何かをインストールされた俺
おっさんは俺の考えをばっさりと切り捨てやがったよ。チートをもらった俺は召喚された先で、隙を突いてその場から脱出、あわよくば破壊工作とか、召喚の首謀者というか親玉を……
「……いや、佐久間君の実力では脱出すら無理だと思う。だってな、君は古武道の心得があっても実戦経験は無いだろう?」
実戦経験って何だよ。そりゃ爺ちゃんと親父から教えてもらっただけで、道場に通ってた訳じゃないけどさ。でも道場武術とは違って実戦を潜り抜けてきた実戦的なモノだ。最初は護身用の小技だけだったんだが、一応は全部習ったぞ。
それに試合とかは結構やってるよ。相手に怪我をさせないようにするには、苦労したけど負ける事は無かった。いや、親父から目立つなと言われていたから準決勝くらいのところで技ありで負けたけど……
だってさぁ、いくら何でも相手を死なせちゃまずいだろ?
それが武道の心得というか… って、どしたん?
急に真面目な顔をしちゃってさ。
「いかん、いかんなぁ! あっちでは人の生命なんかお前さんが下品をした後のティッシュよりも価値はない。いいか? そういう局面になったら、妙な仏心なんぞ起こすんじゃない。さもなくば殺されるのは、お前さんだぞ」
な… なんて例えを持ち出すんだか。
そりゃ、俺も健全な男子高校生だからさ、する事はするけどなぁ。
だけどおっさんよぉ、こんな時に出すネタじゃながっぺよぉ?
……ちょっと落ち着こうか、俺。
おっさんはそうは言うけど、こればっかりは無理。平和なヤポネスじゃ生命のやり取りなんか経験出来るもんじゃない。爺さんがテロリストとして活躍していたのも半世紀も前の事だ。その爺さんだって、ターゲットの眉間に1発の銃弾を叩き込むくらいの事だったらしいぞ。
「まあ、そうだな。海外で暮らしていれば嫌でも経験しそうなものだが、ヤポネス本土を出た事がなければなぁ…… まだ高校生なら仕方がないか」
だろ?
本当なら古武道だって必要ない平和な世界だったんだ。
それに人を殺すというのは良心が咎めるというか、それ以前の問題だよな。
おっさんはどうだったか知らないけど、俺たちは死というものに鈍感だ。
釣った魚を刺身にするんだって、特殊技能って感じの扱いだしな。
そう言うわけで、殺すとか死とかって言葉はタブー以前の問題なんだ。
ピンとこないという以前にだな、そういうモノから目隠しされて育ったんだから仕方が無いと思うんだ。
だから、死… というのはなぁ……
やっぱダメだよ、相手を殺すって神様が許しても良心というものがな……
「お前さんがその気でも、相手はそうは思わんぞ。悪い事は言わん、ヤポネスの常識は捨ててかかれ。そのために心理的、肉体的にある程度の強化しなくてはならんが、その程度なら俺でも出来る。そうすりゃ生存確率も格段に上がる」
強化してくれるのはは助かるけどさ、なんでここまで親切にしてくれるん?
それに旨すぎる話には裏があるというものだ…… が… ヲイぃ?
おっさんは両腕を上げると、手のひらをこっちに向けた。
指先からはぱちぱちと火花を散らしているじゃないか。
「なにwo……」
「なぁに、同じヤポネス人の誼というやつだ。遠慮せずにギフトを受取れい!」
嫌な予感がした俺は、反射的に立ち上がろうとしたんだが、ちょっとだけ手遅れだったようだ。おっさんの10本の指から稲妻がほとばしったたかと思うと、それは俺の全身に絡みついて……
「おぼががががが……」
急に体が動かなくなったと思ったら、なんか色々入ってきた。
それも全身の毛穴から何かが染み込んでくるような、とっても嫌な感覚だ。
おぼぼぼぼ… 見渡す限りブロックノイズの嵐って……
「はあはあ、ぜえぜえ……」
時間にすれば僅かな出来事だったらしいけど、とにかくキツかった。
身体と心の中に何かを無理矢理ねじ込まれるような…… 頭のてっぺんから爪先まで、ありとあらゆる細胞に電流火花が走り回ってたんだぜ。
おまけに頭の中ではピーガーとすさまじいノイズが暴れ狂ってたんだ。
うををををを…… まだ気持ち悪い。
まだ視界でチェッカー模様とか幾何学模様が点滅してるよ……
それに頭の芯のあたりががががが……
「これで良いだろう… っと、こいつを忘れてたか」
ぴがが……
「みぎゃっ!?」
急に視界が元に戻ったと思ったら、おっさんのニヤニヤ顔… うぜえ。
身体は… 痺れてて動かないぞ。
をい、おっさん、これはどういう事だ?
「君の脳にあの世界の常識や知識とユーティリティをインストールしておいた。
あとはちょっとした強化なんかもな。それらが身体になじむまでちょいと時間がかかるんだが、そのあたりは上手くやってくれ」
そう言っておっさんが笑ったと同時に、光の粒子が俺の身体を包み始めた。
「……そろそろ時間切れだ。強化と知識の伝授は何とか間に合ったか。そいつをどう活かすかは、お前さん次第だな」
光は徐々に強くなり、視界が遮られていく。
薄れゆく意識の中で、俺はおっさんの声を聞いた… ような気がする。
──成功を、祈っているぞぉ……
その直後、俺はひときわ強い光に包み込まれた。
ぴーがががが…… 前にも誰かが似たような体験をしたような……