皇女サマの秘密基地と俺
合金製シャフトは、一種のエレベーターぽい何かだ。
それも俺たちのより進んだ技術文明の産物ぽいんだよな。
と、言うのもシャフトの──これっぽっちも継ぎ目が見えない──壁の一部が音もなくスライドしたら、中は畳2枚分くらいのスペースだったからだ。
中には照明がついてるらしくて、暗くなんかない。
暗くなんかないし、ごく普通のエレベーターにしか見えないんだけどさ……
『はいはい、さっさとエレベーターに乗ってくださいねぇ?』
う… なんか引けるなぁ。ここって、ほんとに大丈夫なん?
いいや、根拠なんかないよ? 本能的になんかなぁ… って思ってるだけだ。
ヘタレてるわけじゃないからな?
人間、臆病なくらいで丁度良いんだ。
ホントだからな? ホントにホントな……
『いいから早く乗る! 誰かに見つかったら大変な事になるよぉ』
うぐぐ…… ホロンのやつ、また俺の運動中枢にアクセスしやがったか。
身体が勝手に動いて…… エレベーターの中に入り込んだじゃないか。
すると音もなく扉が閉まって、身体が軽く浮かび上がるような気がした。
それも…… けっこう長い… な。
エレベーターに乗ってた時間は、だいたい1分くらいか。身体にかかる感覚から考えると、スピードもだいたい江戸の展望タワーくらいだろうなぁ。
……って事は600メートル以上は降りてるって事かよ?
せいぜいシャフトが下がったら、すぐに… くらいに思ってたんだけどさ。
『はぁい、着いたよぉ。さっさと降りてねぇ?』
エレベーターが減速を始めたのか、ぐっと身体に重力がかかると、扉が音もなく開いた。こっちもちゃんと照明がついてるな。
俺はエレベーターから出ると、辺りを見回してみた。
──ふぅん、なんか普通だよな。
周りの景色ってさ、テレビや雑誌でよく見るようなやつでさ。
どう見てもちょっとオサレなビジホ… ってやつなんだよなぁ。
壁には風景画ぽいのが飾られてるし、床はじゅうたんが敷かれてるし。
照明がちょっと黄色っぽいのは、自然光って奴かもな。
やっぱりビジホと違うなぁ… って思うのは、まっすぐ進むしかない廊下の奥行きくらいだろう。奥行きは10メートルくらいかな。ドアも3つしかないし。
気が付いたら、廊下を歩き始めてたんだが…
『この先は、私でも分からないかなぁ。宿主さん、がんば!』
おいぃ? それってどういう冗談だ?
『この階層の鍵は全部開いてるから、とりあえず探検してみたら?
私は、忙しい! 忙しいったら、忙しいんだからねっ!』
おいホロン!
…………ホロン?
何だよあいつ。言いたい事を言ったら、だんまりかよ。
まあ仕方がないな。ドアの鍵は開いてるって言ってたから勝手に探検するか。
じゃあ、どこから行くかな…
カ・ミ・サ・マ・の・イ・ウ・ト・オ・リ……
ようし、右側のにするか。左側のは、どっちもスチール製の普通のドアっぽいけど、こいつだけは木製ぽく見えるからなんだが。ドアノブとか無いな……
俺はゆっくりドアに近付いたんだが、それだけで戸板が奥に沈み込んだ。、
そのまま音もなく右側にスライドして…… って何だよ… 自動ドアか。
「……中はけっこう広い… な」
広い部屋で目につくのは、ベッドである。家にあったやつの倍くらいはありそうなでっかいやつだ。それも天蓋付きというファンシーな造りときている。
そして、反対側の壁は… なんか透き通ってるようだけど……
壁のほとんどを占めてるなんてさ、水族館のでっかい水槽みたいじゃないか。
まあ、いいか。ベッドがあるなら、とにかく寝るぞ。
ここまでホロンが何かしてくれてるようだし、警告とかもない。
なら、ここは少なくとも危険な場所じゃないだろ。
あいつは俺の安全には、ずいぶん気を使ってるからなぁ。
『さくせんは、いのちだいじに』てぇのをさ、ガチでやってるんだ。
それも、しゃーないか。
俺とあいつは、運命共同体だ。なにしろ俺の精神というか魂というか。
そこの一部を増築して、住み着いているようなもんだ。
本人?は常駐してるって言ってたけどさ、それってRAMに全プログラムを乗せてるようなもんだろ。
常にホロンが起動状態でいる… つか俺のシャットダウンてのはさ、イコール死亡って事だから、あいつにとってもヤバいんだよな。
人間の身体とか精神てのは死なない限り、常に働き続けてるって事だ。
それが深く眠ってたり気絶していて… 意識中枢が止まっていても、だ。
逆に言えば、俺死亡… ってことは、イコール… ホロンの消滅。
だから死にたくなかったら、俺を生かしておかなきゃならんわけだ。
そういう事だから、ホロンが安全だと判断したんなら、ここは安全だ。
だったらさ、無理して起きてる事なんか無いじゃん。
漫画とかで見た事あるけどさ、天蓋付きベッドで寝るなんて初めてだな。
ちょっとウザそうだけど、蚊帳が吊ってあると思えばいいか……
色とか気になるけど、それはそれで我慢するしかあんめえ。
こっちは死ぬほど疲れてんだ。とにかく俺は寝るからな。
寝るったら寝るんだ。
いいか? 起きるまで起こすなよ?
本当なら、シャワーでも浴びて身体をきれいにしておきたいところだが…
もう… どうだっていいや。とにかく、俺は……
…………ぐう……
天蓋付きベッドって… なんか憧れませんか?