滅びた去った文明(その4)
テラのホロンは高度な知性の持ち主ではあるが、ユーマ君を生活面でサポートする事を前提として設計されたAIなのだろう。
それゆえ何でも知っているが…… 深い知識の持ち主ではないな。
それに比べるとナパーアのリ・スィは、さすがに深い知識を持ち合わせているようだ。本人は量産型に過ぎないと言っていたが、それでこの性能か……
『モードラ=ルディナ。 ゼルカ星を襲ったのはガンマ線バースト、ですね?』
ナパーア星の科学力は、我々の遥か先を進んでいるのは間違いない。
我々には、これほどまでの高度な知性をコンピューターに与えるほどの勇気は無かった。高度な知性と自我を持ったコンピューターの建造は、過去に幾度となく計画はされてきた。
だが、実験体として作り上げられたAIは、例外なく人類をゼルカ星における異物として絶滅させる事を目論んだのだ。
そのためにこの領域の研究は禁忌とされて……
うむむ… 禁忌を乗り越えたナパーア星の技術者に嫉妬して……
ゼルカ星に影響を与えた超新星爆発に話を戻そうか。
たしかに、230年前の災害でゼルカ星を襲ったのはガンマ線だ。
超新星爆発を起こした天体は、その瞬間に強力なガンマ線を放出する。
それは、ほぼ光速に近いスピードで宇宙を切り裂く──全ての者に等しく死をもたらす放射線なのだ。
なにしろ太陽が100億年間に放出するエネルギーを遥かに上回るエネルギーがわずか数秒~数百秒という短時間で、高い指向性を持ったレーザーのような形で放出されるのだ。
もしも、そんなものがゼルカ星を直撃したらどうなるだろう。
瞬時に蒸発するか、それに近い無残な姿へと変わり果てる事になるぞ。
運よくガンマ線が惑星の近くを掠めただけで、ゼルカ星のありとあらゆる場所に使われている電子機器は深刻なダメージを… いや、間違いなく駄目になる。
それ以前に、ガンマ線は惑星そのものが大きなダメージを受けるのだよ。
ガンマ線のビームが通過するたった10秒ほどの時間で、ゼルカ星はオゾン層の半分を失うだろう。吹き飛ばされたオゾン層が地上の生物にとって安全なレベルにまで回復するのには最低でも5年は必要だ。
それだけの時間があれば、この星の生命は太陽から降りそそぐ菫外線で滅ぼされている事だろう。ほぼ全ての生命が… 細菌すらも死滅するのだ。
我々は、この宇宙的災害からゼルカの民を守るために、ふたつのプロジェクトを実行する事にした。
それがゼルカ星を磁力線の網で包み込んで、ガンマ線のビームに対する盾を構築する『プロジェクト・ブルー』だ……
そして、だ。この地下施設は直径500メートル以上もある岩塊をくりぬいて建設されたのだ。なぜならば、この場所こそがプロジェクト・ブルーの中央指令センターなのだよ。
そして世界中に地下都市を建設したのだ。住民は最低でも10年は暮らす事が出来るように設計されているものをね。
それと同時に進めていたプロジェクトはもうひとつあるぞ。具体的にはゼルカ星の民を系外惑星へ避難させる『プロジェクト・アルカ』…… だ。
目的は新型の──超光速宇宙船で、第2のゼルカ星を見つけ出すこと。
だが、この計画は失敗に終わった。出発した宇宙船ナウパウムは最初の空間跳躍で行方不明になったのだ。計画では1光年の跳躍をした後で、連絡を寄こす事になっていたのだが……
『ねえモードラ。いま… ナウパウムって言った?』
──うむ。超長距離宇宙船第1号の船名はナウパウム。古ゼムレン語で『栄光への脱出』という意味合いがあるが、それがどうかしたかな?
『……もしかすると全長3000メートル近いシリンダー型をして……』
リ・スィには、ホロンの声が震えているように聞こえた。
事実、ナウパウムという名前を聞いたホロンの意識は、恐怖に支配されようとしていた。このまま放置すれば、ホロンは暴走して……
『落ち着きなさい、ホロン。あなたに何があったのかは知りませんが、全ては過ぎ去った過去の話なのですよ』
パニックに陥りそうになったホロンの自我を支えたのは、リ・スィのひとことだった。ホロンは結馬魂魄と部分的につながっている。
だから、ホロンが暴走すれば結馬とてただでは済まないのだ……
──続きを話してもよいかな。
超新星爆発で発生したガンマ線バーストは、ゼルカ星を直撃した。
だがバリヤーは期待通りの効果を発揮し、磁力線の網はガンマ線のビームを正面から受け止めた。文字通りの意味でがっちりとな。
だが……
『だが…… 何です? 何が起きたのです』
完全には防ぎきれなかったのだ。巨大なエネルギーには、質量もあるのだな。
だから、ガンマ線のビームの直撃で、惑星は大きく揺さぶられたのだ。
ゼルカ星の地軸はねじ曲がり、大陸は大地殻変動に襲われた……
それが、地上から送られてきた最後の情報だった。
『じゃあ、ゼムル帝国の人たちって…… 地下都市に避難した人達の?』
──間違いなくそうだろう。スカリット姫に逢った時は神に感謝したものだ。
それまで人類は絶滅したものだとばかり思っていたからね。そして、彼女は地上に起きた出来事の事を色々と話してくれのだたよ。
だが私の喜びは、すぐに絶望に変わった。今の私には彼らを救う手立てはない。
しかし、赤色超巨星は間違いなく超新星爆発を起こす……
『じゃあ、磁力線の網を、もう一度使えば…… まさか!?』
察しが良いな、テラのホロン。
現状では磁力線の網で惑星を包み込む事が出来ないのだ。
地上にあった通信制御センターが喪われているから軌道上に浮かぶバリア衛星とリンクする事が出来ない。
さらに、衛星は200年以上も手入れをしていない。
まともに動く衛星は残っていないと考えても良かろう。
だから、私に出来る事は、神に祈る事くらいしか無い。
惜しむらくは、我がゼムレン文明の叡智が……
『それは後でゆっくり教えてもらうから。そうすれば宿主さんが、より一層快適に暮らせるようになるし、モードラだって、もっともっと長生きできるよ♪』
『私もホロンの提案を支持しますよ、モードラ=ルディナ。
だから『プロジェクト・ブルー』のデーターを私たちにも……』
運命の歯車は、再び動き出した。
それが神の意に沿うものなのか。それとも否か。
それを知る者は、誰もいない……
そのころ佐久間君は……
「げぷ…… さすがに食べ過ぎたか。ええと、胃薬はどこに置いたかな……」