死者、死ぬべからず
幽霊の、正体見たら枯れ尾花……
──誰が枯れているんですってぇ?
お立ち台で寛いでいたスカリット姫は、きいぃ! とばかりにこめかみに青筋たてて… しかも残像の尾を引きながら俺の目の前に飛んできた。
人間だったら瞬間移動レベルだよ、コレ。
それにしてもゼムレン文明の科学力は凄いな。スカリット姫が立体映像だって事は触るまで分からないくらいにリアルなんだからな。
もちろんそれは表情なんかについても同じ事が言えるんだ。
実にリアルなんだよ。産毛とか髪の毛… それも1本づつ、ふわり… って動くんだもん。
だだだだから、そんなに顔を近づけないで。
眉間のたて…… いえ、ナンデモアリマセンデス、ハイ。
──ねえ、ユーマぁ? なんでそんな意地悪な事を言うのぉ?
おわあ! 皇女サマの事じゃないよ、これマジ本当。地球に古くから伝わる言葉遊びのひとつだからね? 俳句とか発句ってやつで、1000年以上も前から続く伝統的なものなんだよぉぉ。
そそそそそれに古典に親しむのはヤポネス人の嗜みだ。
かつては和歌を使って恋を語らうなんて事も……
──あら、そうなの? じゃあ、このワカ? の意味を教えてくださる?
いいいいいや違うんだ、これはパロディで… そういうのと違ってだな……
それよりもさ、姫様のそんな顔、ボクは見たくはないんだなぁ。
そんな拗ね顔をしてたら、100年の恋も醒めちゃうよ?
──うふふ、お上手ね。まあ、許してあげるわ、だ・ん・な・さ・ま……
そう言い残して、彼女はすうぅぅっとお立ち台の方に戻ってくれたんだが。
あの迫力と言うか圧と言うか…… マジで人間を相手にしてるみたいだった。
皇女サマに惚れたのかって? そんなんじゃねぇよ。
幽霊ってのは、精神生命体の1種だ。肉体というガードが無いから、ちょっとしたことでも大きな影響を受けるんだ。
だから、ちょっとした事で悪霊化するって事も… あるんだよね。
やんごとない女性が嫉妬に狂った挙句に、恋敵に生霊を飛ばした話も残っているんだよね。でもその位なら、まだまだ可愛いもんだ。
もしも皇女サマの幽霊が、悪霊とか怨霊にクラスチェンジしたら…… 取り殺されるエンドしか見えねぇえ!
という訳で、だ。
俺は、毎日… とはいかないが、頻繁につるつる洞窟に来ている。
正確に言うと、ここはスターブという施設で、惑星規模の防御システムのコントロールセンターなんだそうだ。
壺のエネルギー炉の爆発に耐えるくらい頑丈なのに、通路の隔壁とかは赤法師が暴れただけでガタガタになるという、なんとも微妙なモノなんだが……
そして、あのスプーキーな奴が指揮官… でいいのかな。
そんな立場にいたって話だ……。
『……呼んだかね?』「うわあぁあ!」
だっ… だからっ! 床からにゅーっと生えてくるのは止めてくれ。
マジで心臓が止まりかけるんだ。いたいけな高校生虐めて楽しむなよ。
このまま幽霊になって余生を過ごすなんて御免だからな、俺は!
『ユーマ君に聞きたい事があったのでね』
このスプーキーな奴がモードラ=ルディナ。正確にはモードラ=ルディナの記憶や経験といった脳内情報の全てを継承したコンピューターだ。その姿は立体映像として投影されているから、ああいう事も出来るんだ……
ちなみに、ホロンやリ・スィも立体映像で姿を投影しているし、スカリット姫に関してもそれは同様だ。
そして、会話はゼルカ語で… つまり普通に会話をしている。
「まさか第2外国語がゼルカ語で、それも母国語同様に扱えるとはなぁ……」
『……そろそろ本題に入りたいが構わないかな?』
モードラはぬぅっと身体を近寄らせると、俺だけに聞こえるような小さな声で話しかけてきた。これだけ近づいても顔が見えないんだよね。
まあいいか。で、聞きたい事ってなにさ?
『ユーマ君がスカリット姫の事を幽霊と言っている事についてだが』
「ああ、その事か……」
俺が砦から逃げ出したあの日に、スカリット姫は間違いなく死んでいる筈だ。
だって、あの『手紙』が物質崩壊を起こした時に、太陽表面の温度と変わらない熱エネルギーが解放されたんだぜ?
それも、皇女サマの手の中で、だ。
『なるほど…… それなら自分が死んだ事に気が付かないだろうね』
今になって思えば、そうかも知れない。
でも、あの時は砦から逃げ出す事しか考えていなかった。それ以外の事を考えている余裕なんか無かったんだよね……
『それは大変な目にあったものだね。でも、今は幽霊について… だ。
幽霊についての定義は、ゼルカ星と地球では大きな違いは無い。だが、君と私の認識には大きな隔たりがあるようだね』
えっと…… それはどう言う事だろう。
死んだけど、死んだ事に気が付いていない…… モードラはそう言ったよね。
って事は、皇女サマは死んでいるって事にならないか?
だったら、あの立体映像は…… まさかモードラ。あんたと同じように原形質に記憶を保存して……?
『いや、違うね。姫のバックアップは存在しない。本人が拒否したのでな』
じゃあ、この世に未練を残しているとか、何か恨みがあるとかか?
だから成仏できずに……
『たしかに生に対する執念の無い者には、死を乗り越える事はできない。でも、この場合は正解とは言えないのだな。ユーマ君はすでに体験しているのではないかな? 高度な医療技術の前では、死すらひとつの病名に過ぎないという事を』
じゃあ、なにか?
皇女サマは死んでいないってこと? でも、俺は確かに見たんだ。
彼女の無残な姿を…… あの時に上半身が……
『でも、身体の大半は残っているぞ? そして、言っただろう? 我々にとっては、肉体の死は死ではない。病気のようなものだと』
という事は…… 王女サマは…… 本当に?
昭和時代は、不思議な世界。今とは全く違った感性ががが…
父:スプラッタらったらったゾンビのダンス… っと♪
私:わあっ! 鼻から血を出しながら歌ってる場合じゃないでしょ!
すぐにお医者さんの出前を……
母:いいのいいの。鼻をほじりながらくしゃみをする阿保は無視で。
私:もー、仕方が無いなぁ…… そういえば、さっき歌ってたのって……
父:昭和時代の末に、ローカルに流行ったんだ。元ネタは童謡なんだがな。
私:ソウデスカ。ソレハヨカッタデスネェ……