滅びた去った文明(その3)
身体が回復した宿主さんは、今度は何か悩み始めたみたい。
そう言えば、よく主様が言ってたっけ。
──腹が減っていると、余計な事を色々考えちまうもんだよ。
主様は大食漢でも美食家でもなかったから、たぶん本音なのかも。
だから宿主さん。
宿主さんも肉祭りをして、お腹いっぱい食べてぐっすり眠ったら?
お腹がいっぱいになったら、悩みだってどこかに消えちゃうよ。
「そう、かな…… そうかも知れないな……」
宿主さんは、そう言って壺に乗り込んだ。もちろん、護衛はつけた。
壺に乗せた作業用ロボット部隊と赤法師をね。赤法師は身体が大き過ぎて壺に入りきらなかったから、頑張ってしがみ付いてもらったけど。
『宿主さんにはさ、肉祭りでもしてもらえば良いと思うんだ♪』
『そうですね。では作業用ロボットに命じて竈に火を入れておきましょうか』
私たちは、壺に乗り込む宿主さんを見ながら、そんな事を話していた。
そして…… 彼らが部屋から出るのを見送ったんだ。
だから、この部屋に残っている壺は2機。私のと、リ・スィの分だけ。
『モードラ=ルディナには、全てを話してもらわなくては』
『そう言えば…… 最後の災害から230年って言ってたけど。
災害は現在進行中だって言ってたよねぇ……』
私たちは、お立ち台の近くでゆらゆらと漂うモードラに声をかけた。
宿主さんがいない今なら、話してもらえるんじゃないかな。あの時言い淀んだ末に、下手な冗談で誤魔化そうとした『真実』を……
『私たちの目は節穴ではありませんよ、モードラ=ルディナ』
ここまでリ・スィと交わした会話にかかった時間は、ほんの数瞬に過ぎない。
壺のデーターリンク網は、いわゆる分散型ネットワークだ。地球のシステムに例えればブロックチェーンやP2Pにあたる。
このシステムは中枢サーバーが要らないため、自由度が高いばかりではなく、高いパフォーマンスが期待できるのだ。
……話を戻そう。
モードラがホロン達に近付くと会話に加わった。
モードラが使っている言葉は、先ほどまで結馬に話しかけていた嬰児の笑い声とイメージによる圧縮言語ではなく、ごく普通のゼルカ語だ。
──ふむ、ユーマ君の悟性では、受け入れ難いと思って誤魔化したが、君たちを誤魔化す事までは出来なかったようだね。
実は、超新星爆発を起こしそうな星は…… まだ残っているのだ。
すでに、最後期の収縮が始まっている事は確認している。
おおっと、衝撃の事実。超新星爆発、まさかの2連鎖ですかぁ?
それもあるけど、もうひとつ分からない事があるんだ。ねえモードラ。
あなたって何者なのかなぁ。まさか妖怪とかかな?
『それにしても…… あなたの寿命は長いのですね、モードラ=ルディナ。
ゼムル帝国人の遺伝子サンプルを分析しましたが……』
リ・スィが分析した遺伝子は、スカリット姫とその従者。砦で正規軍の手で殺害された兵士の遺体や、その後に現れた騎士たちのものである。
もちろん結馬の遺伝子も、だ。
その結果、いくつかの重要な事実が浮かび上がってきたのだ。
『ゼルカ星人の寿命は適切な医療サポートがあっても120歳前後です。
モードラ=ルディナ。あなたは、その数倍は生きているようです。
もしかすると、これも異能… でしょうか』
──そんな事は無いとも、ナパーアのリ・スィ。
私は… そうだな、はじめから話しておいた方が良いかも知れないな……
私はゼムレン連合科学アカデミーの主席科学者であり、同時にスターブと名付けられた、この地下施設の司令でもある。
いや…… 今となっては『だった』と言うべきだろうな。
なぜなら私は230年前も前に死んでいるからだ。
生前の私は、地下6階にある中枢コンピューターに自身の細胞から作り出した原形質をセットしておいた。言うまでもない事だが、原形質の役割は私の人格や記憶のコピーを保存すること。
これで、コンピューターは『私』という自我を持つシステムに進化したのだ。
ここまでして生にしがみ付いているのには、れっきとした理由がある。
ゼルカ星を守るためには、これしか方法が無かったのだ……
私の死因は、あの超新星爆発の影響だろう。
普段の私は地上の管制施設に詰めていたのから、それしか原因は考えられない。
『モードラ=ルディナ、あなたは……』
まあ、いいではないか。とにかく、最初の難関は乗り切ったのだから。
問題は地上施設との連絡が断たれてしまったという事だろうか。それから長い時間が過ぎたものだ。
スターブの地下3階にあるコミニュティホール──この部屋の事だな──を訪問する人物が現れたのは実に230年ぶりの出来事なのだよ。
それが、スカリット姫とユーマ君。そして壺のような……
『壺はただの端末だから。本体は別の所にあるよ♪』
そうか。君たちもコンピューターに…… いや、人工的に生み出された知性体と言うべき存在なのだな。いやいや、実に興味深い。ゼルカ星の科学者も永年研究を続けていたのだが、君達のような高度に発達したAIを作り出す事は出来なかったのだよ。
『お褒めにあずかり、恐縮ですわ。モードラ=ルディナ』
リ・スィの口調が、いくぶん軟らかなものになったのは、決して気のせいではあるまい。誰だって褒められれば悪い気はしないものだ。これこそがゼルカ星の科学陣が生み出す事の出来なかった『感情』なのだ。
『でもね、モードラ。超新星爆発があったって言うけどさ…… それとゼルカ星は関係ないような気がするけど?』
……うむ、君たちの疑問はもっともだ。ゼムレン文明は滅亡したからだよ。
それが赤色巨星が超新星爆発をおこした結果だ。
『えええええ? 何光年も先で起きた超新星爆発が?』
ふふっ、ナパーアのリ・スィ。超新星爆発が遠く離れたゼルカ星にどんな影響を与えたのか。
君には想像がついているのではないかな?
超新星爆発には、色々な結末が用意されているのです。