遺跡の底に住まうのは
モードラ=ルディナ。
スカリット姫よりもスプーキーなこいつの正体は立体映像だ。
それだけならホロンやリ・スィも時々やっているけど、モードラの場合は質量があるような気がするんだ。
地下第1層にあった壁の映像と同じように、存在感を感じる映像なんだよね。
実際にモードラや姫様は壺のソナーに反応するもん。
つるつる洞窟が先史文明の遺産らしいという事は、うすうす感ずいていたけど、こんなのまでいるとはなぁ……
──立体映像に含まれる質量波の事かね? 重力理論と素粒子物理学を統合すれば、おのずと解決する問題に過ぎないのだが。
いいかね、この場合は……
話が長くなりそうな予感がした俺は、素直に両手を上にあげた。
いや、続けてもらっても今の俺じゃ理解できそうもないから解説は遠慮しとく。
なりたての学徒に過ぎない俺には無理! ぜったい!
──残念だな。知の探究は何物にも勝る喜びなのだが……
地球でも似たような事を言って… 誰から聞いたんだったっけ。
ああ、そうだ。松戸博士じゃないか。彼は世界中に数人しかいない大博士の称号を持った人だ。それでも神様は『トト』の称号を授けないなんて……
なぁんて話をしていた事もあったなぁ……
──なあんだ、そんな事か。知識程度で良ければ、いくらでも君の脳髄に送り込む事が出来るぞぉ。多少、頭蓋の形が変わるかも知れないが……
「心の底から遠慮します!」
マジで松戸先生が化けて出たんじゃないだろうな。無何有郷のマスターも、たしかコレで心が折れたって……
まあいいか。ここはゼルカ星だ。地球じゃない。松戸先生がいる筈ないんだ。
……それにしても、こいつ何者なんだろう。
クリーチャーとの戦いが終わった時の俺は、間違いなく死にかけていた。ホロンの回復魔法は、実にギリギリのタイミングだったんだよ。
そしてモードラが俺の前に姿を見せたのは、何回目かの回復魔法で意識を取り戻した直後の話なんだ。
それも、ゆらぁ… って感じで、黒づくめの妖怪が床から生えてきたんだぞ。
あの時はさ… マジで、死神が迎えに来たのかと思った……
そして…… そいつは俺の顔を覗き込むように、すぅっと、屈みこむと、赤ん坊の笑い声が聞こえてきたんだ。
そして心の中で段々と意味を成す言葉になってきたんだが……
──生命を失わなくてよかった。まずはおめでとうと言わせてもらうよ。
それを聞いた俺は、はっきり言って頭が真っ白になったよ。
だってさ『死ななくて良かったね』なんて、死神のセリフじゃないだろ!
奴が言った次のセリフにも、びっくりさせられたけどな。
──いやいや、驚かせて済まない。私はモードラ=ルディナ。この施設の住人とでも言えばよいかな。つまりは、そういう事だからよろしく頼むよ。
ところで、スカリット姫は君の事をユーマと呼んでいるのだが。
私も、そう呼んでも良いだろうか……
「……ああ、はい…… それで、いい… です」
その時の俺は、驚きすぎて感覚が舞いしていたに違いない。たったこれだけの言葉を絞り出すのに、ずいぶん時間が掛かったと思う。
それでも、なんとかなったのは運が良かった… いや、違う。
古城のおっさんが、色々と強化をしてくれていなかったら、間違いなく錯乱した末に精神がどうかなっていたと思うんだ。
お陰で、あの時にモードラを必要以上に恐れずに済んだんだと思うよ。
だって死神と冷静に話をする事が出来たんだからな……
──それではユーマ君。お互いに自己紹介をしようではないか……
それから、しばらくモードラと話をしていたんだけどね……
ホロンも俺と一緒に話を聞いてくれて、専門用語なんかの──分からないところはそれとなくフォローしてくれる。
ちょいとやり過ぎた感が半端ないけど。だって、モードラったらさ……
──おお、君のような幼子ですら学徒に過ぎないとは、恐れ入ったな。
ゼルカ星人から見れば、君の種族──地球人は異能者の集団だよ。
……お陰で、モードラは俺の事を高い知性を持った文明人だと認識してくれたらしい。異能者ってのが何だかわからないけどね。
おそらくミュータント…… いや、深入りはよそう。
どこで龍の尾を踏むか分からないからな。
話を切り替えて、この星に何があったのかを聞いてみる事にした。
たぶんホロンがコントロールしている対地観測衛星は、先史文明の遺産だ。
そして俺達がいる──つるつる洞窟も、その同類である事は間違いない。
先史時代のゼルカ文明は地球やナパーア星よりも、遥かに先を言っている。
超光速宇宙船の建造して、近くの恒星系に探検隊を送り込む事が出来たんだ。
それは、単に進んだ科学の成果…… と言う訳にはいかない。
大勢の科学者が長い時間をかけて研究すれば、理論を完成させる事は出来る。
でも、それは単なる出発点に過ぎないんだ。
理論は、言葉であいかない。それ以上の物でも、それ以下でもない。
こういうモノが作れるはずだ、と示しているだけのシロモノなんだ。
「地球だと、メタルプラスチックがいい例かな」
地球で宇宙船用の特殊鋼… メタルプラスチックが生み出されるまで200年以上も、多くの研究者が苦労を重ねた結果なんだ。
でもこいつだけじゃ宇宙船は作れない。
宇宙という名の大海原を進むための船を作るには、ありとあらゆる分野の産業が連携しなくてはならない。あらゆる技術を高度に発達させる必要があった。
地球のコンセプション級… 全長400メートルの宇宙船を建造するだけでも、数千、数万という企業が技術を磨いて… やっと作り上げたんだ。
それなのに先史時代のゼルカ星人は超光速宇宙船を建造している。
だけど、今の地上を見てみろよ! 技術の痕跡すら残ってないぜ?
おかしいだろ! どう考えたって。
『今のゼムル帝国は、文字通りの意味で剣と魔法の世界。移動手段と言っても歩くか馬…… 自動車どころか自転車さえも存在しない世界… だもんね♪』
そう、まさにそこ! なんだよ。
先史文明との文明レベル、500年以上もの開きがあると思わないか?
どう考えても、ここは──地球なら中世の暗黒時代以前の世界だもの。
私は幽霊は存在しないという考え方には少なからず疑問を持っています。だからと言って幽霊は存在すると言い切るには材料が少なすぎます。
でも、少なくとも『何か』がいるんじゃないかな… と思う事もあります。
私はその手の『偶然』をいくつか体験しているのですから。