幽霊の正体に気付いた俺
皇女サマの相手はホロンに任せるとして。
リ・スィ、どういうことなのか、順を追って教えてくれないか。
援軍が来るって… まさかお前たちの事… だよね?
あとは……
『そうですよ、サクマユウマ。この領域からの脱出を提案します』
そうかも知れないな。
とにかく魔法が使えないというのが辛いね。魔法の発動が誰かに邪魔されているような気がするんだ。それよか、あの幽霊がここにいる事の方が謎なんだが。
肉体から離れた魂魄ってのは、別の次元に行っちゃうものだと思ってたんだけどさ。そうしないと、遠からず消滅してしまうはずだ。
俺も細かい事は分からないけど、存在自体を維持できなくなるらしい。
リ・スィは何か知らないか?
『ナパーア星でも魂魄の研究をしていた時期がありますよ。
その結果、間違いなく質量を持った存在だという事は分かったのです。魂魄は単なる宗教上の概念などではありませんよ。
そのため魂魄は生命体の一種ではないかという仮説が立てられたのです』
それなら地球でも実例があるよ。人間は死ぬと、ほんの僅かだが体重が減るらしい。21グラムくらいだって聞いた事があるよ。
他の動物でも調べてみたんだが、そっちは上手くいかなかったらしい。
『それは測定方法が間違っているのですよ。肉体から魂魄が分離するタイミングは生物種によって違うのです。そして魂魄の質量もね』
魂魄については、後でゆっくり話すとして… リ・スィはあの幽霊が、間違いなくスカリット姫の魂魄だと言いたいのか?
でも魂魄はそれほど長い時間、この次元に留まっていられないぞ。
存在を維持するためのエネルギーが無いんだもん。
それに彼女が死んだのは夏の話じゃないか。
『自身の死を認識した場合は、すぐに別次元に移動しますよ。それがあなたの言う成仏という状態です。彼らはたまに… 年に数回のペースでこちらの次元に来る事がありますよ。滞在期間は、ほんの数日ですが……』
へぇ、ヤポネスでもお盆とか彼岸には先祖の霊が帰ってくると言われているよ。
そのために仏壇とか位牌… があるんだ。
そういう場所には、不思議な力が集まるらしい。
『魂魄が生命体の一種──精神生命体と仮定されているのは、その点です。
でも自身が死んだ事を認識していない、もしくは死亡したという事実を受け入れなかったら? 果たして成仏… するでしょうか』
あの幽霊は皇女サマで、死んだ事に気が付いていない?
だとすると拙いぞ。成仏できなかった魂魄は、悪霊化する事があるらしい。
もしくは妖怪になるか… だな。
この過程が正しければ、何となく話が見えてきたかな。
悪霊や妖怪がこの次元に留まるには、存在を維持するエネルギーが必要だ。
俺達が食事をするようなものだな。これにはいくつか方法があるんだが、いちばん手っ取り早いのは、生命エネルギーを …生き物の魂魄を捕食する事だ。
って、生き物って俺の事じゃないかよぅ……
『私もその仮説を支持します。そしてもうひとつ。ティアラとスカ・リトの魂魄の間にはリンクが認められます。間違いなくティアラはスカ・リトの一部です』
うげぇ!?
だから、あんな簡単に精神を支配されそうになったって訳か。やばいやばい。
すぐに外して… オッケ、取れたぞ……
これで何とかなる… かな?
──ユーマ! ティアラをとってはなりません! 早く身に着けて。
ティアラを外そうとした俺に皇女サマが… なんだか必死で言ってるっぽいけど、そんなの知るか。
ティアラは皇女サマの一部と化しているのが分かったんだ。
隙を見て、俺の精神を乗っ取ろうってか?
──違うのです。それは誤解ですから!
なんだって言うん…… うん? ……何の音だ?
頭からティアラをむしり取った俺は、奇妙な事に気が付いた。
ずしん…、がちん… そんな感じの音が… それも、かなり硬い音だ。
まるで岩がぶつかったり、こすれ合っているような音が聞こえるんだよ。
「かなり規則的なリズムを刻んでいるなぁ。時限装置でも仕掛けたか?」
──ねえユーマ、お願いだから早くティアラを!
「やかましいやい! その手には乗らないって言ってるだろ?」
たしかにこの音は気になるよ。
でもな、相手を不安にさせた上で言う事を聞かせるって方法は、基本的な外交テクニックだよなあ?
いかにも周辺国家を武力併合してきたゼムル帝国らしいやり方だぜ。
俺を召喚したのも、他国を侵略するための道具としての事だろ。
そして死ぬまで戦わされるって寸法だ。
証拠か? そんなのはあの召喚魔方陣をみれば、簡単に分かる事だ。
召喚魔方陣を描いたお前が、その内容を知らなかったなんて言わせないぞ。
いいか、お前はひとりの人間を誘拐したんだぞ。
それも侵略戦争のための使い捨ての道具としてなぁ!
──謝るから! それは謝るから、早くティアラを…… あああああっ!
何を必死こいてるんだよ、そんなに俺を… げえぇっ!
「……石像が… 歩いてる?」
部屋に入ってきたのは廊下に並べられていた、あの石像じゃないか。
それも、かなりの数…… もしも全部の石像が動き出したとしたら50体くらいはあるよね。あいつら何なんだよ……
石像に気が付いたホロンも皇女サマとの言い合いを止めると、俺の近くに移動してきた。リ・スィとホロンは、壺をリモートで動せるんだが現状では多勢に無勢という事に変わりはない。でもこれで50体3か……
『ねえねえ宿主さん。あれはリビングスタチュ… 仮初めの生命を与えらた石像だよ。これは… かなり拙い事になったかも』
心なしかホロンの声も震えているようだ。
たしかに状況は不利だよ。圧倒的にな。
だからと言って生き残る努力を放棄するようなマネは、俺が許さんからな?
こんな所で、死んでたまるかよ!
ダンジョン防衛に、動く石像は付きもの… だと思うのです。