終戦歴1214年五ノ月六日 ルーク=バラン 下
終戦歴1214年五ノ月六日 ルーク=バラン 下
「「新発見の迷宮!?」」
「“名”が判明していないという事は、どの神が創造したかも分かっていない……ということですか?」
ルークとラジイルが揃って驚きの声を上げるなか、ルシラは一人冷静に質問した。
「ああ、そうだ。何処の教団にも“神託”が無かったことから、新たに産まれた神か、邪神によって創られた迷宮だとギルドは考えている。まぁ聞くところによると、モルズ領では邪神信仰の隠れ教団が居るらしいから、十中八九後者だろうがな」
邪神信仰や隠れ教団と言う単語を聞き、ルシラは眉を顰めた。一応、彼らの住むケトロンティア王国において、邪教の布教や宗教施設の建設は違法だが、邪神信仰そのものは違法と言うわけではない。
もともと邪教の弾劾は、神話大戦を経て疲弊した王国が、残党勢力の自然消滅を狙って行った政策だ。そもそも邪神は神話大戦で敗北した神々であり、殆どが消滅するか数百年単位の休眠が必要な重症を負っており、とても信者達に恩寵を与えられるような状態ではない。信仰が拡大することで、負傷・休眠した神が蘇ることを防ぐだけで、教団は自然と離散していくのだ。
一部の狂信的な信者達を過度に追い詰めて破れかぶれの特攻に走らせず、復興を優先するための法であり、敗残兵を根切りにするための制度ではない。戦後百五十年も過ぎた現在では、形ばかりが残る法律となっている。
それでも、敬虔なる『神風』信徒であるシルラとしては、かつて大陸どころか天空さえも海に飲み込まんとした、傲慢なる海洋神群に対して良い印象を持っていなかった。
「まぁ、聖職者としては邪神信者に対して思うことがあるのはわかるが、そこまで気にする必要はないと思うぜ。その教団は地元民に人気があるらしいから、そこまで悪どい連中じゃ無いだろう。モルズ領の治安が悪いって話も聞かないしな。それに、そもそも『神風』様は、今更邪神だ何だのを気にする様な方じゃないだろ?」
「確かにそうですけど……」
シルラとしても、自由気ままな幼子の様な気質を持つ『高原を疾走る神風』が、百五十年前の敵味方等を未だに意識しているとは思わない。しかし、他の天空神群に対しても篤い敬意を抱いているルシラにはやはり邪神信者には複雑な思いを抱かざるを得なかった。
しかし、それはオキセントに言っても仕方の無いことであり、それ以上の言葉を紡ぐことはしなかった。
代わりに、次はラジイルが質問をした。
「確かにモルズ領なら俺達の貯えでも行けるでしょうけど、見つかったばかりの迷宮で仕事なんてあるんでしょうか?」
「それはまあ、問題ないだろう。新規の迷宮は分からないことばかりだからな。迷宮の地形や罠、出現する魔物の種類に頻度、どんな情報でも金になる」
「でもそんなの、先に入った領主の軍や調査隊がとっくに調べてるんじゃ……?」
「確かによほど深い区画じゃなけりゃ、誰かが先に調査しているだろう。だけど、若い迷宮ってのは地形や魔物の種類が頻繁に変化するんだ。だからギルドは調査済みのエリアにも頻繁に調査依頼を出すし、“変化無し”って報告にも報酬を出す。浅い階層しか潜れなくても、仕事は十分にあると思うぜ」
調査依頼は討伐依頼や採取依頼よりも報酬が高いしな、っとオキセントは付け加えて言った。
「でも、オキセントさん。それって情報に無い魔物や罠なんかと遭遇する可能性が高くて危険ってことじゃないですか?」
ルークは、防衛戦で初めて遭遇したオークの上位種との戦闘を――未知のスキルや予想外の行動を警戒しながら戦う恐ろしさを思い出しなから尋ねた。
「まぁそうだが、迷宮のイレギュラーに遭遇して死ぬなら冒険者として本望だろ?」
「あ、はい、ソウデスネ……」
冗談としか思えない答えを真顔で答えるオキセントに、ルーク達は『そうだ、この人良い人だけど狂人なんだった』と失礼なことを考えながら顔を引き攣らせた。
三人はオキセントが冗談の類を言っている訳では無いと良く知っている。彼の迷宮論に下手な返しをすると、迷宮の良さだの彼が駆け出しの頃に迷い込んだという“次元の狭間”だのに付いて、早口で永遠と語られ続けるのだ。
オキセントのパーティーメンバーからも「オキセントがアホなこと抜かしてる時は適当に『ソウデスネー』とか言って流しとけ」とアドバイスされるほどだ。
「それに、真の意味で未知の無い迷宮なんて存在しないさ。長年安定していると言われてきた『百獣草原』だって侵攻を起こした。次は君らが迷宮に潜っているときに侵攻が起きるかもしれない。そう考えれば、リスクは何処も同じようなもんさ」
「確かに、それはそうですけど……」
「今まで散々、慎重に行動しろだの事前の情報収集を忘れるなだのと言ってきた事とは矛盾するが、冒険者として“本当の冒険”をするときには自ら危険に飛び込む必要がある。勿論無茶な迷宮行に出ろって言ってる訳じゃないぞ。ただ、今回の新迷宮はお前達の“身の丈にあった冒険”だと俺は見ている」
尻込みしているルークに対し、オキセントは優しげに言った。そして今度はラジイルとルシラの方を向き、モルズ領へ移転するメリットを挙げた。
「モルズ領はこれから迷宮を抱える領地として発展するだろうから、冒険者目当ての商人が集まってくるはずだ。そのときに市場を巡れば、掘出し物の武具や魔道具を見つけられるかも知れないぜ。それに、一緒にモルズ領に移れば、今まで通り色々アドバイスしてやれるしな」
「なるほど……」
「確かに、オキセントさん達に教えてもらいたいことは、まだまだたくさん有りますしね」
二人はそれぞれ考えながら、チラリとルークを見た。その様子を見てオキセントは席を立った。
「ま、後は三人で話し合ってくれ。俺達のパーティーは、『百獣草原』の中層から深層の調査依頼をギルドに指名されているから、モルズ領に行くのは三週間後くらいになる。それまで待ってから答えを出してもいいし、先にお前達だけでモルズ領に移っても良い。勿論バルハーに残っても、別の街に移っても良い。冒険者は自由だからな」
そう言い残してオキセントは席を離れて行った。
「それで、どうするんだルーク。俺は行ってみてもいいと思うが」
暫しの沈黙の後、ラジイルは口を開きルークに尋ねた。
元々、ルーク達三人の中ではリーダーなどは決めておらず、強いて言えば他二人よりは少しだけ“狩り”の経験が有ったラジイルが仕切る事が多かったのだが、ルークの縁によってオキセントに指導やアドバイスを貰うようになってからは、自然とルークがパーティリーダーとなっていた。
「そうだな……ルシラはどう思う?」
「私もラジイルの意見に賛成かな。オキセントさんが身の丈に合ってるって言うからには、そこまでレベルの高い魔物が出る訳でも無さそうだし、他の冒険者が少ないうちに行けば、いい依頼も取りやすいと思うし」
「話に出てた“隠れ教団”に付いては大丈夫?」
ルークは敢えて邪教や邪神と言う言葉を使わずに尋ねた。
「うん、大丈夫。冒険者ギルドが知ってるなら、教会もその教団の存在は把握しているはず。それなのに教会が動いてないってことは、討伐の『神託』が下されなかったってことだと思う。多分もう、神様たちにとっては“時効”ってことなんじゃないかな?だから、私からその教団に敵対することは無いよ。……仲良くはできないかもしれないけど」
ルシラの答えに、「そうか」とだけ返し、ルークは考え込んだ。
装備の更新を考える三人にとって、稼げる仕事と良い装備を入手できる機会は願ってもないものだ。未探索部分の多い迷宮に潜る危険性を考慮しても、移動する方がメリットが大きいと、ルークもまた考えていた。
「よし、わかった。それじゃあ挑戦してみよう。モルズ領の新迷宮に!」
こうして、新進気鋭の三人の冒険者達が、【深海への入り口】の探索に乗り出した。
「【百獣の眠る草原】」…【百獣の頭を持つ戦神】と言う神によって創造られた“異界型”の迷宮。百年以上の歴史を誇る大迷宮であり、強力な魔獣種の魔物が多数出現する。因みに今回魔物の侵攻を起こしたのは、【空と海を統べる青】が裏から手を回したからだったりする。
「【百獣の頭を持つ戦神】」…かつては【獅子の頭を持つ戦神】という神だったが、第三次神話大戦で頭部を失い死に瀕していたとき、彼の従属神だった百柱の獣系の神々が、自らの頭を切り落とし移植することで【百獣の頭を持つ戦神】として蘇った。自分の頭を落とした神への復讐を誓っており、その為の味方集めをしている。
「“根深き探索者”」…オキセントが率いるA級冒険者パーティー。『探索者』『狩人』『魔術師』『学者』の四人で構成されている。素の戦闘能力はB級相当だが、迷宮に関する高い知識と豊富な経験を持っており、スキルや装備も迷宮攻略に特化している。




