気になるアイツと上級生
喫茶店・無何有郷。
創業50年以上という、この町で一番古いお店で、今のマスターは2代目。
終太郎さんって言うんだけど、私達の通う高校の出身者としては珍しく大学を出ている。それも帝大よ、て・い・だ・い。
あそこ出たら、末は博士か大臣か… って言うじゃない。
でもそういう道を選ばないで、卒業したらすぐに結婚してお店を継いだとか。
ゼミの担当が、大博士の松戸先生って… マジ信じられないんですけどぉ?
黙ってたって何かの博士になれるじゃないと思っていたんですケド。
『松戸先生の研究が凄すぎてなぁ… 心がね、折れてしまったよ』
マスターは遠い目をしながら、そんな事を言ってた。
よく分からないけど、凄い人なんですね。そう言ったら、松戸先生って大博士の称号持ちなんだもんね。大博士って地球の頭脳って言われる超天才じゃん。
師匠がアインシュタインとかと同列とかって、そりゃキツかったかも。
私? 進学しないよ。でね、関銀… 狙ってるんだ。
あそこなら本店は地元だし、なにより銀行員ってエリートじゃん。さいわい採用試験に合格出来るくらいには勉強も頑張ってるからね。
高3ともなれば、それなりに大変なのよ。
だってさ、実際のところ中学校さえ出ていれば就職には困らないでしょ?
初等クラスの教科書に載ってる、あの真珠王と言われた御木本幸吉は小学校すら出ていないんだって。読み書きそろばんといった基礎がちゃんと出来てれば、あとは努力あるのみ… ってね。
そういえば、ここ最近は高校に行くのが増えたてきたかな。
その中で大学進学を考えるのは全体の1割くらいに増えたんだってさ。
校長先生が夏休み前の訓話で、これこそ来月には人類初の恒星間移民船が進宙するという、科学万能時代に相応しい数字だ… って言ってた。
私もそう思う。
思うんだけどねぇ……
「いらっしゃいませ~」
なぜか私は就職活動そっちのけで喫茶店に入り浸っていたりする。
ここはほどよく空調が利いているし、なによりも店のマスター夫妻はうちの高校の卒業生。だからという訳じゃないけど、この店に入りびたっても制服さえ着ていれば学校も文句は言わないのよね。
それにさ、宿題とか分からない所は、誰かに聞けば気軽に教えてくれるし。
特に奥さま──真奈美さん──の教え方って、とにかく上手なのよね。
それもそのはずで、推薦決まってた筈の師範学校を蹴って、勢いで受験した帝大に1発合格しちゃった伝説の才女なのよ。
師範学校を蹴った理由はマスターが帝大に進学するからって……
そしてね、大学卒業したら、即ゴールインだって。
まるで絵にかいたようなサクセスストーリーじゃない。
目指せ玉の輿! 私も真奈美さんに続くのよぉぉぉ!
え? 相手がいるのかって?
あんたねぇ… 茹でて冷まして皮むいて香取海に叩き込むわよ。
……よろしい。知らない方が幸せって言葉もあるからね。
それよりも、やっぱりこのお店はすごい。名物になっているうはぁんという料理は、江戸からテレビ局の取材がきたくらい、うはぁん… な料理とか。
これも帝大卒業者の神通力… なのかなぁ。
私としては、給仕さんが可愛いからだと思うんだけどね。
「先輩、今日は何にします? 僕的にはオムライスかな。新鮮な卵が入ったそうですよ」
「じゃあそれで」
うんうん、彼をマスターに紹介して正解だわ。
彼… 佐久間君はね、決して美少年とかそんなんじゃないわよ。
そうねぇ… 彼の事を一言で説明するなら、とにかく可愛いの一言よね。
うんうん、有志一同で作った衣装が今日も似合ってる。
彼の事は中学時代から知っていたけどさ、うちの高校に入ってくれてホント、良かったわぁ。お陰で灰色の高校生活が急に極彩色になったというか。
マジで生きる希望が、こう… ごごごぉっと、湧いてきたというか。
彼を見ているだけで、あと10年は戦えるというものよっ。
「お待たせしましたぁ」
料理を持ってきてくれたのは別の子だったわ。
あ~あ、せっかく頼んだオムライスなのにぃ。彼に仕上げのケチャップかけてもらいたかったんだけどなぁ。
…って、また来てるの? あのおじさん。
ったくあいつも暇人よね。お昼時になると必ず来るのよ。
それもマイバッハとかいう目のタマが飛び出しそうになるくらいの超高級自動車で乗り付けちゃってさ。
ここはそういうお店じゃないんだっつーの。
佐久間君もデレデレしない!
あんな中年オヤジのどこが良いって言うのよ!
どうせデレるなら私の膝の上で… ねっ、ねっ?
……って、あによぅ。
あのひと関銀の… 頭取さん?
いいいいいいええええ、何でもないです、ハイ。
存分に佐久間君を堪能してくださいませ。
未来の最高上司に文句なんて、あの、その……
マイバッハは、世界屈指の超高級自動車のメーカーなのです。
あそこに対抗できるのはロールスロイスくらい… かな?