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憤怒という感情

 皇女サマが病院に運ばれたから、かなりの時間が経った。

 俺の心の中では、何か説明の出来ない何かが、うなりをあげて渦巻いている。


 まだ若い結馬が経験した事のない激烈な感情は… 憤怒(ふんぬ)という。

 それは怒りを遥かに超え、魂までも振るわせる強烈な感情の爆発なのだ。

 彼は、心の中に荒れ狂う憤怒に身を震わせつつ、こぶしを握り締めていたのだ。

 硬く握りしめた手のひらに爪が食い込んでいたのにも気が付かずに。


 その拳から、ぽたりと、床に血がしたたり落ちるまで……


 気が付いたお世話ロボットが、俺の身体を押さえつけて手を開かせようとしたが、強張った筋肉はピクリとも動く事は無かった。


『宿主さん、手、開いてよ! 血が出てる!』


 ホロンが何か… 言っているか……

 どこか遠い所から、叫んでいる声が、きこえる……

 俺の思考が、とりとめもなく彷徨っている……


 そして、俺は喉の奥から唸るように声を絞り出したんだそうだ。

 たった一言だけ「……許さん!」って。


 そのあたり、俺には記憶が無いんだよね。

 お世話ロボットの触手でがんじがらめにされた俺は、すぐに鎮静剤を打たれたらしいんだ。頭が真っ白になった状態で、手のひらに薬を塗られたのは憶えてる。

 人工皮膚がしおしおと伸びて、指先まで覆うのを見ていたのも、だ。


 でも、鎮静剤ってさあ…… けっこうキツいっていうか。あれはヤバいよ。

 すぐに冷静になるんだけど、それと同時に体と心がちょっとズレたような感覚になるのが気持ち悪くてさ……

 他人の身体を見ているような… そんな気分になるんだよ。


「…………」


 ようやく薬から覚める頃には、手のひらの痛みもなくなっていた。

 ふと両手を見ると、いつもの見慣れた手だ。左手の親指の付け根には、小さいころに出来た傷跡があるし、人差し指は深爪をしたんだが……


 ふと気が付くと、俺は無言で天井を見上げていた。

 そうか、俺は…… 皇女サマのティアラの分析を頼んで……

 とんでもない事実に気が付いたんだなぁ。


「! 皇女サマはどうした? あの時、ぶっ倒れて……」

『スカ・リトの容体は安定しました。そのうちに目を醒ますでしょう』

「……そうか。よかった」


 そこまできてようやく、俺は喉が渇いている事に気が付いた。飲み物を頼むころになると、モードラも姿を現した。

 そして俺が空になったコップをテーブルに置いたところで、彼は言ったんだ。


『それでユーマ君。君は何をしたいのかね?』

「帝国皇帝って奴を成敗する」


 皇女サマ… スカリット姫は血を分けた娘だろうが!

 なのに奴隷化して、使い捨ての道具にしたんだぞ。それは帝国皇帝としての決断かも知れないが、父親としてはどうなんだ。

 とても人間のやる事とは思えない。


 ダカラ、アイツヲ……


 という事があってから、何日か過ぎた。皇女サマは、昏々と眠り続けたままだ。

 そして俺は、指令センターとコスーニの工場生産設備をフル稼働させて、プレハブ城塞の建設を始めた。


「と、いうわけでプレハブ城塞の工事現場にいる訳なんだが……」


 皇帝がどんなタイミングで出発するかは分からないが、蕎麦屋の出前じゃないんだ。ある程度先の日付までスケジュールが埋まっているはず。

 腰巾着がここを通り抜けてから、そろそろ半月だ。帝国側もスケジュールの調整を終わらせているはずだ。


 なら、こっちも準備を急がなくちゃならないってわけだ。


「釘を使わずに家を建てるとは。これこそ奇蹟ですな」


 現場に付き添ってくれたのは、イペリって人。副団長だと言っていたかな。

 皇女サマがかぶっていたティアラ──もちろん色違いのレプリカだ──を装備した俺の事を重要人物として扱ってくれている。

 気が付いたら、祭祀場を囲むように建物やら塀が出来ていてさ。


 でも本丸がある部分は、更地のまんまだったんだぜ?

 あとは、人間の騎士団員が暮らす兵舎も手付かずなんだ。そう言うわけで、工場はフル生産。ただひたすら、厚さ2センチくらいのべニヤ板を作り続けてる。

 その間に、騎士団は総出で整地作業をしてもらったよ。


 べニヤ版に限らないが、木材というのは蒸して軟らかくすれば、簡単に曲げる事が出来るんだ。それにも色々と面倒な工程があるんだが、工場は重力制御をものにした文明の産物だ。


「なんと、これが杉の木とは… にわかには信じられませんが……」

「鼻を近づけて、匂いをかいでみればわかりますよ」


 うおおおお、せっ、背中がむずかゆいっ!

 それもこれも最初にネポロ団長が俺の事を巫女って呼んだのが定着したせいだ。

 さらに今の俺はスカリット姫の姿を借りている事になっているから、妙な事も出来ないし。


 いっ、胃がああ! ストレスがあぁあ!

 ……という建設工事も数日の我慢で済んだけどな。


 だって釘もボルトも使わないで、柱にパネルをはめ込む単純作業だもん。

 これで建物が出来るのかと騎士たちは不思議がっていたけど、これが和風建築というものだよ。ふっふっふ、土の精霊の奇蹟を、とくと崇めるがよいわ。


 今回作るのはは人間用の2階建てアパートだけだ。木造だけど、防音と断熱は完璧なんだぜ。残念ながら給水までは手が回らなかったから、風呂やトイレなんかは別棟に集中させるしか無かったけどな。

 このあたりは基本的には砦に元からあった設備を利用できたのは大きいな。


 そして植林した森の木もずいぶん育ってきたから、ウサギ達もよく砦に来るようになった。けっこう一緒にいる姿を見るから、仲は悪くないようだ。

 それに… お互いに癒されているようでなによりだな、うん……


「そういう訳で、騎士の皆さま。本丸の組み立てを始めましょう」

「「おうっ!」」


 そこは砦の敷地のど真ん中。

 ついにプレハブ城塞の建設が始まった。

憤怒と言えば、仁王(金剛力士)様ですかね。

意外に思うかも知れませんが、この神様は健康の象徴でもあるそうで。

よーく拝んでおかなくちゃ……

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