終戦歴1214年四ノ月二十六日 モーキフ=ドゥーエ
ストックが少なくなってきたので、暫く更新停止となります
終戦歴1214年四ノ月二十六日 モーキフ=ドゥーエ
日が沈み、一日の仕事を終えた職人や商人が酒場に繰り出し、ある意味昼間以上に騒がしくなる時刻。モルズ領軍一番隊隊長モーキフ=ドゥーエは、モルズ男爵家の次男にして魔術師でもある、ジーセン=モルズと共に領都トトキクに到着した。
本来であれば、新たに発見したまだ名前も分かっていない迷宮の調査を行っていた所であったが、予想外の「戦利品」を獲得することができたため、急遽「戦利品」とともに帰還したのだ。
僅か十数日の間にトトキクと迷宮島を二往復もする羽目になったモーキフとしては、直ぐにでも自宅のベッドで横になりたい所であったが、そういうわけにもいかず、休む間もなく領主の館に向かった。
館の使用人に早すぎる帰還を驚かれながらも、領主への取次を頼むと、夜間であるにも関わらず直ぐに領主の下まで案内された。それ程までに、モルズ家にとって新迷宮の調査は重要案件なのであった。
「夜分遅くに申し訳ありません、お館様。若様とハガル様も、このような時間に失礼します」
案内された部屋には、モルズ男爵の他に二人の若い男が座っていた。モルズ家の長男であり、男爵家を継ぐべく父親の下で領地経営を学んでいるビクルト=モルズと、三番隊の副隊長を務めているモルズ家三男のハガル=モルズだ。
迷宮案件には他にも多く役人が関わっているが、彼らは既に帰宅した後なのだろう。明日も同じ報告をする必要がありそうだ、とモーキフは内心でため息を付いた。
「いや、構わんよ。そなた達が予定を早めて帰還したのは、何か重要な報告があってのことなのだろう?」
「はい!そうなんですよ父上!こちらを見てください!」
モルズ男爵の問いに、ジーセンが抱えていた袋から大きな“卵”を取り出し、興奮した様子でそれを見せた。
「なんだよこのデカい卵は。魔物の卵か?これが迷宮の財宝だって言うのかよ、ジーセン兄ぃ」
「ああそうさ、ハガル。これは正しく財宝なんだよ!」
「もしやジーセン、これは【竜の卵】か?」
ビクルトの言葉に男爵とハガルは驚いた様に顔を上げ、確かめるようにジーセンを見た。
「はい、その通りです兄上。これは【竜の卵】なのです」
【竜の卵】とは、育成環境によって異なる種類のドラゴンが産まれる特殊な卵だ。ドラゴンは幼体の頃から育てれば手懐けることが可能であり、非常に強力な戦力として用いることができる。
しかし、竜種の魔物の殆どが中級以上であるため、人域で飼育することは難しい。「魔石」を大量に用意することのできる王族や上位貴族、もしくはドラゴンを飼えるほどの広さの神殿を持つ教団しかドラゴンを保有することはできない。
そのため、平民や下級貴族には縁遠い物なのだが、ドラゴンのネームバリューと、保有者がステータスとして自慢することが多いことから、【竜の卵】の名前だけは良く知られている。
「【竜の卵】ってマジかよ!?んじゃあ、ジーセン兄ぃ達は竜の巣に忍び込んで来たってことか!?」
「いや、流石にそんな危ないことはしないよ。これは迷宮の奥の部屋に置かれていたんだ」
そう言ってジーセンは【竜の卵】を発見した状況を詳しく説明した。
「なるほど、確かにこれ程の物が手に入ったとあれば下手な者には任せられんな。ジーセン、そしてモーキフよ、良くぞ【竜の卵】を持ち帰ってくれた。迷宮調査隊には報奨を出そう」
「はっ!ありがとうございますお館様。部下達もより一層奮起することでしょう」
そう言ってモーキフは深く頭を下げた。これが、モーキフがわざわざ迷宮島から戻ってきた理由だった。この世界において、手柄を主張し正当な報奨を受け取ることは部隊を率いる者の重要な仕事の一つであり、余程の理由がなければ代理人に任せることはできない。
多少の手柄であれば定期報告で済ませ、正式な報告はまとまった成果を上げてからでもよいのだが、【竜の卵】程の財宝を入手したとあればそういう訳にもいかない。そして、ある程度まとまった報奨が出るとなれば、命を懸けて戦った部下達のためにも、隊長が直接出向いて報告を上げるのは当たり前のことであった。
その後、モーキフとジーセンは【竜の卵】以外の調査結果を報告した。前回の迷宮調査から部屋二つしか進んでいないため、モーキフが報告できるのは迷宮の深部でサハギンの「亜種」と思われる魔物と遭遇したことのみだが、ジーセンの方は【魔力感知】のスキルによって、いくつかの新情報を得ることができていた。
まず、迷宮内や迷宮島に魔術的な罠や仕掛けは存在しないこと。冒険者ギルドから提供された情報によると、迷宮の仕掛けの殆どは「奇跡」由来のものであり解除や停止させることはできない。しかし、稀に魔術仕掛けの物もあり、そちらは解呪可能である、とのことだったので、念の為調査したのだ。
迷宮外も調べたのは、これも冒険者ギルドからの情報で、成長した迷宮は迷宮周辺の空間さえも己の領域として支配する場合がある、と聞いたためだ。
また、迷宮内に「魔石」の反応は無く、現状「魔石鉱山」としての価値は無いこともジーセンの魔力捜査によって判明した。
「魔石」とは、石が魔化し魔素を内包したもので、割ると内包した魔素を放出させることができる。人類が魔素に直接干渉できる数少ない方法の一つだ。魔石を使えば意図的に高魔素濃度空間を作ることができ、安全にレベルアップや魔化を行うことができる。
取り出せる魔素量はそれほど多くないが、元がただの石であるため、魔境や迷宮では文字通り山の様に採掘することができる。
魔石を一箇所に集めすぎると、魔素の気配に誘われた魔物が集まってくるという問題もあるが、この世界では非常に重要な資源とされていた。
現状では魔石が取れないと聞き、モルズ男爵は肩を落としたが、魔素濃度からして迷宮の壁が魔石化するのも時間の問題だろうと気を取り直した。
「以上で報告は終わりです」
「なるほど、二人共ご苦労だったな。すまないが、明日今ここに居ない者たちも含めて改めて会議を開く。お前たちもそれに参加してくれ」
「はっ、承知しました。ところでお館様、冒険者ギルドの調査隊はまだ揃わないのでしょうか?」
「ああ、残念ながらもう少し時間がかかるようだ。カーテス子爵領の迷宮で小規模な魔物の侵攻が起きたらしくてな。冒険者もギルド職員もすぐには寄越せないそうだ」
モルズ男爵は、冒険者ギルドに対し、新たに発生した迷宮の情報を渡し、冒険者ギルドの拡張を要求していた。
冒険者ギルドとしても、迷宮の発生は新たな商機と同意義であり、男爵の要請を快諾した。更に、迷宮に関する専門知識を持った冒険者とギルド職員からなる「調査隊」を派遣することを約束していた。
しかし、折り悪く近くの別の迷宮で魔物の侵攻が発生し、調査隊の派遣が遅れていた。
「でしたら父上、街の神官に頼んで、迷宮の“名前”だけでも先に調べておきませんか?正式な“名”が判明していた方が、冒険者を呼び込みやすいでしょうし」
そうビクルトが提案した。この世界において、迷宮は自然発生するものではなく、神々が創造するものである。そのため、魔境と違い正式な“名前”が最初からついているのだ。
別に人間側が勝手に別称を付けても良いのだが、名前が複数あるとややこしいので、基本的には正式な名前で呼ぶことが慣習となっていた。
迷宮の名前は【交信】や【神託】といった、信仰系スキルを持っている者であれば、信仰している神に関係なく読み取ることができる。
本来であれば、ギルドの調査隊に調べてもらう予定であったが、トトキクの教会にいる神官も低位の信仰系スキルならば持っているため、そちらに頼むこともできる。余計な御布施がかかるが、迷宮に冒険者や商人を呼び込むのなら、名前くらいはさっさと調べておいたほうが都合がいい。
「……そうだな。ビクルトの案を採用しよう。迷宮の“名”はこちらで調査する。そして、“名”が判明し次第、迷宮を一般解放することとしよう」
モルズ男爵はそう告げた。
「いいのかよ親父。まだ【竜の卵】みてぇな宝があるかもしれないんだぜ?」
「構わん。元々迷宮と軍隊は相性が良くない。迷宮探索専門の特殊部隊でも作らねば、すぐに行き詰まる。それに、財宝に頼らずとも迷宮は多大な利益を生み出す。あるかどうかわからぬ財宝を求めて兵を送り込むよりも、冒険者や商人に稼がせてそこから税を得たほうが確実だ」
現状、モルズ領の迷宮がどの程度“稼げる迷宮”であるかはわからないが、最低でも魔石鉱山と訓練場としての価値はある。確実な利益が望める優良な投資先であることは間違い無い。
今優先すべきは財宝探しではなく、領内の経済の発展であると男爵は判断した。
「しかしそうなると、“恐れ知らず”どもがどう動くか……ですね。あの迷宮は明らかに『海洋神』系の神によって創られたものですし、“軍事施設”ではなく“修練場”タイプの迷宮です。もし迷宮の創造主が“恐れ知らず”どもの信仰する神であったり、“恐れ知らず”どもが改宗して迷宮の創造主の信徒になると、かなり厄介な事になるかと……」
「そうだな。ジーセンの言う通り、今以上に手を付けられなくなる恐れがある。だがしかし奴らに関してはもう手遅れなのだ。軍事的にも名分的にも奴らに手を出すことはできない。今まで通り野放しにする他無い」
男爵は諦めた様にいった。“恐れ知らず”こと『青海の神』の信者達は、表向きには『青友会』と言う名の冒険者血盟を名乗っている。
モルズ男爵家が長年野放しにしてきたために、今ではかなりあけすけに布教などを行っているが、それでも建前上は真当な冒険者である以上、『青友会』だけを迷宮から遠ざけることはできない。
そして「『青友会』は邪教を布教する違法団体である」と検挙することもできない。そうすれば、「何故今まで領内でその違法団体を野放しにしていたのか」と他の貴族家から攻撃を受けることになるからだ。
今までは弱小貴族家の醜聞など誰も気にしなかったが、迷宮によってそれなりに「利益を産む土地」となれば、そういった“失点”を突きに来る輩が現れるようになる。『青友会』が何かしらの新しい“尻尾”を出さない限り、彼らを吊るし上げることはできないのだ。
そして何より、『青友会』はモルズ領軍より強い。陸地ならばまだしも、海上においては圧倒的な戦力差があり、迷宮島を防衛することなどできない。『青友会』が本気で迷宮を目指せば、それを止める術はないのだ。
そのため、モルズ男爵はこれまで通り、“恐れ知らず”どもに関しては今まで同様“見て見ぬ振り”を貫くことにした。どうせ今後迷宮島や、その最寄りの村であるゾイル村が発展していけば、裏社会の住人だの冒険者崩れだの他貴族家の密偵だのといった、排除しきれない程の無法者達が湧いてくるのだ。
その無法者集団が一つ増えるだけのこと、と男爵は割り切ることにした。
この判断に領軍に所属するモーキフとハガルの二人は顔を歪めたが、実際【死の海域】でレベリングと実戦経験を積んでいる“恐れ知らず”どもに対抗できるとは思えず、反論を述べることはできなかった。
その後、具体的な方針は明日の会議で話し合う、ということになり、迷宮調査隊の臨時報告会は終了した。
「第一次神話大戦」…開戦日不明〜終戦歴元年。神々が数多くの「属性」派閥に別れて戦った大戦。派閥が多かったため世界全土で激しい争乱が起き、大戦以前の文明や歴史が殆ど喪失した。そのため現在ではこの大戦を“第一次”神話大戦とし、その終戦日を「終戦歴」の元年とした。
「第二次神話大戦」…終戦歴602年〜689年。「人型神」派閥と「異形神」派閥の二つが争いあった大戦。第一次神話大戦とは逆に派閥数が少なかったため、戦場とならなかった土地も多かったが、戦地では激しい総力戦が行われ、終戦後も人類種族間に深い確執を残した。
「第三次神話大戦」…終戦歴998年〜1056年。「天空神」派閥、「大地神」派閥、「海洋神」派閥の三派閥による三つ巴の大戦。天空神派閥が海洋神派閥を打ち倒したところで大地神派閥と和睦し終戦。海洋神派閥の一人負けの様な形となったが、天空神派閥と大地神派閥も激しく疲弊し、復興には長い時間がかかることになった。




