始めた。森の中をくまなく巡り、同胞を集めるて集落を作り、そこで暮らすようにしたのだ。
また、リヴェレイのひとりに命じて空の高みから周囲を観察させたのだが……
<蟲皇よ、大変な事が起きている! 森が、森が燃えているのだ!
見た事も無い異人たちが……>
その報せが我に届いたのは、そんなある日の事だった。かなりの深手を負いながらも報せを持って来たリヴェレイは… それだけを言い残して息絶えた。
<すぐに仲間が駆け付けるだろう。
しばらくすればカカラーカ達が情報を伝えてくれるはず>
待つほどもなく、カカラーカ達による念話のネットワークが繋がった。あれほど生命力に満ちた生き物は、他にあるまい。黒くつややかに輝く平たい身体で素早く動き回り、時としては毒物であってもその身の糧にするほど。
斥候としては最適な者たちだ……
だが、それが見たものは… あの群れは…… 銀と茶色のまだら模様をした芋虫型のインゼクトとでも言えばいいか。もちろん、こんなインゼクトがいる筈もない。死んだリヴェレイがあの未知の異生物の事を異人と呼んだのは、こういうわけなのか……
もちろん我々が何もしないで見ていた訳ではない。
ヴェステア達は、その鋭い毒針で。ゴトレインは両手の鎌を振り回して。
異人の命を刈り取ったのだが、異人の数は予想以上に多かった。
いくら殺しても、数日後にはその倍もの個体がやって来るのだから。
<……どうやら、異人は引き揚げたようだな>
異人の一部が、先史文明の遺跡に侵入したが…… それは仕方があるまい。
5人いた影法師も懸命に戦ったものの、3体が犠牲になったほどの激戦だったのだから。そして破壊された森も、全体からすれば大したものではない。
時間はかかるだろうが、森は復活するだろう。
とにかく、このような悲劇を繰り返さないようにしなくてはならない。
森を破壊した異人たちも、最初から大群でやってきた訳ではない。最初は、ごく少数でやってきたのだ。だが我はそれを知りつつも放置せざるを得なかった。
あの時は、同胞の捜索と救助を優先せざるを得なかったのだから。
そして、長い──季節は我らの知るものより、倍も長く厳しい──冬を幾度も迎えた。あの悲劇を繰り返さぬためにも、我々はいくつものグループに分かれ、森のパトロールをする事にした。
揺れる振り子を真上から見れば円を描くように、森の全域をカヴァーするのだ。
<蟲皇よ、聞こえるか? パトロール中のカカラーカが… 死んでいる。
ざっと数えただけでも死体は200を下るまい……>
なん… だと? あの時の異人がまた来た… のか。今度こそ森を焼き尽くされるかも知れん。今度は我も出て異人を滅してくれよう。
それで場所はどこだ? ……ふむ、近い… な。
急がねばならん。また異人が群れを成してこの森にやって来る前に。
すでにほかの同胞との連絡は絶たれている。ひょっとすると、もはや滅ぼされてしまったのかも知れん。だが、我らは簡単にはやられんぞ。
我は蟲皇。この森で最も強き者なのだから……
……あれだな? リヴェレイ族が見つけたという異人は。
前に念話で送られてきた者共とは、身体の模様が違う。大きさもだ。
まだ脱皮をする前の個体なのかも知れないな。
だが、汝が幼生体とて、我は容赦はせん!
がんっ!
ふん、どこを狙っているのだ。汝がいくら素早く動こうとも、細い手足を振り回しても、我にかすり傷ひとつ付ける事など出来ん。
死んでいった同胞の恨み、ここで張らさせてもら……
どがあぁっ!
なにぃ?
戦いが始まってから幾度目かの攻撃を受けたのだが……
ひときわ大きな衝撃と共に、我の身体が吹き飛ばされたではないか。それに身体が大きくくぼんでいる。あの異人が… 我を、傷つけたとでも言うのか。
いかん、これでは翅を開くことが…… あああああ。
……そこから先に何があったのかは、よく憶えていない。
岩より硬い我の甲殻はひび割れ、肩口のいちばん固い部分には穴が開いている。
もはやここまでか。このまま体液が流れ出していけば……
我の命も長くはもつまい…
<異人よ。我を倒すその膂力、いつぞやの森の外の者と同じとは思えぬ>
おそらく、こうなるのが我の運命だったのかも知れん。
我は… 誇りあるインゼクトの──蟲皇だ。悪あがきはせん。
さあ、我が身を喰らうがよい。勝者は敗者を喰らい、その身の糧にする。
それが、世の習いというものだぞ。
今回は我が敗者になっただけのこと。
これが、我に定められた運命であったなら。
それに従うのが、全能の神の御心に沿う行ないというものであろう。
だが異人の行動は…… 我の受けた傷を一瞬で治したのだ。
──要らねぇ。つか、食うものには困ってないからな。
……我の考えは間違っていたのだろうか。
傷が全て癒えたとはいえ、再び戦っても異人に勝つ未来は見えぬ。
さらに勝者たる異人は言ったのだ。
──なにゴジャ言ってんだ、オメ。
勝手に突っかかってきて、勝手に死ぬなんてのは駄目だっぺ?
ンな勝手な事はよ、神様が許しても俺は許さねーかんな?
こうして、我は異人に仕える身となったのだが……
蟲皇について書いておかなくっちゃ…… って思ったんですけど。
いざ書こうにも、なかなか上手く書けないものですねぇ。