ティアラの秘密
皇女サマについては、全く違った人物像が浮かび上がってくる。
モードラは、彼女の事を感情を表に出す事のない合理主義者だと言っていた。
ネポロ達も似たような事を言ってたな。氷の皇女って……
でも俺達の見立ては、連中の言っている事とは正反対だ。口の悪い言い方をするようだが、皇女サマはちょっと色ボケしてないかね。
隙あらば抱きつきに来るし、風呂に入れば覗きに来るし、添い寝をするし……
これが同一人物のする事かね。どう見ても別人だとしか思えないぜ?
それに、少なくとも『ここ』では修復した肉体に別人の魂魄が入る事もあり得ない。だから、肉体的にも魂魄も、間違いなく本物の皇女サマなんだよ。
じゃあ、どうしてこうなった?
『う~ん、BBAはモードラの前では猫を被っていたとか?』
なあホロン、メッキは剥がれるもんだよ。うまく化けているつもりでも、ふとした事で地が出るもんだ。それなら多重人格の…… これも違うな。
そんな単純な問題なら、モードラがそれを見落とすはずが無い。
じゃあ、別の角度から考えるとしよう。
皇女サマの人格が『なぜ』変わったかじゃなくて、『いつ』変わったのかって事から考えてみようかね。
ここで出て来るのは、異世界召喚じゃないかね。
俺の全魔力を使っても出来るかどうかっていう膨大な魔力を使って、異世界から何者かを召喚する大魔法だ。魔法の成功率や威力というのは、注ぎ込む魔力の量も関係している。
「皇女サマのティアラには魔力の増幅機能があるって言ってなかったか?」
『たしかに言ったねぇ。それに、ティアラは祭祀場で拾ったよね♪』
まあ、それはどこかに置いておくとして、だ。
帝国や王国なんて階級社会ではティアラは記号だ。名札のようなもんだ。
このティアラを身につけている人物はスカリット姫だって事になるな。
俺たちの知っている『いつ』というのは、それじゃないかな。
皇女サマは、いつだってティアラを身につけていた。魔力増強アイテムなら、そうしておかないと拙いよね。でも、俺達が砦から逃げ出した日からはどうよ?
『なぁる、それでティアラをかぶるな! って言ったんだね』
そう言う事だよ。あのティアラには、サイズを自動的に調整するための魔方陣が刻まれていたのは知っていたよ。でも魔力増幅だって? どこに刻んだ?
そうなると、考えられるのはひとつだけだ。
指令センターにも冶金学の分析装置があるだろ。あれでスキャンすれば……
『たしかに魔方陣が刻まれていましたよ、サクマユウマ』
ほうら、ね?
リ・スィはテーブルセットに近付きながら、話しかけた。
部屋に入ってきたお世話ロボットの1体が、俺の前に皇女サマのティアラを、ごとりと置くと、モードラが話を続けた。
『このティアラは、一見すると1枚の貴金属を加工したように見えるが、実はそうではいのだな。成分を微妙に変更した何枚もの板をまとめたものだった』
つまり、あのティアラはベニヤ板よろしく、魔方陣を刻んだ何枚もの金属板をひとつにまとめたものって事だ。
仕上げに、プラチナを被せて彫金を施して宝石をあしらえば出来上がり。
問題は、刻まれていた魔方陣の内容なんだが……
『魔方陣の画像はプリントアウトしておきましたよ、サクマユウマ』
「ありがとう、助かるぜ」
あとは古城のおっさんがインストールしてくれた知識で、こいつを解読できるかどうかだが…… 魔方陣だから、丸いとは限らないんだよね。
ティアラ本体のような複雑な形をしたものに刻もうとすればなおさらだ。
「ええと、ここがフロントコードで、エンドはここか…… なになに……」
魔方陣というのは、一種のプログラムのようなものだ。そして、こいつは魔法回路としての役割も果たしている。
だから呪文の最初と最後には必ず、区分記号のようなものが刻まれている。
そのあたりの記述方法は日本語入力システムと、よく似ている……
『ねえねえ宿主さん、この部分の文字列に見おぼえがあるんだけど?』
「なんだって? どこで見たんだ?」『召喚魔方陣』
おーまいがあぁあっしゅ!
ホロンが指摘した場所に刻まれていたのは、祭祀場の床に刻まれていた魔方陣に刻まれたのと似たような文字列だ。
そして、その意味は……
『宿主さん、解読できる?』
「精神干渉系…… 奴隷化だな…… この分岐の先は、感情のブロックだと?」
ここから先は、ただひたすら解読作業を繰り返しているだけだから、結論だけを言おう。これは、人として作ってはならないモノって事だ。
このティアラは、皇女サマ専用に調整されている。そして、魔法使いとしての皇女サマを思い通りに操るためのものだ。
このティアラをかぶれば、強力な魔法を使える反面、感情とか良心は完全にブロックされる。さらにご主人様には絶対服従というおまけ付きだ。
『サクマユウマ、スカ・リトは誰に服従を?』
「……命令権者の名前は、イデオート・タルマーク・ゼムルって奴だ」
俺がそう言うと、がたりと音がした。
音のした方を見ると、皇女サマが立ち上がった音だった。大きく目を見開いて血の気が引いた顔からは、表情がすっぽりと抜け落ちている。
『スカ・リト。どうしたのですか?』
『…………父です』
リ・スィの問いに、皇女サマは蚊の鳴くような声で答えた。
そして…… 叫ぶように言い放ったのだ。
『イデオート・タルマーク・ゼムル…
それは妾の父の名前。そして、ゼムル帝国皇帝の名前なの!』
それだけど叫ぶように、言い放った皇女サマは、膝から崩れ落ちた。
鈍い音を立てて、床に倒れ込み、ぴくりとも動かない彼女の周りに、お世話ロボットが殺到すると、そうっと持ち上げた。
『スカ・リトは、意識を失っただけです。サクマユウマ』
お世話ロボットに運ばれていく皇女サマの姿を見ていた俺は、両手を固く握りしめていた。
「……許さん!」
携帯電話にはフレキシブル基板というものが使われています。厚さはコピー用紙2枚も無いのですが、回路基板を5~6枚重ね合わせているのだとか。