街道を駆け抜ける騎士
迫りくる皇女サマから、俺を守ってくれたのはホロンとモードラだった。
モードラの衝撃的な一言で、毒気を抜かれたスカリット姫は、どこからか取り出したティーカップでお茶を飲んでいる。
毒気というか… 煩悩が生まれかかったのはココだけの話にしといてくれ。
とにかく、あいつらがこんな形でやって来るのは初めてだ。あのスプーキー野郎は別として、遠くからそれと分かるように声をかけながら来てくれるからな。
それだけでも、何かが起きたんだとわかるよ……
『街道を騎馬兵兵が移動しているのを確認しましたので』
「騎馬兵だって?」『3騎だったけど、すごい勢いで東に走っていったんだ』
東って事は、セトラニーって都市かな?
それしか俺は知らないけど、馬なら明日には着くかな。
それを聞いたスカリット姫が、ずいっと身を乗り出した。
『ねえホロン。騎兵って言わなかったかしら?』
『うん、言ったけどなにか?』
『じゃあ、姿絵はあって? もしもあるのなら見てみたいわ』
意外だな。そういうのには興味が無いものだと思っていたんだけど。
俺はちらりとスカリット姫を見ると、ホロンが表示した映像を食い入るように見てるじゃないか。何か楽しげだけど、知り合いかな。
『…先頭の騎士のお顔、もう少し大きく映りませんこと?』
『ちょっと待ってねぇ…… 画質上げて…… これでいい?』
ホロンが拡大した騎士の画像を表示した。
最初のうちは単純に拡大しただけの画像なので、ぼんやりと騎兵の形をしたモザイクのカタマリだ。
だが、しばらくすると徐々にノイズがとれて鮮明な画像が現れてくる。
「さすがはホロンだな。これでけ細かい所まで見えるとはなぁ」
『まあ……』
騎士の着ている黄色い鎧は、留め具やリベットまでバッチリ見えるし、だいだい色のマントには、大きくウロボロスの紋章が描かれている。
前に見た正規兵や捕虜が持っていた旗指物と、ちょっとデザインが違うかな。
画像を見ていたスカリット姫は、嬉しそうに声をあげた。
『あれはミャーヴァ叔父様…… 黄色の鎧とマントの紋章… なによりも、あのお顔は間違いないわ。御無事だったのね……』
「ミャーヴァ… 叔父様?」
いやいや待ってくれよ、あいつ叔父様って顔じゃないだろ。どう見ても爺さんだと思うんだ。年齢的には…… たぶん60は超えてるかな……
地球人と同じ感覚で見れば、だけどな。ゼルカ星人って人種的には連合王国なんかの… コーカソイド系ぽいからな。
まあいいか、スカリット姫の親戚だとすれば、あいつも王族って奴かね。
重い鎧を着て、あのスピードで馬を走らせるなんてなぁ…… 馬のパワーも半端じゃないよ。
『ここに寄らないで、セトラニーに向かうなんて…… よほどお急ぎのようね』
ニコニコと笑顔を浮かべながら画像を見ているのは良いんだけどさ。
隣に座っている哀れな異世界人に、あれが何者なのか御教え願えませんかね。
『ごめんなさいね、ユーマ。あの騎士は祖父の弟にあたる方なの。
お名前はミャーヴァ・ホルログ・ゼムル。位階は侯爵よ』
うっわ… 出たよ、王族。という事は……
「えええええ?」
魔の森と砦の間を通る古い──ユクレイ街道は、東大陸の主要街道のひとつだ。
街道の終点は中央大陸と繋がるスィラ公国に繋がっているそうだ。もっとも公国は地図から消されちまったけどな。
消したのは、あの侯爵ってやつかも知れない。
ここを通り抜けた先が東大陸と中央大陸をつなぐ唯一の陸地… スチュリア地峡って事になる。
たしか愚弟? とかが、そこを通って対岸に侵攻中… なんだよね。
『そしてスィラ公国の占領軍を率いているのが、ミャーヴァ叔父様なの』
どうやら皇女サマは、あの爺に、かなり甘やかされたようだな。
たしかに俺の爺さんも言っていたよ。無責任に孫を甘やかすのが俺達の特権なんだぞってね。お陰でアーマーライトを撃たせてもらったり…… 武術を教えてもらう時ばっかりは、あいつ鬼かと思ったけどな。
それにしても、俺達の姿を見られなくてよかったよ。最近はウサギ達も、地下で暮らしているし。インゼクト達は冬眠中だ。
対地観測衛星が無かったら、間違いなく見つかっていたぜ。
『サクマユウマ。彼はかなり高い地位についているものと推定しますが?』
うん、それは間違いないと思う。たぶん皇帝に本気で忖度なしに意見を言える人物じゃないかな。中央大陸への侵攻軍を率いているのは、あいつだと思う。
スィラ公国の占領って言っていたけど、侵攻軍の拠点になるんだろう。
『ええ、叔父様が司令官。でも侵攻軍を率いて戦うのは愚弟の役目。ここで実績を作っておかなくては次期皇帝の座は危ういわね』
「でもさ、愚弟ってのは言い過ぎじゃない? せめて名前で呼んであげようよ」
スカリット姫が愚弟と言うのはさ、ありゃマジで言ってるよ。
姉より優秀な弟はいない! って言いながら、じゃれ合うような中には見えないんだよね。
よく莫迦な子ほどかわいいと言うけど、それすら通り越しているらしい。
『2万もの兵が一斉に突撃したら、それに耐えられる軍勢なんか無いもの。
作戦なんか考えないで、馬鹿の一つ覚えのように突撃、突撃!
あんなイノブタ武者に帝国を渡すくらいなら、私が貰いたいくらいだわ……』
はっ、そりゃすごい。ロイヤル脳筋かよ。
『だから、そのうちに愚弟を始末してしまったら? あなたこそ皇帝に相応しい武威のもちぬしですもの。 それに、ご褒美もありますよ』
だから、うっとりするなぁ!!
夢見がちな乙女はいいから、本題に戻ろうよ。
侯爵閣下に、すんごく可愛がってもらったのはよーく分かった。
話を聞いていたら、親戚の小さな子を可愛がってというよりも、孫を溺愛しているってのに近いんだよな。
でも、そこで分からない事があるんだ。
この砦に寄らなかったのは何故だ?
自身と馬の休憩を兼ねて、砦に寄るくらいはするんじゃないか?
彼は皇女サマがいるのを知っている筈なんだぞ。
お父さんとお母さんはな、お前をどこに出しても恥ずかしくないように、しっかり育てるために、やいのやいの言っているんだよ。
おじーちゃんか? おじーちゃんはな、無責任に甘やかしてもいいんだ。
はっはっは、一緒にお菓子を買いに行こう……
それは、遠い日の思い出のひとかけら……