亜空間のドールハウスと俺
気が付くと俺は、奇妙な空間… に浮かんでいた。
いや比喩でも何でもなく、ここは奇妙な空間としか説明がつかん。
壁や床があっても全てが白く塗り潰された…… いや、違うな。
俺の身体は半透明の… 乳白色をした霧の中に浮かんでいる。
遠くの方に曇りガラス… とはちょっと違うが、そんな感じの壁が見えるような気もする。壁の向こうに見える光点は星だとすれば… 言われてみれば宇宙天文台から送られてきた画像みたいだな。そいつが映画の1場面のようにゆっくりと動いているんだ。
なんとなく、どこかに流されて──のんびり川下りをしているような、そんな感じもするんだが… でも壁の向こう側の星が、すごい勢いで動いている。
ここまで来るとビックリとかパニックなんてのがどこかに行っちまったよ。
何と言ったら良いか、とにかく凄すぎてなぁ。
まるで夢を見てるとしか思えないんだ。
あとは…… 特撮とか… あ、そうだ!
そういや先週見た超古代の訪問者とか言う番組でこんな映像を見たな。
司会者が証拠として出してきた資料は、どこぞの大学で奴隷売買の歴史とか、新聞社のでっち上げ記事とは訳が違う。
世界史の教科書に出てくる『まとも』なモノばかりだ。
そいつを地質学的な分析とかの結果が考古学の定説と矛盾してたりしてな。
司会者が言っている事も一応の筋は通っていたから、毎回見てたんだ。
昨夜のは、人は死ぬと魂だけが遠く離れた別の惑星に送られ……
……って事はだよ。
まさか俺、死んだ?
あの時の頭痛やめまいは卒中の発作とか… だとしたらあの声は、なんだ?
……そんな事は後でもいいか。
とにかく、だ。俺の意識ははっきりしてるし、身体も──ざっとチェックしてみた限りでは骨折や怪我どころか、どこかをぶつけたという様子もない。それに身体も自由に動かせる。幸いにもパニクってどうこうと言うのもなく、冷静に辺りを見回すことが出来るようになってきた。
その上でもう一度辺りを見回してみる。
一体全体、ここはドコなんだろ?
今の俺は、変わり映えのしない奇妙な空間を音もなく漂っているらしい。
だが、流れがあると言う事は終わりもあると言う事だ……
……んっ?
──おおい、そこの地球人、聞こえるかぁ? 聞こえたらこっちゃこーい。
なななな何だ?
さっきまでの声と違って、今度はリアルに耳から聞こえたんだが。
ええと、どこから聞こえるんだろ…… ひょっとして、あれか?
声が聞こえてきた方に和室が浮いてる。
何というかな、まるで妹が大切にしているドールハウスっぽい感じだが、オモチャっぽい感じはしない。すんげーリアルだ。
まるで古民家から床と壁を取り出して持って来たって感じだな。
その縁側っぽい所に立っている人影が俺を呼んだんだと思うが、こっちゃこいと言われてもなぁ。俺は手がかりも何もない空間に浮かんでるだけなんだ。
それでも、和室との距離は少しづつ詰まってるか。
……でも、惜しいな。
水泳の要領で身体を動かしてはみたが、思うようには動けない… か。
少しだけ軌道が変わった気もするけど、この流れから抜け出すのは無理かな。
だからこのまま流れて行っても横を掠めるだけだ。
近づいたところで手を伸ばしても、かすりもしないだろう。
「ったく、最近の若者は手間ばかりかけさせおって……」
そう言うと縁側に立つ人影は、俺の方に向かって何かを放り投げた。
縄の1本も投げてくれたのかと思ったらなんだか様子が変だ。
縄の先がふわりと広がっていくじゃないか。
これは… ひょっとして投網かなんかか?
縁側にいた人物が投げた投網に絡めとられた俺は、ぐいっと引っ張られるままにドールハウスの方に引き寄せられて……
「おげぶっ」
和室に引き込まれたのはいいが、勢いあり過ぎだろ。
受け身をとるのが少しでも遅れたら、あの柱に激突していたところだ。
それにしてもこいつは太いな。1尺5分はありそうだ。こんなのは神社か寺院にでも行かなきゃお目にかかれん。
「大丈夫かな、お若いの。まあ、立ち話も難だな。こっちに座り給え」
器用に巻きとった投網を押し入れにしまい込んだ人物は、くるりと振り返るとちゃぶ台の向こうにどっかと座り込んだ。見たところヤポネス人の男性──見たところ60歳くらいかな。
「お前さんは見たところヤポネス人… ふむん、古武道の心得があるか」
おっさんは──面倒だな、とりあえずおっさんでいいか。
ジジイというほど老人ぽくもない… からなぁ。
でもさ、ここはドコ? おっさんは誰?
「お前さんは、異世界の誰かにに… 召喚されつつあるからなぁ」
それが、あの声という訳か。そう言えば地面が光ってたような気がしたけど、そいつが召喚用の魔方陣か何かかな。
ぼーっと、そんな事を考えているうちに、なんだか楽しくなってきたぞ。
だってさ、ラノベとかゲームに出てくる異世界召喚って奴だろ。
なんか面白そうじゃないか。
……って、違うか。
佐久間君ってば、おっさんに好かれる何かを持ってる?
ぷぷぷぷぷ。