戦場に咲いた大輪の花
俺は視界に表示されたウインドウから、必要な魔法を選び始めた。
空中に浮かぶ魔法くらい… あったあった、これにしよう。あとは……
実際のところ、俺が呪文を覚ればこんな事はしなくてもいいんだが、なにしろ呪文の種類が多いもんでなぁ。
ご家庭コンピューターが出回りかかった頃に発売された… そうそう、星の魔法をかけ合わせて作る… って、アレ。あと危険を味わえってやつ。
それより数が多くってさ、それも、ぜーんぶ、古代語魔法ときている。
やってられっかー って思わないか?
「という訳で、ホロン、頼んだ」
『おっけ、宿主さん。壺が浮かび上がったら魔法を発動させるね♪』
こういう具合に、ホロンがサポートしてくれるから助かるけどね。
そうじゃなかったら、最悪だよ。古城のおっさんも、もう少し考えて……
『サクマユウマ。そろそろ作戦を開始しますか?』
「おっと…… 愚痴を言ってる場合じゃなかった。じゃあ、やるか!」
俺の合図とともに壺がひっくり返ったまま、ふわりと浮かび上がった。
床との隙間から、ぶわっと熱気が吹き込んできたけど、この程度ならどうって事は無いね。放射線シールドで赤外線をシャットアウトすればいいんだからな。
……ナパーア星の科学力って、マジ凄いよなぁ。
『ホロン、地上2メートルでザーラルの機体を起こし始めますよ』
『壺の上昇率と、魔法の発動の同調… オッケー♪』
おうおう、さすが人工知性体だな。このあたりは息がぴったりだ。
壺の上昇に合わせるように、俺の身体も床から浮かび上がっていくぞ。
ふぅん… 壺が回転を始めて、天井が見えるようになったけど……
リ・スィ、あちこち焼け焦げているけど… 出ても大丈夫か?
『現在の外気温は70度。毎分2度のペースで下降中です』
「そりゃぁ…… 微妙な温度だな」
ボヤキながら襟元にあるスイッチに触れると、背中のマントがしゅるりと音を立てて、ふくらはぎのあたりまで伸びた。
視界の隅で、放射線シールドをチェック… 一定レベルの赤外線はカット。
バックルの宝玉にも問題なないようだ。これならいけるぞ!
俺はおもむろに立ち上がると、壺の中から部屋の中を見回した。
壺が爆発する前はバスケコートがすっぽり入りそうな空間が広がっている。
飾り壁はもちろんダミーとはいえ窓まであったから、地上にいると誤解しそうな部屋だったけど、今は見る影もない。
そして通路に面した壁は爆風に耐えられなかったらしく、見事に壁が吹き飛んでいるので廊下が丸見えだ。
そういう訳だから、部屋の内装だって滅茶苦茶になっている。
壁は焼け焦げているし、装飾壁や調度品は…… ぶすぶすと音を立てて、くすぶっている。
『ふぇええ、凄いことになっちゃったねぇ』
これがホロンの壺のエネルギー炉が爆発した結果だ。
リ・スィは、俺に覆いかぶさるように──壺を逆さまにして俺の身体を守ってくれたんだが…… そのお陰で、俺はなんとか生き延びたってところだ。
驚いたのは、これだけの爆発で洞窟が崩れなかったって事かな。
これだけの廃墟の中で焼け残っているのは──石像がいくつ無事か。
で、お立ち台の上にぼうっと光の塊が浮かんでいるって事は……
──ユーマ… よかった、無事だったのね……
「……あんたも無事だったようだな、皇女サマ?」
そう言うと、俺はふわりと浮かび上がった。
相変わらず魔法は妨害されているようだけど、さっきほどじゃないかな…
それじゃあ… 皇女サマをびっくりさせてやるか。
俺は練り上げる前の魔力を、そのままの形で放出を始めた。
どうやって魔法を妨害しているか分からないけど、これなら何とかなるか。
もちろん、これは効率なんかを考えていない… いわば魔力の垂れ流し状態だから長くは保たないよ。でもね、ハッタリかますには丁度いいんだよ。
──何故、魔法を…… モードラが魔法を封じている筈なのに!
ふっふ、やっぱり皇女サマは驚いているぜ。
ここでは魔法が使えない──誰かが魔法の発動を邪魔してるせいでな。
その位は俺にも分かってるんだ。その上で魔法を使って見せたんだ。
案の定、びっくりしているみたいだなぁ?
「誰が何を封じているって? はん、幼稚なマネを……」
今の俺は、とーっても悪い顔をしているだろうね。
ふはははは。怯えろ、驚きすぎて(以下、検閲削除)してしまえばいいんだ!
って、皇女サマ。あんたなんて顔をしてるんだ?
今にも泣き出しそうな顔をして……
──じゃあ、あのプレゼントは何だったというの?
あなたが着ている、その純白のドレスは……
「ゑっ?」
皇女サマが何を言っているのか、分からないんだが。
プレゼント… とか聞こえたけど、何の事だ?
俺は彼女にプレゼントを…… 渡すはずが無いじゃないか。
『ねえねえ宿主さん。あのお手紙の事… じゃないかな』
お手紙… だって?
古城のおっさんがくれたメモ… の事だよな。あの封筒はジョークグッズだと思うんだが、その…… 問題は、その内容は……
『この手紙の素材は不安定極まりない。よって通常空間に出現してから60秒ほどで発火する。テルミットの倍くらいの熱量が出るから火傷しないように』
……とか書いてあったような気がするんだが。
まさか、アレが……? あの時手紙を渡した数秒後がタイムリミット……
──なによぅ、何か言ってよぅ。
唖然としていた俺に、皇女サマが拗ねた声で話しかけてきた。
あまりの事に声が出なかったってのは、これマジ本当の事だったんだ。
だってそうだろ、あれをプレゼントだと思っている皇女サマってさ。
『ねえねえ宿主さん。まさかとは思うけどさ、BBAの着ている服……
あれってウエディングドレスっぽくない?』
ちょっと待てヤァ!
ホロンさんや、ウエディングドレスって、あれだよね。婚礼衣装って奴だろ?
なんで俺が倍も年の離れた女の人の… 幽霊と結婚しなきゃならんのだ!
いくら何でもおかしいだろ、常識的に考えて!
スカリット姫ったら、意外と純粋なんだねぇ……