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土の精霊の巫女

 ズロゥ砦の様子を確かめに行った先遣隊が帰ってきた。

 だが、なにやら様子がおかしい。なにやら興奮した面持ちで、侍従に話をしているようだが……


「ズロゥ砦に行った者共から報告がありましたが……」


 侍従長が口ごもるとは、珍しい事もあるものよ。他の者であれば言いにくい事であっても、歯に衣着せぬ物言いをするのが常であったものを。

 よほどの大事があったという事であろうか。


「構わぬ。申してみよ」

「はっ。騎士セルヨーが申すには、ズロゥ砦で皇女殿下が陛下をお待ちになっているとの事。にわかには信じがたき話にございますれば……」


 余が侍従長に報告の続きを促したが、その結果は余に大きな驚きを与えた。

 スカリットが生きていた… とは。魔法実験に失敗した、あの日にやってきた使者は、スカリットの死を告げたではないか。

 それを受け、我が息子トロイを砦に遣わしたが……


 トロイは砦の調査結果を手紙にしたため、我が叔父上が戦っている西部戦線へと赴いたゆえ、その後は顔を合わせてはおらぬ。


 だが、スカリットの魔法実験が失敗した結果、建物はことごとくが焼け落ち、廃墟同然の状態であり、砦にいた全ての者が生命を失っていた。

 そして、スカリットの遺体は見つからなかった…… そう記されていた。

 では、これはいかなる事であろうか……


「確かめねばなるまい。……王冠よ、徴を見せよ!」


 余は王冠に意識を集中した。

 王冠は霊的につながっておる。生きて、それを身につけている限りはな。

 騎士セルヨーの報告に間違いが無ければ、我が娘は生きているならば……

 それゆえに、一縷の望みを込めて…… 王冠よ、我が思いに応えよ!


 果たして、その結果は……


「陛下、王冠が……」「うむ。間違いない。娘は、スカリットは生きておる」


 王冠の中央に取り付けられた水晶の龍が、ぼうっと光りはじめたのだ。多分、スカリットのティアラに取り付けられている宝石にも似たような反応が表れているはず。それは、娘が健在であり、ティアラを身につけているという事だ。


「……だとしたら、何故だ。異世界召喚がいかなる結果に終わろうと、事が終わり次第、すぐに余の下に来るように命じておいた筈なのに」


 今まで、このような事が起こったためしはない。スカリットはいついかなる時であっても従順な娘であったものを。それなのに今回に限って… 何故だ?

 何故、余の命令に逆らうのだ?


「陛下、如何なさいますか?」

「砦に赴かねば、あれらが納得すまい?」


 護衛の騎士たち… 手近な戦力が、近衛とスカリットに与えた部隊であったので連れてはきたものの、まさかこのような事になろうとは、の……

 騎士たちの大地を揺るがすほどの歓声は、我が娘、スカリットを讃えるもの。

 これでは砦に立ち寄らざるを得ないではないか……


「ようこそ、ズロゥ砦へ。歓迎いたしますわ……」


 砦に入城した余は、スカリットの出迎えを受けたのだが。砦の内部は大きく様変わりをしている。建物のほとんどが姿を消し、ところどころ石垣が熔け落ちているところもあるではないか。それに、武装親衛隊の姿も見えぬのだが。


「うむ、息災で何よりだ。実験に失敗したと聞き、余も心を痛めておったのだ」


 それにしても、居心地の悪い場所であるな。砦の中央には、娘のために館を建てた筈だが、そこにあるのは奇妙な物体が鎮座しておる。

 金色をした三角形とは、何とも珍妙な……


「これは、ピラミッドと呼ばれる建造物ですのよ。妾のために、夫が……」

「待て、スカリット。そなた、夫と言わなかったか?」


 そなたは帝室の一角を担う… 皇女であるぞ。余の裁可無しでの婚姻とな?

 冗談も大概にせい。


「いいえ、これは事実ですので」


 そう言うと、娘はゆっくりとピラミッドに視線を向けた。それにつられて余も、ピラミッドとやらを見たのだが…… 何事だ?

 ピラミッドの一部が輝きを増すと、そこから小柄な人影が浮き出てきたのだ。

 だが、あれは本当に人間…… なのか?


「黒目黒髪…… だと? まるで魔の者ではないか……」

「何を仰いますの、お父様。妾の夫に、なにかご不満でも?」


 その者は、まだ年端もゆかぬ子供の姿をしておる。だが、ゼムルの民、いや、周辺諸国にすら黒目黒髪はおらぬ。このような姿で表されるのは、古代よりの伝承に伝わる魔の者だけだ。

 そして、何よりも…… こやつの身体は、宙に浮かんでいるのだぞ。


「お初にお目にかかる、皇帝殿」


 ぬ…… 帝国式の敬礼とは、小癪なマネを。いつの間にか余の眼前に浮かぶ人影は、誰もが文句のつけようがない見事な敬礼をして見せたではないか。

 うぬぅ… 礼には礼を返さねば、とんだ不調法ものよと、末代まで笑われるわ。

 余は姿勢を正すと、騎士の礼を持って名乗りを上げた。


「余こそはゼムル帝国皇帝、イデオート・タルマーク・ゼムルである」

「我はユーマ。この世界での家名は、ない」


 なん、だと? 家名を持たぬ、だと? ならば、この者は平民という事なのか。

 そのような下賤の者が、我が娘を娶ろうだと? 許さん。断じて許さんぞ!


「野に咲く見目好き花を手折るに、誰の許しも必要あるまい?

 我が美しいと思うがゆえに、花を手折ったまで」

「なんだとぉ!」


 余は、無意識のうちに腰に佩いた大剣を抜き放っていた。


 日々の鍛錬は武人の嗜み。積み重ねられた鍛錬は、決して裏切らぬもの。

 この時に余が放った斬撃は、まさに会心とも言える一撃であった。

 光の尾を引きながら振り下ろされた大剣は、ユーマの首を刎ねた。

 刎ねた筈だったのだが……


「……なまくらだな」


 ユーマは、余の大剣を… 空を漂う綿毛すら両断する刃を、右手1本で掴んでおった。しかも剣を握る手からは、ひとすじの血すら流れてはおらぬ。


 ぼきり!


 大剣を折り砕いたユーマの身体が、僅かにぶれたように見えたのだ。

 そして、余の意識は…… 闇に、飲まれた……

第2ラウンドは佐久間君と皇帝の直接対決でした。皇帝が装備している大剣ですが、より詳しく書けばグレート・ソードというやつ。

史実では実戦運用の記録はほとんど無いし、明確な定義もありません。

僅かに残された記録では、刃物の形をした鈍器ぽい使われ方をしていたみたい。

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