気になるアイツと皇女様
召喚魔方陣を起動して、今日で3日が経つわ。
ようやく捕まえたんだから、絶対に逃がさないわよ。 …私の『勇者』さん。
この祭祀場は、国境に近い砦のひとつを改装したものだけど。ここを選んだのには、いくつか理由があるの。そのひとつは魔の森が近くにあるから。
お父様がさし向けた近衛騎士団が持ち帰った、あの魔導書が無かったらこんな所に来る事は無かったんだけど。
副産物という訳ではないけど、近くの森に面白いものも見つけたから良しとしましょう。お父様のような愚物には勿体ないから、妾が有効活用しますけどね。
あら失礼、魔導書の話だったわね。
魔の森にあった神殿と、この魔導書は魔力で繋がっているらしいの。
だから、この魔導書は王都まで運ぶ事が出来なかった。どうやら、神殿と魔導書を繋ぐ魔力回路のお陰で、この魔導書は形を保っていられるらしいのよ。
だからこれ以上神殿から離れたら、魔導書はちりとなって消えてしまった事でしょう。なにしろこの砦──ズロゥ宮でさえ限界ギリギリの距離なのですから。
「のう、スカリットよ。あの魔導書に、いかほどの価値がある?」
お父様ほどの魔法使いでも、この魔導書の価値は分かっておられないようで。
ここのは、私たちの知らない魔法が数多く記されているのですよ。
それはそれは、とても強力なもの。たとえば……
手足を失うような重傷を追った者を即座に治療するもの。
一夜のうちに、大軍を大陸の端から端まで移動させたり。
ひとつの都市を、瞬時に焼き払う事が出来るとか…
その中でも、特に目を引くのは異界から無敵の戦士… 勇者という存在を呼び出すという魔法と、そのための召喚魔方陣ですわ。
「余も魔導書の解読結果には、目を通しておる。たしか、こうであったな。
いかなる敵をも、その身にまとう図り知れぬ力をもって叩き、砕く。
決して戦いの場で倒れる事もなく、ただひたすらに戦う無敵の戦士。
いかなる戦場においても、勝利する事のみを目的に戦う完全な戦士。
それが、それこそが勇者……
完全なる兵士とは… にわかには信じ難いのう?」
父上ともあろう方が、何を仰います。
あの魔導書に書かれている事は真実ですのよ?
現に、ポル・クゥエがどうなったのか、お父様もご存じで御座いましょう。
たった500人の捕虜を贄にしただけで、あの国は滅びたのですよ?
「うむ… そうであったな。では、何とするつもりじゃ?」
という事もあって、すんなりと砦を手に入れたのよね。元はポル・クゥエとの国境線を監視するためのものたけど、あの国はもう滅びちゃったから。
さっそく私の武装親衛隊に、砦の修復と祭祀場の建設をお願いしてみたの。
そうしたら、とっても頑張ってくれたのよねぇ。
お願いしてから、半年と経たずに工事は終わったのよ。
この成果は隊長を褒めてあげなくてはね。捕虜なんか、生かしておいたって何の役にも立たないもの。それを使い捨ての労働力にしたんですって。
私も召喚魔方陣を起動するための贄に使う予定だったから丁度よかったわ。
だって、勇者様をお招きするためには、とっても多くの贄が必要なのよ。
でもね捕虜なんか、何千人死んだって痛くも痒くもないの。むしろ1000年王国を建設するための礎になるのだから、誇りに思うべきでしょ?
……と、いうことがあってから3日。
ようやく召喚魔方陣に反応があったのよ。勇者様の名前も分かったわ。
ユーマというのね? 名前が分かれば、こっちのものよ。
さあ、神官たち。最後の贄を捧げなさい。
彼らの生命と魔力で、召喚魔方陣の力をすべて開放するのです。
妾は祭祀場で祈りをささげましょう……
ごうん、ごうん……
妾の祈りと共に、魔方陣が鈍い唸り声をあげている。祈りが進むにつれて魔方陣がほのかに輝いて……
さらに私は祈りに集中する。
『……見つけた…… ユーマ…… 来て…… こっちに、来て……』
やった…… 捕まえた!
それまでは、石像を引っ張っているように、びくともしなかった勇者様の身体が、ふいに軽くなったような気がしたの。
それもまるで氷の上を滑るように軽々と。
そのまま祈りを捧げているうちに、ついにその時が来た。
召喚魔方陣の中央に作られた祭壇が、ぼうっと光りはじめたのだ。
その光は、だんだん力強くなって…… 一気に弾けた。
「まあ……」
祭壇に現れたのは、まだ小さな子供でしたわ。それも身の回りの世話をさせるために連れてきたお気に入りの… キシュカそっくりじゃないの。
うふふふふ、これは色んな意味で期待出来そうねぇ……
「ううっ…」
弱々とした呻き声と共に、ゆっくり身体を起こそうとしている。
まるで生まれたばかりの小鹿みたい。
うふふ、いいわ、いいわぁ、その表情。
とぉっても、そそられるわよぉ… って、いけない、いけない。
こういうのは、最初の出会いが決め手になるのよ。
決める所はちゃんと、決めておかなくては……
……こほむ。
「ようこそ勇者さま。具合はいかがですか?」
そそられなくっていいから。
佐久間君は姫様なんかにあげませんよーだ!