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歓喜する騎士団

 余は馬車の中で報告書や裁可を求める書類に目を通していた。多くの案件は官僚でも処理が出来るものだが、それでも余の裁可が必要な案件もある。

 せめて、ズロウ砦で数日はゆっくりしたいとは思ってはいたのだが。

 遠く離れた、かような場所までも仕事は追いかけてくる。


 余は届けられた最後の書類にサインをすると、控えていた侍従長に渡した。

 彼がザモク城を守る官僚どもに書類を届ける手配をするはずだ。

 ペンを置くと、窓の外に目を向けた。

 おお、あの山は、たしか……


「陛下、そろそろズロウ砦に到着いたしますが?」


 声をかけたのは侍従長であった。

 我が娘スカリットは、あの砦で行われた勇者召喚に失敗して、命を落としたという。ズロウ砦での数日は、あれの墓参をと考えての事であったが……

 ようやく、来る事が出来た… か。


「……陛下?」

「うむ、当初の計画通り、ズロウ砦にてしばし休息をとる。支度を始めよ」

「ははっ!」


 一群の騎士が、馬車を追い抜いて砦に先行した。これから向かうのズロウ砦は、遺棄されたとはいえ、れっきとした軍事施設。

 仮に敵性勢力が潜んでいたら、皇帝を殺害する最良のチャンスだろう。馬車を追い抜いた騎士の任務は、それらを警戒して先行偵察をする事だ。


「騎士セルヨーの隊か。なかなかの武者ぶりであるな」


 彼らはスカリット皇女直属の兵団から抽出した精鋭たちだ。彼らこそは、まさに騎士の鑑とも言えよう。その忠節と勇猛ぶりは諺になるほどだ。

 もしも彼女が望むなら、たとえ地獄の果てまででも笑って突き進むだろう。

 その忠誠心は皇帝にではなく、スカリットに向けられている……


「ここか…… この砦で皇女殿下が身罷られた(みまかられた)のか」


 先行する騎士のひとりが、馬を駆りながら小さく呟いた。

 それは、同行する全ての騎士が、ひとつ同じ思いを胸にしているもの。

 殺伐とした、血と泥にまみれた戦場にあって、輝きを失わない一輪の大薔薇。


 幾度となく死地に追い込まれた彼らが、こうして生きていられるのも彼女の存在があってこそ。

 常に兵の先頭に立ち、戦場を支配してきた氷の皇女。


 それが、たった1回の魔法実験の失敗で身罷られるとは……

 皇帝からの緘口令は、ザモク城内で皇女死亡の噂を裏付けるものとさえ言われていたが、彼らの中に皇女の死を信じる者は、誰もいなかった。


「隊長!」「どうした、騎士クロヴ。何があったというのだ」

「バナーが! 砦にはバナーが掲げられています!」


 その報せをもたらしたのは先行した騎士クロヴのものだ。その顔は笑顔と涙でぐしゃぐしゃになっている。どうした、泣くのか笑うのかはっきりしろ。

 それでも赤きウロボロス兵団の一員か!

 続きはどうした。騎士クロヴ。話すのだ! いかなる御方の紋章なのだ?


「バナーの紋章は…… 翼を持つ赤きウロボロス!

 ……皇女殿下です。殿下は生きておいでだったのです!」


 クロヴの叫び声に、皆の口からは大きなどよめきがもれた。

 それも当然の事だろう。過日ザモク城にて、ミャーヴァ侯爵閣下が皇女殿下と共に姿を現され、その健在ぶりを示されたのだが……

 姿形は似ているものの皇女殿下とは名ばかりの、真っ赤な偽物だったのだ。


 他の者は騙せても、我ら赤きウロボロス兵団の目は誤魔化せん。

 でも、なぜそんな面倒な事を… と思っていたのだが……

 我らにも明かす事の出来ぬ重大な理由がおありだったのだろう……


「全員、隊列を組みなおし、兵団旗を掲げよ! ズロウ砦に入城するぞ!」


 こうして、我らはズロウ砦に入城したのだ。

 途中で砦を守る騎士団… たしか土の精霊の騎士団… に案内されたのだが。

 それよりも気になるのは、本丸にある金色の3角形だが……


 3角形に近付くにつれ、掲げられたバナーも良く見えるようになってきた。

 間違いないぞ。我らが皇女殿下の紋章を見まがうはずがないではないか。

 そして、その奥の… 金色の3角形の前に立つ、あのお姿は……


「騎士セルヨー。嬉しいわ、あなたが来てくれるとは」


 ああ、そのお姿、そのお声…… 間違いない、間違う事などあり得ない!

 間違いなく、我らが敬愛してやまないスカリット皇女殿下その人だ。

 よかった…… 本当に良かった。殿下の御姿を前にした我らは……

 陳腐な物言いなど浮かばぬ、いや言葉など要らぬ……


「ううっ…… 姫様…… よくぞご無事で」

「皆には心配をかけましたね。でも、もう大丈夫ですよ」


 ああ、これだ。魂の奥底から温められるような、慈母のほほえみだ。

 我々が剣を振るうのは、この笑顔を守らんがため。

 我らは、殿下をお護りする盾であり、殿下を害する敵を粉砕する剣。

 今度こそ、我らは殿下のお側にあらねばならぬ。


「ありがとう、セルヨー。そして騎士の皆。

 妾が命を落としたと見せかけてまで、砦に留まる理由をお話いたしますわ。

 ここは土の精霊が顕現する聖地なのです。

 そして、我らが敵と思い込んでいた魔の森もまた、意思を持つ存在。

 今や魔の森は敵ではありません。土の精霊に恭順の意思を示しましたから」


 ああ、そうか…… そのために殿下は。

 魔の森は人類に仇なす存在として討伐が進められてきたものだが、土の精霊の力を借りて…… だが精霊と契約を為すための対価は、自らの魂だという。

 殿下は我らごときのために、その身を捧げられたのか……


「皆も聞いたな? 教会の腐れ坊主どもが何と言おうと、ここは聖地だ!」


 セルヨーの声に、その場にいた騎士たちは抜いた剣を両手で捧げ持って応えた。

 彼らの一糸乱れぬ行ないは、至高の存在に対して為される、最上位の騎士の礼。


「皇帝陛下をあまりお待たせする訳にも参りません。どなたか、陛下をお迎えに行ってはくださらないこと?」


 スカリットの声は、決して大きなものではなかった。

 だが騎士の耳に響く彼女の声で、一斉に騎士たちは行動を起こした。

 剣を鞘に納めた彼らは、馬にまたがり本隊に向けて走り出したのだ。

 そして、彼らが本隊に帰り着いたころ……


 潮騒のような、遠くから轟く地鳴りのように……

 スカリットを讃える声が響き渡った。

父と娘の対決が始まりました。第1ラウンドは姫様の圧勝。

どうみても2千人もの騎士が心酔しているって…… そんな感じがするけど。

あーた、生前は何をしてくれてたのよぅ……

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