ハラペコになっている俺
俺が砦から逃げ出した俺がたどり着いたところは、森の入り口とでも言えば良いんだろうかね。これ以上進みたくても乗ってた馬がな……
そしてホロンが見つけたコンピューターも森の中っぽいし、そいつがあるって事はそこそこ頑丈な建物だろう。隠れ場所には都合が良さそうだ。
それに今頃は砦の中の混乱も収まってきてるかも知れないからな…
いや、そうでもないか。俺を召喚した皇女サマが死んでるとなれば、別の意味で大騒ぎになってるかも知れん。
だから砦を出た一人の小姓に誰も追手は出さないかも……
そう思ったらさ… 急に腹が減ってきたんだよ。
だって最後に食べたのはイガルタのキャンプで食べたイノブタ肉だもん。
そういや、あれからどのくらい時間が経ったんだろ。
絶対ゼロ時間フィールドの中にどれだけ長くいようとも『外』の世界には関係ないとはいえ、絶対ゼロ時間フィールドの中では普通に時間は流れるんだ。
古城のおっさんと話してたのは、体感的には4時間くらいかな。
──全くのゼロという訳でもないんだな。厳密に言えば時間経過はある。
原子核の周りを回っている電子がだな、それは電子ひとつ分の間隔を動くよりも短いだけだがな。
おっさんは軽く言い放ったけど、言ってる事がよく分からん。
まあそれはいいか。とにかく、今は何時だ?
『ねえねえ宿主さん。時計を見れば良いんじゃない?』
あ、そうか。そういや腕時計してたんだった。
進学祝いにもらったやつだが、どうかな。あちこちぶつけまくったから……
……っとお、動いてるじゃないか。すごいな、無事なのかよ。
さすがはショッキングG。あの程度なら何の問題もないか。
これこそヤポネス・テクノロジーってやつかな。
まあいいか。で、今の時刻は… 午前2時半だとぉ?
『たぶんヤポネスとの時差は、だいたい12時間くらいかな♪』
まあ、それはいいか。普通なら布団の中でぐっすりって時間だ。
でもさ、テスト勉強とかで夜遅くまで起きてれば腹減ったよおぉお… ってなる時間なんだよね。
食べ盛りの男子高校生に食事抜きとかさ、ちょっと辛くないか?
『なら、さっさと偽装工作をして、先を急いだほうが良くないかなぁ?』
ああ、この毒… か。
そういや地球にもこんな毒を持ってる生き物がいたな。砂漠に住んでる毒蛇とか… あとは熱帯ジャングルの奥にいる食肉植物… だったか。
そうそう、あの根っこで動き回る植物だよ。
あいつのは毒と言うより消化液って感じだがな。それと似たような物だとすれば、下手すりゃ骨も残らんぞ。
服くらいは残ってもおかしくはないと思うけどな……
『じゅる… ねえ、宿主さん。選択肢はひとつしかないよねぇ?』
くっ… 聞きたくないけど、一応聞いておこうか。
その選択肢ってやつ。
『決まってるじゃない。ニンジャの最強装備』
うわあぁあああ! やっぱ聞くんじゃなかった! それヤバいよ。
ドゥーラでそんな装備してたらお巡りさんがやって来て、即タイーホだよ?
だってこんなの想定してないもん。予備の服なんかないよ?
それだけはやめて? 他になんかいいアイデア無いの?
『諦めるしかないと思うねぇ。それよりさっさとBBAの秘密基地に行ったら?
あそこなら着替えが有ると思う。お稚児さんの服でも無いよりましでしょ』
くそう、悔しいけど反論できねぇ。
馬の死骸があるのに、俺の痕跡が無かったら怪しくない筈ないだろ。
今頃は追手がかかっていてもおかしくはないから、バレれば確実に捕まるな。
そうなると、だ。皇女サマ殺害の重罪犯って事になるだろうからなぁ……
ヤポネスでも要人殺害は──尊属殺人よりも重い罪として扱われている。
特に、だ。この場合は大逆罪… になるだろうから、少なくとも終身刑はないだろうなぁ。温情があったとしても、死に方を選べるくらいか……
『だああああっ! 宿主さんが死んだら私も消滅するの! わかる?
私の生命は宿主さんにかかってるって事だよ?
それとも、そんなに私を殺したいとか?』
ぬぁおおおぅ! やかましい。
耳元で大声出すんじゃない! というか、聴覚神経を乗っ取るんじゃない。
うっぷ…… 頭の中がぐゎんぐゎんしてきた……
脳みそシェイク状態ってのは…… やめ… やめてくれぇ……
『じゃあ、諦めてね♪』
ね♪ じゃねぇよ、まったく。 脱げばいいんだろ、脱げば!
さいわいこの気候なら風邪は引かないと思うけど、ちょっとなぁ……
で、この辺りに並べとけば… 水筒は木の枝か何かで… よしよし、良い位置に転がってくれたな。この枝は… あの小川にぽーい。
……これで偽装はバッチリだ。
『じゃあ、急いでくださいね。BBAの秘密基地は、方向くらいしか分からないから、ちょっと歩き回る事になりそうだよん』
ウインドウに表示された地図では森の部分だけ塗り分けてあるのか。
相変わらずレトロなワイヤーフレームだが、今はそのくらいの方がいいか…
現在位置は… この青い点がそうか。で、目的地は?
こっちの方向…じゃねぇ! どこなんだよ。
と、八つ当たりしても仕方がない。
信号波… めんどくさいから電波にしとくか。で、だな。電波の発信源を特定するには手間がかかる。地道に歩き回って、電波が来る方向を調べるだけだ。
要は電波の発信源を頂点にした三角形を描けばいいんだ。
ひとつの頂点… いわゆる底辺に当たる部分のひとつの点が俺。
適当に動き回ってもうひとつの頂点を適当に設定すれば、大まかにでも電波発信源を特定できるってわけだ。
だが、そこで俺はひとつのミスをしちまった。
霊光… 練り上げた気を球状に広げて、その範囲に何がいるのか、どんな物があるのかを探るための… 探知系の技を使わなかったんだよ。
森の中には危険な野生動物… クマとオオカミとかがさ… いるのが常識なんだよな。俺は何故かそいつを忘れてたんだ。
その結果、森の中で出会ったのは野生動物とか、そんなモノじゃなくてな。
もっとヤバい奴だったんだ。
ニンジャの最強装備といえば、何かなあ。
やっぱり、全身になまにく… かしらん?