戦闘開始を告げる俺
俺は気力を込めて、勢いよく右手を左斜め上に突き出した。
「むんっ!!」
右手を、そのまま円を描くように右にやって…
体内の魔力が練り上げられ、へそのあたりに集まってくるのが分かる。
きいぃぃぃぃん……
お出かけ服に追加されたベルトが俺の意思に反応して起動すると、バックルに埋め込まれた宝玉が煌めく虹色の光を放ち始めた。
「へん、しん……」
無意識のうちに、そう呟いた俺は右手を腰のあたりに引き付けるながら、今度は左手を天にかざした。
宝玉から生み出されたパワーが全身を駆け巡る。
「とおぉおっ!」
俺は天井近くまでジャンプしながら、練り上げた魔力を全身にまとわせる。
それと共に時間の流れがゆっくりになって、その代わりにとてつもなく感覚が鋭くなってきた。
やがて周りの音が聞こえなくなって……
今の俺は人間であって人間じゃない。言ってしまえば超人だ。
厚さ5メートルのコンクリ―トだってパンチ1発で叩き割れるんだぜ。
「石像を出したって、無駄なこった! てめぇら全員、叩き割るっ!」
俺はゆっくりとした動きで近づいてくる石像に襲いかかった。
ばぎん!
鈍い音を立てて、殴りつけた石像の片腕が床を転がっていく… だが次の瞬間には残った片腕で殴りかかってきた。それを躱した俺は、もう1度石像を殴りつけると、その場を横っ飛びに離れて次の石像の背中を蹴りつける。
『サクマユウマ。合図をしたら逃げてください!』
あれはリ・スィがコントロールしている壺か。
正面についているホルスの目っぽいレリーフが鈍く光ってないか?
『今です!』「おうっ!」
俺はリ・スィの合図とともに飛びあがると、天井を蹴って方向を変えた。
もちろん着地する場所は、リ・スィの壺の真後ろだ。
その間に下の方から高周波音が聞こえたようだが…
ヴン……
壺についているレリーフから稲妻が吐き出されると、石像を巻き込んだまま壁に当たって消えた。稲妻に巻き込まれた石像は、ぱしぱしと音を立てながら……
小さな破片になって崩れ落ちた。
「やったか?」
『マイクロ波を浴びせてみたのですが、予想以上に効果がありましたね』
だが、安心するのは少し早かったみたいだ。
破片の山から、小さめのミカンくらいの赤黒く光るいびつな形の結晶が浮かび上がったんだ。
それは人の頭くらいの高さまで浮かび上がると、ゆっくり明滅を始めた。
「げえっ! まさか復元すんのか?」
結晶から光を浴びた石像の破片が、みるみるうちに結晶にまとわりついていく。
そらからわずか10秒足らずで元の姿を取り戻した石像は、再び俺達に襲いかかってきた……
「こうなったら、とことんやるしか無さそうだなぁ!」
しかし、壊してもすぐに復元するような敵にどうやって戦えば良いだろう。
いや、無理に戦う必要はないかもな。
どちらかと言うと、どうにかして地上まで血路を開いた方が良いかもな。
この階層に入ってすぐに使えなくなった魔法が復活するかもしれない……
『待って、宿主さん。あの赤いのって……』
……まさか、あれはコア… なのか?
動く石像やスケルトンなど──いわゆるアンデッド系の──妖怪の多くはコアを持っている。それが悪霊化した魂魄の依り代になっている筈だ。だからコアを破壊すれば… 依り代を失った魂魄はこの次元に留まってはいられない。
偉い坊様の妖怪退治──調伏とか降伏… ってやつも、こういう感じなのかな……
『接近する敵は全部で30体。マイクロ波を照射しますから、コアの破壊を』
俺の視界に映るウインドウに、復元が終わって動き出した石像がロックオンされた。リ・スィの放ったマイクロ波を浴びて再び粉々になった石像から、さっきのようにコアが浮かび上がって……
「片っ端からやってやりゅううう!」
クイックムーブでコアとの距離を詰めた俺は、明滅するコアをつかみ取った。
その間にも、コアに向かって破片が集まってくる。このままでは、俺の腕も巻き込まれて……
「てえぇえいっ!」
俺は、つかみ取ったコアを思いっきり壁に向かって投げつけた。
途中で、どんっ! とか音がしたから、スピードは音速を突破したかな。
大理石で出来た壁にそんなスピードで衝突したコアがただで済むはずがない。
果たして、彼が投げたコアは音速を超えるスピードで壁に衝突したわけだが。
大理石の壁は、コアが衝突してから数マイクロ秒の間だけ運動エネルギーを受け止める事が出来た。
だが、それで全ての運動エネルギーを吸収しきれる筈はない。
吸収しきれなかった分の運動エネルギーはコアに向かっても作用して……
コアが壁に衝突してからわずか数マイクロ秒の間に運動エネルギーの全てが熱と光へと変わった。
どんっ!
コアが衝突した壁からは、衝撃波と… 火山の噴火にも似た光のかけらが噴き出した。残された壁には、すり鉢状の穴が開いている。
そして……
部屋に向かってきた石像は全部で30体。
その全てを破壊できるでしょうか……