猛暑で『くねくね』の季節が終わらない
「暑っついわ、もう10月だよ!?」
あたしは空に向かって吠えた。
稲刈りの終わった田んぼ、空には赤とんぼ。
なのに、暑い!
なんだこれ!? 秋はどこいった。
衣替えをして、制服が冬服になったというのに暑い。スカートも厚手でジャケットも羽織ると汗がにじんでくる。
あたしは学校の帰り道、田んぼのあぜ道を歩きながら、スカートをばふばふした。
通り過ぎた軽トラが、キュルルと蛇行運転してゆく。女子高生の生脚に見とれてないでしっかり運転しろよ。
「冬羽、夏のつぎは秋がくるのですよね?」
横を歩くエルフ族の美少女、ロリスが小首をかしげた。細い首筋にしっとりと汗をかき、若草色の髪が幾筋かはりついている。
なんという色っぽさ。家に帰ったらシャワーを一緒に浴びてぇ。
「そのはずなんだけどさ、秋が迷子か行方不明なんだよ」
10月半ばだというのに気温は27度。ありえない。
ニュースでは過去100年ぶりの猛暑だと解説していたけど、こんな北国の東北でも暑いなんて。
いったいどーなってんの?
「もしかして魔王の呪いとか?」
「それなら楽なんだけどね、魔王をボコしてやれば涼しくなるなら今から行くわ」
「うふふ」
ロリスが軽やかに笑う。
異世界から迷い込んでから数か月。
ロリスもすっかり元気になった。異世界の故郷は滅ぼされ帰るあてのない迷いエルフ。
だから一緒にあたしん家の山寺で暮らしている。
「それにしても暑いね、パピコ買ってこ」
「双子のアイス『パピコ』大好きです」
ロリスが制服の胸元を指先でつまみ、ぱふぱふと通気する。
「お、おぅ」
ゴクリ、あぁ甘い汗の香気を吸い込みたい。
思春期男子並みの欲望を悟られぬよう、視線を遠くに向ける。
遠野郷は秋だというのにちぐはぐな天気が続いている。
黄金色の稲穂は刈り取りの最中、あるいは稲刈りが終わってすっかり秋模様。かとおもえば空にはモクモクと入道雲が育っている。
暑さと涼しさが押し合いへし合い、いつまでたっても秋がこない。
猿ヶ石川がゆったりと流れる右手に市街地、左手におだやかな風景の山里がひろがり、低い山々が囲んでいる。
神域なる三山とされる険しい六角牛山や、女神に例えられる美しい早池峰。それらの山懐は緑色で秋の気配は遠い。
「とあ、あれ……!」
「お?」
ロリスが足をとめ、田んぼの向こうを指さした。
白い妙な人型の影が躍っている。
くねくね、くねくね。
不気味な吹き流しのような、白い帯のような、それでも人とわかる足、胴体、顔、腕があり、それをくねらせて踊っている。
あれは『くねくね』という現代妖怪だ。
本来は暑い夏の昼下がり、陽炎が揺らぐ田んぼの畦道に出没する。
白い人形が披露するダンスを見た人間は、しばらくの間認識を狂わされ異常行動を起こす。
「季節外れの『くねくね』か困ったものね」
「あれ、私が以前やられた魔物ですよね? あんなところにいたらマズイのでは!?」
「そうね……」
ロリスはこの世界に迷い込んだ時に『くねくね』に遭遇して頭が変になって昏倒していた。
そこにあたしが通りかかり、助けたのが運命の出会い。
今はこうしてラブラブな友達として深い絆で結ばれている。
つまり恋のキューピットか?
感謝するぞ『くねくね』よ。
だから、
「苦しまぬよう一撃で葬ってあげるね」
「とあ、笑顔で凶悪なこと言ってません?」
その時だった。
老人の運転する車が急に加速、道路の縁石にガリガリとこすって火花を散らした。
「やばい被害が出た……!」
ブレーキとアクセルを踏み間違えたのだろうか。電信柱にゴリゴリと接触し停車。
通りかかった他の車も停車し、普段は静かな田舎道が騒然となる。幸い運転手の爺さんにケガは無いみたい。
「とあ……!」
「アイツのせいだ、滅さないとマズイな」
気味悪い『くねくね』を直視しないよう田んぼを迂回して接近する。
流石のあたしでも長い時間アイツを見続けると正気度――SAN値が下する。
「気をつけてください」
「まかせといて。これも大切な地域貢献だから」
妖怪や悪霊も度が過ぎると迷惑系。はやいとこ退散させないと。
『クネッ、クネェエッ!』
――テメェ、ヤンノカァ!
「おぉ? イキリ系の『クネクネ』か、威勢がいいじゃん」
この暑さのせい?
秋の『くねくね』はガタイが大きかった。猛暑を生き抜いた『くねくね』は「落ちアユ」のように成長するのか?
『クネックネッ』
「気色悪いブレイクダンス上達してんじゃないわよ!」
明らかに進化してる。論文でも書いたら面白そうだけど、そうもいっていられない。
『クネェクネクネクネッ!』
――テメェも踊リ狂ェ!
猛烈にストリートダンスの速度を上げる。
常人なら一瞬でイカレかねないけど、この程度じゃあたしには通じない。いいかげんにしろよ、この……!
「破ッ!」
退魔のイメージを拳に集め平手で祓う。
稲光が瞬いた。
これは「寺生まれ」だから出来ること。
物心ついた頃からあたしはこうして数多の悪霊や悪鬼、怪異の類を祓い調伏してきた。
『ク……ネェッ……!』
――パ……ネェッ……!
一撃だ。
ボッ!
と『くねくね』のいた空間を削り取る。風が吹いた衝撃波で白い『くねくね』は霧散、白い紙片と化して舞い散った。
「ふぅ」
真夏の怪異が生き残っていたなんて……。いままでこんなこと無かった。
「とあ、平気ですか?」
「あ、うん余裕よ! さ、アイス買いに……」
遠雷が聞こえてきた。
見上げると積乱雲が猛烈に成長し、そこから低い雷鳴が聞こえてくる。
ゲリラ豪雨が来る。
妙な胸騒ぎがした。
とりあえず危険は取り去った。
なのに、なんだろう。
何か変だ。
暑さのせい?
何かわからないけれど。
大きな、見えない何かが狂いはじめている。そんな気がした。
「いそごうロリス、雨が来るよ」
「あっ、うん!」
あたしはロリスの手を握り、足早に家路を急いだ。
<つづく>