なにやら混乱している俺
どうやらイスタートスという呪文は、俺の状態──能力値とかをチェックするもののようだ。表示がラジルポ語ってのは、おっさんの嫌がらせに違いない。
……あのウインドウの事を思い出しただけでイラついてきたじゃねぇかよ。
今度おっさんに会ったら、なにがなんでも1発殴っちゃる!
……っと、やばいやばい。
とにかく深呼吸してだな。
すーはーすーはー ……ぷへ。
「…まあ、これくらいでいいか」
頭に血が上った状態ってのは、すごくやばい。特に今の俺が陥った状況を考えたら当然の事だ。というのも、この──超次元通路は敵地かもしれないんだ。
本当は違うかも知れないけど、最悪のケースは考えておかないとな。
大丈夫だろう… なんてあやふやな根拠を元に状況判断をしちゃ駄目だ。
そいつは無意味ってだけじゃない。まったくの無駄、自殺行為って奴だ。
あやふやな要素をはじき出して、残った情報だけを使うんだ。じゃないと、勝てる試合──うんにゃ、むしろ死会い──にだって勝てっこない。
負けたら、間違いなく死ぬだろうな、俺。
おっさんの言う『世界のジョーシキ』ってヤツじゃなくてもね。
ふぅ……
よっし、ようやく落ち着いてきた… よな。
あの呪文については後にしよう。とりあえず使える事だけは分かった。
それよりも、この物体は何なんだろな。まるでハンドルのない消火器っぽいものが、俺の足についていたんだ。
鋼鉄っぽい鈍い深緑色の何かで出来てるんだが、さっぱり見当がつかん。
なんか継ぎ目っぽいものが──髪の毛より細いけど、大きさがまちまちの四角形のパネル──みたいなもので覆われてる。
と言う事は、あれか?
秘密箱とか、からくり箱って奴じゃないか?
だとすると、こいつは表面や内部に仕掛けを施してある筈だ。手順通りに操作を行わないとロックが開かない立体パズルってやつだな。
そこまでしするんだから、中身は貴重な何かって事だと思うんだ。
ちょっとくらい期待しても… いいよね?
たぶん、あのおっさんが──たしか古城さん、って言ってたよな──寄越したんだと思うから、中身はヤバいもんじゃなだろう。
なによりも俺の身体に鎖で縛り付けるくらいだから、重要なものだと思う。
それでもなぁ、いくらなんでもコレはないと思うぜ?
まったくもう、説明書とは言わないけどさ。ヒントくらい寄越せってんだ。
これだから最近の年寄りは、これだから困るんだよ。
もっと若者をいたわれっつーの。
心の中でぼやきながらも、俺は手を動かし続けた。
「……んんんんん、こっちも動かないかぁ」
とりあえず、指先くらいの四角形がいくつか見つかったから、順番に押してみることにしたんだ。でも、どんなに力を込めてもピクリともしない。
さすがはおっさんの作った秘密箱… ってところだな。
そう簡単には開いてはくれんか……
気が付いたら指先が、すんげぇ痛てぇ……
と言う事は、気が付かなかったけど、長い時間いじっていたんじゃね?
なんか目もしぱしぱしてきたような気もするし。
ここらでちょっと休憩するか。
秘密箱をいじるのをやめた俺は、ふと辺りを見回してみた。
壁の向こうでは相変わらず星が流れてるだけだし、ここは暑くも寒くもない。
明るさも変化しないから、時間感覚も怪しくなってきたぞ。
体感的にはかなり時間が流れてる筈なんだけどなぁ。
……はぁ……
マジで…… はぁ…… だよ。
秘密箱に挑戦するのも飽きたっていうか、もうマジもうやりたくねぇよ。
どこか動く所はないか探したけど、そういうのは見つからんかった。
指紋認証説かかと思って、指先でこすってみたけど意味なかったし。
ねじってみたり叩いてみたり、出来そうなことは全部試してみたからな。
暇潰しに出来るようなもの、他に何かないかなぁ……
そうだ。もう一度あのウインドウを呼び出してみるか。
ちょっと気になる事があるんだよね。
表示はラジルポ語に間違いないとして、だな……
読めるよ? ちゃんと読めるからな?
ラジルポ語は必修だから。中学の時から勉強させられてるから。
あのくらいなら、辞書なしでも何とかなる。これでも高校生だからな。
……やめて、そんな疑いの視線を向けないで?
と、まあ冗談は置いておくことにして、だ。あのウインドウは実体化してるわけじゃない。ぶっちゃけARみたいなもんだ。
だから俺だけにしか見えないんだが、今はそんな事はどうでもいい。
問題は、一番下の行… だ。
念のためにもう一度呼び出してみるか。
あったあった、これだ。
【AUX】 Funcoes Auxiliares(Ligue para o navegador de suporte)
どう翻訳しても『サポートナビゲーターを呼び出す』なんだよなぁ。
なっ? 気になるだろ?
私達が英語を習ったように、佐久間君が習うのはラジルポ語です。それも必修。
この世界でのヤポネスは、大陸進出を諦めて海洋進出を頑張った結果、オセアニアを領有する事に成功しています。
その後の遠征で見つけた大陸がヨーロッパ人とファーストコンタクトの舞台。
でもって、そいつらが使っていたのがラジルポ語だったのです……