サイコ・ダイバー
スカリット姫が目覚めてから、3日が過ぎた。
ったく、あの時は俺もマジで貞操の危機を感じたね。
あの時の皇女サマは、精神的にあまりにも大きなショックを受けたために、心の奥深い所に引き籠ってしまったってわけだ。
そうなった所で、皇女サマが死ぬ事はないよ。地球でだって、そのくらいの事は出来る。生命維持というのは、そういうものだからね。
でも、心の奥底に引き籠ってしまった人を起こすのは、簡単じゃないよ。
『誰かが起こしに行くしかないんだよねぇ。ね~ぇ? 宿主さぁん?』
ホロンは、ゆっくりと俺の頭の周りを飛びながら、ちろっ、ちろっと俺の方を見るんだよね。お前、あいつと仲が悪いんじゃなかったのかよ。
最初のころはBBAとか言ってなかったか?
『BBAだけど、こればっかりは仕方が無いんだよねぇ。今の私では宿主さんの子供を産んであげる事ができないもん』
そりゃあ、そうだ。ホロンがこの世に姿を現す方法は、文字通りの意味で立体映像《ホログラム》だけだからなぁ。
地球生まれの人工知性体にナパーア文明とゼムレン文明のテクノロジーを混ぜ合わせたホロンでも、血肉を備えた肉体だけは… 無理だろうなぁ。
『それにスカ・リトと一番波長が合うのは、同じ種族…… つまり、あなたなのですよ。サクマユウマ』
『地球人とゼルカ星人は…… なんて言わないでね。遺伝子情報を解読したら近縁種なんてものじゃないし。メーカー違いの同型機って感じかな』
ええと、それってどう言う事だ? 地球人の俺とゼルカ星人のスカリット姫の遺伝子には互換性があるって…… それって……
『あと、2人とも衣服越しより、この方が良さそうだし』「むぐーー」
背後から音もなく近づいてきたお世話ロボットが、有無を言わせず俺の身体を触手で絡めとると、病院で眠っているスカリット姫の所に運んでゆく。
いつの間にか猿轡をされた俺は、病室に着くなり服を脱がされて……
『ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとBBAを起こしに行ってね♪』
「もがー!?」
『仕方がありませんね、私も手伝いましょうか……』
縄でぐるぐる巻きにされて身動きひとつ出来なくなった俺の身体をリ・スィがひょいと持ち上げると、ぎゅうぅっとスカリット姫の身体に押し付けたんだ。
こうして、俺は、スカリット姫の精神の奥に…… ダイブした。
精神世界を散々彷徨った挙句に、ようやく見つけた彼女は…… 幸せそうに微笑んでいるじゃないか。罪悪感が浮かんでくるくらいに、純真無垢な笑顔をな。
それを見ていて思ったんだ。
彼女をここから先に起きる戦争に引きずり込んでも良いのだろうか。
このまま、ずっと眠らせておいた方が幸せなんじゃないか… って。
だがリ・スィは、そんな思いなど関係ないとばかりに、触手で彼女の身体を絡めとったんだ……
「ねえ、ユーマ。いかなる理由があろうと妾と褥を共にしたのでしょう?」
「あれはホロンとリ・スィが、俺を姫の精神にダイブさせるためにだな……」
「責任、取ってくださいましね?」
深い眠りから目覚めたスカリット姫は、あっという間に元気になったよ。まさか半日も経たないで、普通に歩き回っているなんてなぁ。
こうして、俺達は一緒に食事をするようになったんだが…… 作戦会議も兼ねているのに決まってるだろ。
対地観測衛星の監視範囲に、ひとつの行列が映り始めたんだ。
ユクレイ街道を進んでいるのは、豪勢な馬車を先頭にしたひとつの軍勢だ。
馬車の後ろには2000名ほどの騎士が続いている。さらにその後ろには、これまた大量の荷馬車が続いているんだ。
「深い青地に金色のウロボロス。あれは皇帝の…… 父の旗印でしてよ」
衛星からの画像を見たスカリット姫は、馬車に掲げられている旗指物を見ると、それが皇帝のものだと言い切った。
ポラーナ王国が陥落した事で、ゼムル帝国は中央大陸に進出するための足掛かりを手に入れたんだ。と、なると、だ。
皇帝としては、ポラーナに出向かなくちゃならなくなる。
政治的なパフォーマンスってのは、とっても大事な事だからな。
たぶんゼムル帝国全土でも、イベントが行われていてもおかしくはない。
少なくとも、帝国は東大陸の3割以上を手に入れている。今なお交戦中の国もあるけど、その中には中央大陸と繋がりのある国家も少なくないらしい。
逆に言えば、ポラーナ王国の陥落は、連中に大きな影響を及ぼす事になる。
「このままだと数年以内に、東大陸は…」
「もともと、その予定でしたわ。妾が戦う事が前提…… でしたけれど」
そう。隷属化されたスカリット姫は戦争の道具として扱われていたのだ。
さらに、彼女の率いる軍団というものも存在する。その兵力は2万人。
皇太子殿下とやらと同じ兵力… だな。
「でも、うまく立ち回れば…… 面白い事になりますわよ?」
『スカ・リト。それは、何故ですか?』
次々に表示される画像を前に、スカリット姫はくすくすと笑い始めた。
「護衛の旗印をごらんなさい。あなたたち、あの旗印に見憶えがなくて?」
そう言うと、護衛部隊の旗指物を指さした。
旗竿に掲げられている白地の旗に染め抜かれている紋章は……
「翼の生えた、赤いウロボロス…… みたいな?」
『たしかに見おぼえがあるねぇ、宿主さん♪』
うん。あれを見間違えるようなら、俺は記憶力を疑われかねない。
プレハブ城塞の前に掲げられる事になっている、スカリット姫の旗印だ。
城塞用の旗指物は、皇女サマのものの他に、俺のとリ・スィのを作ったけどな。
それは紋章のみが入った縦長の旗。紋章旗とかバナーと呼ばれているものだ。
これは、映像に映っている旗指物なんかとは格が違う。バナーは国王や一部の貴族にのみ許されている『紋章のみが描かれた』旗だ。
もしもこのバナーを無断で使う奴がいれば、問答無用で死刑になるんだぜ。
例えて言うなら、葵の御紋のようなものだろう。
「そう、紋章は神聖なもの。そして、翼を持つ赤きウロボロスは、私の紋章」
「って事は、あの護衛兵団は皇女サマが率いていた部隊…… なのか?」
俺の問いに、彼女は小さく頷いた。
「妾が異界から無敵の戦士… 勇者を呼び出すまでは、ザモク城で待機する事になっていたのよ。もちろん勇者とは、あなたの事よ、だ・ん・な・さ・ま♪」
だーかーら、そこでくっつこうとするなぁ!
乙女の素肌を見ちゃったばかりか、ぎゅうーっと密着しちゃったんだよね。
それならさぁ、責任をとらなくちゃ駄目だと思うんだ。
ねぇ? さ・く・ま・く・ん?