どこかに拉致られそうな俺
怪奇現象なんて、都市伝説だ、だからとにかく落ち着け、俺!
しかし暗い森の中で、たったひとつの光源は目の前の焚き火だ。
逆に、その光が届かないあたりってのは、闇が深いと感じてしまう。
だけどな、キャンプ場の周りにはちゃんと魔物除けの結界が張ってあるよ。
だから、怖い事なんか無いんだ。
こういう場所で、一番の敵は自分… だ。心の中に潜んでる暗闇に対する本能的な怖れというのがな。
だから、大丈夫、大丈夫なんだ。
だから、落ち着け、俺……
いやぁ、怪奇現象とか想像してたら、なんか急に怖くなってきたというか。
幽霊ぽいのに取り憑かれたら、どうなっちゃうんだろ。
結界は、そいつら防いでくれるかな……
ぼーっとそんな想像をしていた俺だったけど…
「ぬおおおっ!?」
いきなり、ぐらりと視界が傾いた。
身体が浮き上がるような浮遊感と、押し付けられるような重圧が交互に身体をもてあそぶ。でもこれは地震じゃない。
地鳴りもしなかったし、だいいち木の枝は揺れてない。
それに地震なら、もっと騒ぎになってもいいはずだ。
野生動物ってのは、危険に対しては敏感だ。人間が鈍すぎるのかも知れないけど、今はそんなのどうだっていい。
とにかく野生動物が騒いでいる様子はない。
ゆっくりと辺りを見回してみたが、木の枝にとまっているフクロウはのんびり辺りを見回してるだけだ。
空を見上げても野鳥の群れが飛んでるわけじゃない。
じゃあ、揺れているのは… 俺か!
「あれ?」
揺れる視界の中で何かがチカチカと光ってる。
視界がだんだん白く染まっていくなか、頭がズキリと傷む。この感覚は…
そうか、アレだ。熱中症の立ちくらみか……
そう言えば、ここに来る途中のバスで防災放送で熱射病警報が出てるような事を言ってたのを聞いたような気もする。
だが、少し空を見て急に視界を戻したぐらいでなさけねェ…
それに一向に立ちくらみは治りそうに無いぞ。
眩暈と痛みによって冷静に脳が働かない。
歪む視界と一緒に何処かに引き込まれそうになる意識を現実世界とつなぎとめているのは頭痛だ。
グラグラ…ゆらゆら…チカチカ…
いや待て。これは… ただの立ちくらみじゃ… ない!?
立ちくらみなら時々なりかけた事があるから分かる。爺さんや親父と古武道のの稽古をしていると、時として大汗かくからな。
でもな。立ちくらみなら、こんなに長くは続かない。
よくて30秒くらいで治まるもんだ。
「だとしたら、こいつは何… あれ?」
『ユーマ…… どこ……』
くそう、またあの『声』だ。
今度はマジで聞こえるじゃないか。
これだけ続けば、もうこいつは幻覚とか幻聴なんかじゃない。
くっそぉ… いったい何なんだよ、こいつは!
この感覚が、ただの立ちくらみじゃないと気が付いた途端に膝から力が抜けた。
というか、急に足の感覚が無くなりかかったような、そんな気分だ。
何なんだよ、何なんだよ、これは!
苛立ちを覚えながらも俺は歯を食いしばって。力の抜けた膝を立て直した。
が、めまいの発作に耐えられなかった俺は、近くの樹に背を預けると、ずるずると座り込んでしまった。
俺の周りを囲むように、地面から淡い光が滲みだしてきた。
最初は弱々しい光を放っていただけだったが、それは時間と共に輝きを増していく。そして、それは魔方陣のような……
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!
逃げろニゲロ逃げろニゲロ!
ありゃ魔方陣ぽい何か?
このままだと、何かヤバい事になるかも……
なるかも… じゃない。なるに決まってるだろ!
「くっそぉぉぉ!」
俺は背中に感じる木肌の感触を頼りに、強引に身体を立て直した。
すでに視界はチカチカとした無数の光の点で完全に埋めつくされている。
もう自分が立っているのか、座っているのかそんな簡単な事さえもわからない。
『……見つけた…… ユーマ…… 来て…… こっちに、来て……』
イ・ヤ・ダ!
……なんだよ、これ。
身体、動かないじゃないか。
なんでだよ、なんでこんな肝心な時に身体が動かなくなるんだよ。
このままじゃヤバいんだ。
ここから離れなくちゃ、マジでヤバいかも。
くそくそくそくそ、動け、動いてくれよぉ、俺の身体……
そんな半分パニくりかかった俺に止めを刺すかのように。
大きな眩暈の波が襲ってきた……
足元に光る魔方陣……
うん、これぞ王道、鉄板の状況ですかね。