場違いな工芸品と俺
屋敷の裏手にやってきた俺は、そこから出てきた奴を利用する事にした。
なにをするか、だって? そんなの決まってるじゃないか。
プランAの再開だよ。じゃないと、この砦からの脱出は無理… だ。
この砦には、規模的に100人近くの兵士がいてもおかしくはない。
ホロンが表示した砦の地図から考えれば、そのくらい居なくちゃおかしいよ。
それに祭祀場から逃げ出してから30分くらいは過ぎているんだ。
連中の頭も冷えてくる頃だろう。
つまり… だ。 今までのように戦闘のプロを、不意打ちかまして仕留める事は出来ないという事なんだ。それに古城のおっさんの手で強化されてる俺の身体についても問題がある。具体的な『性能』を把握しきってない。
過信は禁物…ってのは、こういう時に言うんだろ。
それに爺ちゃんも親父も、口癖のように言ってた。
──臆病すぎるくらいが丁度いいんだ… ってね。
だから、屋敷の裏口から出てきたこいつを利用する事にしたんだ。
さすがにこれだけ混乱していれば、多少の騒ぎなんか気にしないだろ。
今度こそ動かなくなったそいつの身体を建物の中に引きずり込んだ。
適当な部屋に入り込んだ俺の目的はただひとつ。
まずは、こいつの服を引っぺがして…… 下着から何から全部、だ。
で、俺が着ているのをこいつに着せれば、身代わりに……
「……ナマ装備かよ」『ナマ装備ですねぇ… いやぁ、かわいいねぇ♪』
えらく脱がせやすい服を着てると思ったら、それだけじゃなかった。
こいつ… 穿いてねえじゃないかよ。
まあいいや、とにかくこいつの服を脱がせると… 俺も素っ裸になった。
『でへへ… これはこれで……』
ホロンの奴が妙な事になってるが、無視だ、無視。今は時間が惜しい。
目の前に転がってる奴には俺の着ていた服を着せて、こいつの服を着て…
ちょっときついが贅沢は言えねぇ。さっきまでは、とっさに神官服をはおり、奴がかぶっていた──大型動物の頭蓋骨で作ったお面──をかぶってたんだ。
それよりは、なんぼかマシってもんだ。あとは帽子でも被っとけば……
「これでいいいか……」
『宿主さん、惜しい。服の裾をたくし込むのは前だけだよぉ』
そうなのか。じゃあ… なるほどな。後ろだけ長いのは、そういう訳か。
で、これを着ればオッケーか。死体が着ていた服をはぎ取るのは、なんとなく気が咎めるが、こればかりは仕方がないだろ。
あとは、このあたりの建物が焼け落ちてしまえば、ミッション終了だ。
こいつの身体は、このあたりに置いて。お面は… これでよし。
ここに(けんえつ)を仕掛けて… 今度はすぐに作動するようにしとこう。
手持ちの… 最初に忍び込んだ倉庫にあったブツも、これで最後だからな。
せいぜい派手な事になってもらうとするかね。
後は… どうするかな。
そうだ、脱出する前に… 食いものを貰ってくか。
台所や食糧庫があるなら建物の裏手… つまり、この壁に面したどこか…
そうっと、扉を開けて廊下を見てみると… やっぱり、か。
隠し扉ぽいのを見つけて開けてみると… ビンゴ!
こいつは使用人専用の通路に間違いないだろ。だって後ろの廊下はさぁ…
どう見ても、ザ・貴族! って感じの豪華な造りなのに、ここは壁に漆喰すら塗っていないんだぜ。そして、台所があるとしたら……
『熱反応は… 左側からだねぇ』
熱反応があるって事は、かまどか何かの熱だと思いたいなぁ。
たぶん時間的にみて、食事の支度を始めてても、おかしくないからな……
……と、いう事があった訳なんだ。
その後はすんなりと砦の外に出る事が出来たんだな。振り返って見ると、大きな建物の窓は、盛大に炎を吹き出している。
ようやく消火活動が始まったらしいが、あれだけ火が回ってしまえば鎮火は無理だろう。跡形もなく燃え尽きてくれれば、俺としては助かるんだけどね。
あそこには、ちょっとヤバいものがあったんだ。
そうだよ。魔導書や、武器庫だ。それだけなら処分済みだから良いとして。
武器庫の奥に、後生大事に仕舞われていた、ある『物』が問題なんだ。
全体的には漢字の『山』という文字に似てるんだが、あいつら… この砦にいる兵士の装備からはかけ離れてるんだよね。
あいつらの装備は、基本的には皮鎧と両手剣だ。中には金属鎧を着ているのもいたが少数派だ。たぶん指揮官クラスとかそういう立場なんだろう。
つまり、俺が何が言いたいのかと言えば、だ。
こいつらの装備がコスプレとかそういうモノじゃないとすれば、文明レベルは古城のおっさんが言ってた通り、中世にさしかかったばかり… ってとこだ。
ここが世界遺産とか文化財なんかなら、大昔の衣装を身に着けて… とかでも納得はいく。それでも、さっきのの台所のように『楽屋裏』にあたる部分まで再現するとは思えないんだよな。食糧庫には冷蔵庫すら無かったんだぜ。
かまども随分と使い込まれてたな。ありゃ、日常的に薪を使ってるぜ。
それなのに、だ。
俺が腰にぶら下げているのは、間違いなく工業製品だ。
どこをどう見ても、手作業で作れるような代物じゃない。そして磨き抜かれた特殊合金の色… ってのは、たぶんこんな色の事なんだろう。
軽く虹色っぽいけど、こいつは槍の穂先とかじゃないんだよ。
そして、これを武器庫に保管した奴は、間違いなくこいつの正体を知ってる。
そうじゃなかったら、この見かけだから宝物庫とか、そういう所にしまい込んでもおかしくないと思うんだ。
特に凝った装飾とかしてないけど、間違いなく、こいつは、場違いな物体だ。
『そうですねぇ… 詳しく調べてみないと分からないけど』
まあ、安全地帯に逃げ込んだら調べる事にしようか。
ホロンの口ぶりだと、が何か知っていそうな感じだからなぁ。
明治村には、もう一度行ってみたいなぁと思っているのです。
お医者様から長距離旅行の許可が出れば、ですけどね。