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過ぎ去りし日々

 そこは、明るい光に満ちた世界だった。


 まどろみから目覚めた妾は、瞼を持ち上げると…… あれは、ザモク城が建てられる前から生えていたという、古木の根元にいるのに気が付いた。

 それは、精霊の祝福を受けた英雄が、長い戦いの末に倒した怪物を封じた樹。

 ゼムルの民を見守る(さえ)の神。


 その大きな枝の1本には、縄に吊られた小さな椅子が揺れている。


「ここは…… なぜ妾はこんな所に?」


 ああ、そうか。目覚めたと思っていたけれど、これは夢の続き… なの?

 それとも、妾は長い夢からようやく醒めたのだろうか……

 きっとそうだ。


 あれは悪い夢に違いない。


 なぜなら…… 夢の中での妾は大人になっていた。

 金色の戦装束に身をかため、背丈ほどもある杖を手にした妾は…… 恐ろしい魔法を使っていた。

 妾が放つ魔法は、ありとあらゆるところを地獄へと変えていった。


 街が、畑が、緑なす大地が、荒れ地に姿を変えてゆく……


 その姿は、まるで黙示録の女神のよう。


 妾は悪夢を振るい落とすように、身体を振るわせると、ゆっくりと身体を起こそうとしたその時に


「やあ、可愛いスカリー。ようやくお目覚めかな?」


 にゅっと出てきた若い男性の顔が視界を埋めつくした。

 ぐるぐると巡る思考から妾を引き上げてくれたのは大叔父様だった。


「いやですわ、大叔父様。乙女の寝顔を覗き込むなんて……」


 彼は妾の苦言を聞くと、きょとんとした顔で妾の顔を見つめていたが、次の瞬間には大きな声で笑い始めたではないか。

 とても面白いものを見聞きしたかのように、とても大きくて、朗らかな声で。


「スカリー、私はそんな歳でもないぞ? せめて叔父と呼んでくれよぅ」

「……ええ… と?」


 ミャーヴァ… 叔父様は、お爺様の弟にあたるお方。気さくなお方ではあるけれど、それは余りにも畏れ多くて…… 無礼が過ぎはしないかしら。

 彼の優しい眼差しを見ているうちに、そんな事は気にならなくなってきた。

 叔父様が良いと仰るのなら、それはそれで構わないのでしょう……


「そろそろ陽も傾いてきた。もう一度ブランコに乗ったら、城に戻ろう」

「はい、叔父様……」


 彼は妾を優しく抱き上げると、そっとブランコに座らせてくれた。

 今日という日が永遠に終わらなければ良いと思えるほどに。

 それは、とても、とても… 心地よいもので……


 それから幾日かが過ぎて。


 私は、お爺様からティアラを賜った。妾がティアラをかぶりたいと念じながら頭に乗せると、大きさが変わる。そして、滅多な事では頭から離れない。

 ダンスの稽古をする時だって、縄跳び遊びをしている時だって。

 妾がティアラを外したいと念じるまで、すうっと。


「それは、そなたのティアラには魔法がかかっているからだよ。ミャーヴァには魔法使いの才があるからなぁ」

「では、これは大叔父様がお作りになったの?」


 とても不思議な魔法のティアラ。それは大叔父様が父に献じたものだそう。

 妾のために、妾だけが身につける事が出来る特別なものとして……


「可愛いスカリー、とても良く似合っているよ。ははは、私も鼻が高いよ」


 にこにこと笑いながら、大叔父様も、父も笑っていた。

 生まれたばかりの弟を胸に抱いたお母様も、それはそれは嬉しそうに……


 ティアラを賜った妾には、デビュッタントが待っている。

 ザモク城で開かれる秋の大園遊会で、妾は皇女としての1歩を踏み出すの。

 だから、もう子供のままではいられない。

 このティアラに笑われないように、お稽古をがんばらなくては。


 それからの日々は、とても忙しかったような気がする。

 礼儀作法に始まって、お勉強からダンスの練習まで。

 どれもこれも、大変だったけど…… 私のせいで皆が笑われるのは嫌だ。

 だから、私は頑張った……


「ねえ、スカリット。トロイを抱いてみない?」

「良いのですか、おかあさま」

「そろそろ首も座ってきたし、構わないでしょう」


 この子は妾がティアラを賜った、その日の晩に生まれた私の弟。

 おそるおそる抱き上げた弟の身体はとても小さくて、羽毛のように軽くて。

 軽く…… !?


 トロイの身体は、私にのしかかるように… だんだん重くなってゆく。

 いったい何が? 助けを呼ぼうと、辺りを見回したら…… 私の周りにある全てのものが色を失い、まるで露のように消えてゆくのが見えた。

 そして、何もなくなった空間に浮かぶミルク色の円盤だけが残っている。


 そして耳に流れ込んできたのは、時々聞こえてきた謎の声だった。


 ──スカ・リト、どこにいるのですか… スカ・リト…… 起きて……


「なんですの、あれは……」


 そして、そこから太い紐のようなものが出て来るのを…… ただ見ている事しか出来なかった。ゆらゆらと、何かを探すようにうごめいていたそれは、一斉に私の身体に巻き付いた。


 瞬間、痺れるような… よく分からない感覚がして…… ふわりと身体が浮かび上がった。

 ミルク色の円盤が近づいてきて… ぶつかると思った瞬間に……


「ようやくお目覚めですか?」


 土の精霊の声がを聞いた妾は、ぱちりと瞼を開いた。

 見慣れた部屋だ。ここは祭祀場の地下にある、先史文明の遺産。

 そして、妾の身体に覆いかぶさるように、従者に押し付けられているのは、猿轡をされて、縄でぐるぐる巻きにされたユーマの…… すべすべのお肌。


 うふふふふふ……

その後の佐久間君がどうなったか… ですって?

さっさとお世話ロボットが持ち去りましたとも。

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