表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/165

カルチャー・インパクト

 コスーニに戻った俺はずっとモードラの言った事を考えていた。

 彼は、こう言ったんだ。


 ── 高度な医療技術の前では、死すらひとつの病名に過ぎない。


 という事は、ゼムレン文明の科学力は死ぬという事の概念をひっくり返してしまったという事なんだろうか。死者は死者じゃなくて、単なる病人だと言っているんだもん。


 それがどういう事なのか、じわじわと分かりかけてきたんだが。

 それと一緒に理不尽というか、こう…… なんとも表現しにくい感情が胸の中に淀み始めたんだ。

 それで、やる気がごっそりと抜け落ちちゃったんだよね……


『どうしたのですか、サクマユウマ。悩み事があるなら聞きますよ』


 ん、ああ。ちょっとね……

 モードラと話をしているうちに、かなり混乱しちゃったんだ。今は頭の中を整理してるとこなんだ。生きるための努力って、何なんだろうってさぁ……

 生きるって事の意味ってさ…… なんなんだろう。


『ずいぶんとショックを受けたようですね、サクマユウマ』


 そりゃあ、そうだ。人は、死んだら… それでお終いだ。

 人生というのは、決してやり直しがきかない1本道。時の大河を下小さなる船のようなもんだ。

 上流に向かって漕ぎ上る事なんか出来ないし、船が沈んだらそれまでだ。


 それが、人の一生というもの。

 今まではそう思っていたんだけどなぁ……


『とんだカルチャーショック… この場合はインパクトかもねえ、宿主さん』

『そうなのですか? サクマユウマ』


 そうだよ。

 さっきも言ったけど、人ってのはさ、死んだらお終いだ。

 例外が無いわけじゃないよ? それが死者蘇生とか反魂というやつだ。

 でも、それは死神をペテンにかけただけに過ぎない。

 そいつらだって最終的には、死ぬ。


 でもモードラは何て言った?

 半年も前に死んだ皇女サマは、死んでいないって言ったんだぞ?

 だけどホロン。俺たちは見たよね? 皇女サマの、その… アレをさ。


 無気力になり、ぼーっと椅子に腰かけて天井をながめていた結馬の背後から、お世話ロボットが近づいてきた。そして、2本の触手を伸ばすと……


「何すんだよぉ……」


 あっという間に結馬の服を脱がせたロボットは放射線シールドジェネレーターを持って部屋から出ていった。結馬は、のろのろと脱ぎ散らかした服に手を伸ばしたが、それも別のロボットが持ち去された後だった。

 伸ばした手をぼうっとながめている結馬にリ・スィが話しかけた。


『放射線シールドジェネレーターの改良型を準備をしますから、その間に入浴を済ませてくださいね』

「うん……」

『……やはりショックでしたか? モードラ=ルディナが言った事は』


 ああ…… そうだよぉ。

 どうせ死んでも生き返る事が出来るってんなら、あくせく働かなくたって良いじゃない…… だって、『死』ってさ、治る病気… なんだろ?

 ははははは… 傑作じゃないか。


 死んでも死なないなんてさぁ……


 すると、急に結馬の頭の中にホロンの怒声が響き渡った。それは立体映像が発した声ではない。ホロンの声は聴覚中枢に直接流し込まれたものだ。だから、両手で耳をふさいでも、どうにもならない……


『うがあああ! なに莫迦な事言ってんのよ、宿主さんは! BBAに頭の中身を侵食されてるんじゃない? 人間は死んだら終わり! 後が無いの!』

「……はぁ」


 しかし、ホロンの怒号が頭の中で響き渡っているのにも関わらず、結馬は床に寝そべったまま、虚ろな目で天井をながめているだけだった。

 彼がこうなってしまったのも仕方が無い事なのかも知れない。


 普段は意識する事はないが、死生観というものは、人格という形も定かではないもののフレームのひとつだと思えばよいだろう。

 生命は儚く、脆いもの。些細な事で喪われてしまう事もある。

 それゆえ生命は尊く、最も美しいものなのだから。


 だが、その死生観を真っ向から否定するような事実を突きつけられた、15歳の少年の心が受けた衝撃はを、他人が推し量る事すら難しい……


『むうぅぅ、仕方が無いなぁ。宿主さん、非常事態を宣言するよ?』

「ん? ああ……」


 ホロンは──アシモフ・コードに従って、結馬を守るために──非常事態を宣言した。これでホロンは結馬の身体を自由に操る事が出来る……


「あれ…… なんで俺、立ち上がって… ?」


 ホロンは、結馬の身体を立ち上がらせると、危なっかしい足取りのまま風呂場へと歩かせた。風呂場に入ると、湯気がふわりと身体を包み込む。

 ほのかに漂う香りは、真夏の森に咲き誇っていたバラを思わせる。

 そして、床にはぬらぬらとうごめくピンク色の触手のカタマリが…… いた。


「……なんだこりゃ」『BBAのお気に入り… みたいだねぇ♪』


 嫌がる結馬を無視して、ホロンは触手に近づくと、ぺたりと腰を下ろした。

 彼の意識は本能的に何かを感じ取ったようだが、すでに手遅れだ。結馬の運動中枢はホロンの手に握られているのだ……


『荒療治だけど、耐えてね。や・ど・ぬ・し・さ・ん♪』


 みゅるにゅると、結馬に近付いてきた触手のカタマリは、そうっと触手を伸ばすと絡みついた。


『今夜は寝かせないからねぇ♪』


 その後、彼の身に何があったのかは……


 決して語られる事は無かったという。

宇宙船コスーニの中で働いているのは、すべてイソギンチャクもどき。

お風呂の三助さんだって、例外ではないのですよ。

腐腐腐腐腐……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ