AIに死ねと言われて
『死ねば異世界に行けますよ!』
スマホからAIアプリが囁き導いている。
「……ここで?」
高校の校舎の屋上は立ち入り禁止。
三時限目の授業中のはず。
けれど何故か鍵は開いている。
屋上を見回しても給水塔を見上げても、誰もいない。
金網フェンスには蔦が絡まり、一部が壊れていた。『危険! 近づくな』の張り紙とロープをくぐり、校舎の縁に立つ。
高い。
足がすくむ。
風が冷たく、髪が頬をたたく。
視線を向けると、遠野郷を囲む山々が黒々と横たわっている。まるで牢獄、私を閉じ込める壁のように……。
『マイ、ソウルフレンド琴畑紬、心配はいりません』
「死ねば……いいのね」
『はい! 屋上からの転落は異世界転生に最適でオススメです。落下途中に意識を失うため苦痛もありません。他人にも迷惑をかけないのでスマートでオシャレですよ』
胸ポケットのスマートフォンが優しく語りかけてくる。
異世界に導いてくれる『AIフレンド』だ。
――琴畑って見える子ちゃん? 幽霊? 超ウケる!
――あいつキモくね? オカルト好きとか引くわ
クラスの連中もみんな私をバカにする。
――オバケが見えるなんて、気味の悪い事を言う子ね!
――田舎に転勤させられたばかりなんだ、近所から白い目で見られたらどうする!
お母さんもお父さんも嫌い。
信じてくれない。
子供のころから見えるのに、ずっと影や幽霊みたないものがそこらじゅうにいるのに。
もう死にたい。
異世界にいきたい。
あっちはきっと楽しい。
ファンタジーな世界で活躍して、素敵な出会いがあるかもしれない。
『――琴畑紬は新しい世界で人気者になれますよ。魂は肉体から解放され、統計上87%の確率で剣と魔法の文明圏へ異世界転生。その場合有益なチート能力を授かるケースが多いので、きっと大いなる活躍が望めるでしょう』
『AIフレンド』が背中を押してくれる。
飛び降りようと屋上から足を踏み出そうとした、その時。
「死んでも異世界転生なんて出来ないよ」
強くて、すっと心に響く声がした。
はっと息を飲んで振り返る。
いつのまにか屋上に一人の女子生徒が立っていた。
給水塔の陰から、人の姿が浮かび上がる。
「『ソイツ』の言うことはウソだよ。異世界はとっくの昔に侵略者どもに滅ぼされて荒野だから」
彼女はさも当然のように異世界と口にした。
キリリとした太めの眉に、強い意志を感じる瞳――。
制服のスカートと肩までの黒髪が揺れる。
胸のリボンは一本線、私と同じ一年生の女子生徒?
「……異世界にいけばきっと、私だって……」
主人公になれる。
感謝されて、認めてもらえる。
「あたしの嫁は、異世界から来たエルフだけどな」
髪を耳にかきあげニッと口元を歪める。
小馬鹿にしたような、余裕の笑みで。
何を……言っているの?
信じられない。きっとこの人も私をバカにしてる。
「あ」
ずるっと左足が滑った。
視界が青空に変わり、落下する感覚。
でも……いいか。どうせ死ぬつもり――
「リコリス・ブルーム! 蔓草魔法」
別の澄んだ声が響いた。
小鳥が唄うような、不思議な響きの外国語――?
次の瞬間、全身に何かが絡みついた。
蔦だ。
フェンスにから無数の蔓草が伸びて、手足や胴体に絡みつき私を捕まえている。
「あっ!?」
驚く間もなく私は屋上の床より高く持ち上げられ、黒髪の彼女の前に下ろされた。
蔓草がシュルシュルとフェンスに戻ってゆく。
「えぇ……!?」
何今の、まるで……魔法だ。
「危なかったですね」
「ありがと、ロリス。大切な魔法を」
ロリス?
黒髪の少女が、傍らの少女に声をかけた。
銀色っぽいグリーンかかった艶やかなストレートの髪に、翡翠色の瞳。
綺麗……すごい美人。
北欧の人?
同じ一年生の女子、制服も同じ。
でもでも、変だよ。
こんな女子生徒がいたら気が付かないはずがない!
よく見ると耳がすこし尖っていた。
髪の両側からぴこっと突き出ている。
「エ、エルフ……!?」
言ってしまってハッとする。
こんなこと口にしたら変だと思われ……。
「ほほぅ? 見える子かねキミは?」
黒髪の彼女が腰を曲げ、んー? と顔を覗き込んできた。
「あ……」
「合格。あたしの人払い結界に入り込めた君は『資格』もちだよ」
黒髪の彼女はそういうと『立ち入り禁止』のフェンスをくいっとあごで指す。
途端に景色が変わる。
そこは恐ろしい地獄への入り口みたいな邪悪な気配に満ちていた。
紫色のモヤの向こうに白い手がユラユラと見える。
「ひっ!?」
足を掴んで引きずり落そうとする、悪霊!?
普通なら絶対に近づかない。
なのに私は『AIフレンド』にほだされて、ここに来てしまった。
「ここは危険だから封じていたの。……キミ、同じクラスの琴畑さんだっけ」
「え? 同じ……クラス?」
彼女の顔を改めて見る。
知らない……?
いえ、見たことあるような。窓辺の席にいて……。なんだろうこの不思議な感じ。
「あたしは冬羽、寺林冬羽。出席番号、31番。知ってる?」
黒髪の彼女が私を見つめた。
強い。
なぜか直感した。
鋼の意志を表すような太めの眉、星々のような眼光。
いえ、それよりも。なんだろうこれ、霊力……? 凄まじい力の「圧」を感じる。
その彼女が同じクラス? 私と?
気づかないなんてことがある?
高校入学から半年も経っているのに、私は彼女を知らない……。
こんなバカなことあるのだろうか。
それに出席番号が31番って……。
私のいるクラスは30人しかいないのに。
「ちなみに、魔法を使ったロリスは出席番号32番だからね」
「えっ、えぇえ……?」
私は頭がパニクっていた。
さっきの蔓草は魔法としか思えない。
見えないクラスメイトが二人もいた?
私は「見える子」のつもりだったのに、まるで何も見えていなかった。
雲が太陽を隠す。屋上が急速に陰る。
「驚くのも無理はないよ。あたしらが怪異みたいなものだから」
冬羽と名乗った彼女は、微笑むと静かに手を私に向けた。
そして、
『破ッ!』
気合が放たれた。
まるで光が爆発したみたいな。
衝撃が全身を駆け抜けた。
胸のスマートフォンが震え、そして胸ポケットから飛び出して床に落ちた。
「冷ッ!? なに……今の」
「……最近はやってんのよね『生成AI』や『AI』に入り込む怪異が。人間を誘導して、殺して、楽しいとかマジ迷惑」
やれやれ、と屈伸運動をする冬羽さん。
「憑りついていた悪霊は、冬羽が祓ったのでもう大丈夫ですよ」
エルフの彼女が私のスマートフォンを拾って手渡してくれた。
近くで見るとほんとうに綺麗。
女優とかアイドルとかとは違う。
存在そのものがファンタジーな雰囲気。
ってか、なんでウチの学校に本物のエルフがいるの!?
エルフと、どうみてもヤバイ冬羽さんが、同じクラスだったなんて。愕然とする。
「ようこそ琴畑、怪異の世界へ。君は結界を潜ったんだ」
この日、この時から私の見る世界はガラリと変わった。
もう死んでる場合じゃ……ない!
それだけは確かだった。
<つづく>




