美の基準に悩む俺
魔の森の南には、魔女の帽子みたいな形をした山がそびえている。
その麓に沿うように1本の街道が走っている。さすがに石畳で舗装されている立派なもので、10トントラックがすれ違う事が出来そうな幅もある。
石畳の風化具合を考えると、そこそこ古くからある道路なんだろうね。
このユクレイ街道と名前付けられた街道を通る奴らは、そこそこいるんじゃないかな。ここはゼムル帝国と都市国家を結ぶ重要な街道だもん。
ヤポネスにも古くから大きな町をつなぐ道路は○○街道って呼ばれてるけど、それとよく似ているかな。
「つまり、昔は都市国家の方が栄えていたという事になるんだろ」
『ユクレイって都市国家があるあたり一帯の名前らしいからねぇ……』
対地観測衛星の調子が良ければ、そっちの方も見る事が出来るけど、今は無理だから想像するしかないね。古城のおっさんがインストールしてくれた知識によれば、かなり広い範囲に、いくつかの都市国家が点在するだけのようだ。
強いて言うなら都市国家連合ってところかね。
そして砦の近くにある山がゼムル帝国と都市国家の国境線だから、いざ戦争になったら、ここが最前線という事になるんだろう。
ゼムル帝国からすれば前線司令部という扱いになるかな。
逆に言えば、ここを取られたらゼムル帝国を攻撃する時の橋頭保って事だ。
ある意味では重要な拠点という事になるんだが、そういう場所を放置する奴はいないだろうね。重要な街道のある国境線にある街なんか、そんなもんだ。
国境線の先にある都市国家が占領されて、重要性が薄れたとはいえ地形的な事を考えると放置も出来ない。
『もしかすると戦略上の重要拠点?』
『ホロンの推定を支持します。……そう考えるのが無難と思われますね』
俺もそう思うよ。だからこそ、なんだよね。
もしも偵察に来た誰かが砦の惨状を知れば、ここを根城にする可能性だってあるわけだ。もしかしたら帝国が砦の再建を考える可能性ってのも捨てきれん。
でも、どちらかと言うと都市国家が陥落した後に、その残存戦力や避難民がいる可能性の方が大きいかな。
それに帝国の兵士たちがやって来る可能性は否定できないんだ。都市国家を占領している部隊だって交代する事だってあるだろう。それ以前に出撃した部隊が本国と全く連絡を取らない事は不自然だ。そんな事は絶対にあり得ないぜ。
あとは補給とか占領軍を相手にする商人なんかもな。
『いわゆるホーレッソー…ですね?』
『リ・スィ、発音がちょっと違う。ホウレンソウね。報・連・相』
そういうこった。
俺たちが気付かなかったのは、そういう連中が軍用街道を使っていなかったからだと思うんだよね。森の近くにあるのは、あくまでも魔の森を攻略するための作業通路だもん。
砦の周りの地図を見れば、本来の街道は別にあるって事は分かるだろ。
つるつる洞窟の探検をした時に実際に見てみたんだが、けっこう頻繁に使われてるぞ。さいわい砦を気にする奴はいなかったみたいだけどな。
だけど、いくまでも… とは思えないよ。
「だから、砦に近づく奴がいれば、確実に見つけておきたいね』
『確実に発見できる可能性は、あまり高くないかも知れませんよ』
なんで?
この時期なら、間違いなく見つかると思うんだけどなぁ。
『地表にカムフラージュして接近されたら、発見は難しいですよ』
そう言う事か。たしかになぁ…… お出かけ服の素材だって、そういう視点から選んでもらってたのを忘れてたぜ。
どういう事だって? こいつは服の色を変える事が出来るんだよ。
基本色は白だけど、この時期なら冬季迷彩ってところだな。
『ねえねえ宿主さん。それなら砦に防犯システムも付けよう♪』
おっ? 面白そうな事を考え付いたじゃないか。
砦の中にあった建物は完全な廃墟だけど、外周部分… つまり外壁や門の部分には大した損害は出ていないんだ。
まともに立っている建物は祭祀場くらいのもんか。
だから、ちょっと派手な捕り物劇があっても問題は無い。
でも防犯システムって…… んっ、リ・スィ。どしたん?
『実に興味深いアイデアですね。倉庫区画に惑星探査用に設計されたロボットがありますから、それを使う事にしましょうか』
そっか…… コスーニは探査用の宇宙船だから、色々積んでるのは当たり前か。
じゃあ探査ロボットを番犬代わりにするのは悪くない考えかも知れないな。
そいつらがゼルカ星人が見た事も無いような『妙なヤツ』なら、なお良し!
「……むしろウエルカム!」
『それでは準備を始めますね。サクマユウマ。あなたは明日まで安静に』
なんでだよぅ。
こぶは引っ込んでるし、さっきの磁気共鳴診断でも問題は無かっただろ。
いや、風呂に入って寝たいだけなんだが拘束されたままだと、ちょっとなぁ。
風呂に入りたいから拘束を… ちょっと待てって… いやあぁああ!
……という事があってから2日。
俺は砦に来ているんだが…… すでにリ・スィの采配で、探査ロボットが運び込まれている。真夜中にザーラルを使って運び込んだそうだが、こういう時に空を飛べる乗り物は便利だね。
「で、これが探査ロボット?」
『そうですよ、サクマユウマ。可愛いでしょう?』
「何とも言い難いものがあるんだが……」
ナパーア星で当時流通していたのデジタルグラビア──あの手の円盤なら、地球にもあるだろ。画像集とかMVなんかと同じだよ。いわゆる美男美女がかわいい衣装を着てるやつ。あれのナパーア版だと思えばいい。
それだから、俺はナパーア星人の姿を知っているのさ。
連中の基準だと、探査ロボットは『良い筋肉をしているグラドル』って感じになるのかな。筋肉美がスゴい美形って、なんか矛盾している気もするな……
『ねえねえ宿主さん。これって……』
「言うなホロン。俺にも深海生物の美的感覚は理解できん!」
結論としてゼルカ星人がこいつらに歯が立たない事が分かれば良いんだ。
魔物に占拠された砦を取り戻せ! …なんて事にならなきゃいいんだが、その時はそれで面白そうだからオッケー!
とにかく今は守りに徹しなくちゃな。
海底に住んでいる生物と言うのは、変わった姿をしたものが多いですね。
でも、そう感じてしまうのは見慣れていないだけの事なのかも……