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魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~  作者: 紗沙
第4章 魔王の影を払う少女

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第86話 止まらない過去の幻影

 エリシアに案内されたバランの宿はレオ達の使っていた宿から少し離れた位置にあった。

 街を北上してやや大きめの宿屋へと入ったエリシアはそのまま受付に話をすることもなく階段を上り、奥の部屋を目指し始める。

 おそらく何度か来たことがあるのだろう、その足取りには迷いがまるでなかった。


 一番奥の部屋に入ったエリシアに続いて扉をくぐれば、部屋の中には心配していた人物が横たわっていた。

 レオはこの宿屋に来る前から、嫌な予感がしていた。


「悪いなレオ、心配かけて」


 しかしその予感は良い意味で裏切られてくれたようだ。

 バランはベッドに横になっているものの上体を起こしていて、命に別状はなさそうだった。

 だが全くの無事というわけでもなく、体の至る所に包帯が巻かれていて、さらに右腕は折れているのか布で吊られている状態だった。

 そんな状態でも左手を上げてくれる姿が痛々しい。


「なんとか相手の腕の一本を斬り飛ばしはしたんだが、代わりに右腕を折られちまった。

 俺としては良い交換だが、大切なものを傷つけられているから負けかな」


 そう自虐的に微笑んだバランの隣のベッドには、彼お付きのメイドが安らかな表情で眠りについていた。

 彼女もバラン同様、いやそれ以上に傷ついていて、治療の痕が痛々しい。


「最後の最後で間違えて押し付けすぎてしまった……悔しくてやりきれないよ」


 左手を握り締め、ベッドを殴りつけるバラン。

 その拳は震えていて、大切な人に負担をかけてしまった不甲斐なさを痛感していることが痛いくらいに伝わってきた。


「……バラン、お前を襲った魔物について詳しく聞かせてくれ」


 そんなバランの無念を晴らすために、静かな声音でレオは語り掛ける。

 バランはゆっくりと息を吐き、そして顔を上げた。


「黒い布に身を包んだ、フードの中の顔が見えない暗殺者だ。

 人型で両手に持った短剣を武器にしていた。体から黒い靄が出ているのも共通している。

 どうだ?」


「……俺が魔王城で討伐した魔物だ」


 素早さと鋭さ、そして毒の魔法を使ってくる敵だった記憶があるレオはそう答える。

 いやらしい攻撃が多かったものの、結局は力押しで正面から打ち破り、壊しきった敵だ。

 けれども一点だけ不思議に思う点がレオにはあった。


「分身を使ってきただろう。それを掻い潜って腕を斬り飛ばしたのか?」


 レオからすれば大した敵ではなかったものの、バランならば苦戦してもおかしくない。

 とくに無数に分身して一斉に襲い掛かってくる攻撃に対しては、魔法しか対抗策がないバランからすると中々に難しいのではないかと感じたのだが。


「分身? そんなものは使ってこなかったぞ?」


「……そうか、ならやはり俺の知っているものとは違うらしい」


 奥の手として隠している可能性も考えたが、腕を斬り飛ばされてまでそうしているとは思えない。

 黒い鎧と同じように、弱体化していると考えるのが普通だろう。


 それにしても、黒い鎧に骸骨の仮面に黒衣の暗殺者。

 これではまるで魔王城が復活したみたいではないか。

 そんなことを、レオはふと思った。


「レオ、エリシア、二人に頼みがある。

 黒衣の暗殺者を討伐して欲しい。もちろん報酬は多く出す。

 本当は俺が倒したいが、こんな腕じゃな……頼む……この国を護ってくれ」


 頭を深く下げるバラン。

 垂れる金の髪を見ながら、レオはアリエスに視線を向けた。

 しかし怪我や病を治せる祝福を持つ少女はむなしく首を横に振った。


 彼女の祝福をもってしても治せるのは傷などで、骨のような構造的な破壊に対してはすぐの完治はできないのだろう。


「ああ、分かった」


 はっきりと答えると、バランは安心したように息を吐いた。

 彼が出来なかった分まで、しっかりと黒衣の暗殺者を討伐してみせよう。


(どうして魔王城に居たような魔物がこんなに多く出現しているのかも気になるしな)


 バランの思いに答えるというのもあるが、レオは今まで自分が壊した敵が蘇っているような状況に少しだが気持ち悪さも感じ始めていた。





 ×××




 バランから依頼は受けた。

 けれど彼が話してくれた黒衣の暗殺者はこの街の中で夜中に遭遇したらしく、その後の行方は知ることができなかった。

 まだ街に居るかもしれないし、もう居ないかもしれない。


 バランが遭遇した状況を再現するならば、夜中まで待たなければならないということも考えながら宿屋の入り口の扉を開けたとき。


 レオが予想もしないほど早く、その邂逅は訪れた。


 開いた扉の向こうには、驚く民衆の姿。

 そして彼らの全員の視線の先には、日光の下にも関わらず、おどろおどろしい黒を身に纏った影が立っていた。

 風に揺れる左腕部分の布に、右手部分の布から刃のみを覗かせるナイフ。


 その姿は、レオがかつて見たものと全く同じだった。


(まさか……こんなに早く?)


 予想外の遭遇に内心で驚くものの、敵は敵。

 それに周りに被害を出すことなく相手の方から進んで来てくれるのならば、むしろ助かる。

 探す手間も省けた。


 そう思いながら右手に剣を顕現させ、その柄を握ったとき。

 レオの手の甲を、エリシアの手のひらがそっと触れた。

 驚いて右を向けば、いつもの無表情に空虚な瞳が見上げていた。

 しかしエリシアの纏う雰囲気は闘気に満ちている。


「……エリーに、やらせてほしい」


「…………」


 考えるまでもなく、最善は二人で戦うことだ。

 そもそもレオが一瞬で敵を壊せば、被害が出ることはない。

 勇者レオとしての答えはもう出ている。

 出ているけれど。


『初めてだったんだよ。あんな風にエリシアが、何かを欲したのは』


 エリシアは欲している。

 戦いを、強さを、そして今、レオにその姿を見て欲しいと。

 なら、たった一度とはいえ彼女に剣を教えたものとしてレオは答える。


「……分かった、見ているよ」


「…………」


 答えはない。けれど、その目に今度は見間違いではなく小さな、本当に小さな光が宿った。


 エリシアは視線をレオから外し、前へと刀を抜きながら進み出る。

 右手に白の刀、そして左手に黒の刀。


 そんなエリシアの姿を見て、黒衣の暗殺者の影が揺れた。

 まるで「お前が相手か?」と挑発するようにも見えるその動き。

 表情なんて見えはしないのに、黒衣の暗殺者とエリシアはまっすぐに目を合わせているような、そんな気がした。


 周囲の民衆は昼下がりの穏やかな街に急に現れた魔物の動きを注視している。

 誰も何も言わない大通りで、エリシアの足音だけが響く。

 対峙し、これから殺し合う二人の間をすり抜けるように、一陣の風が吹いた。


 それが、開戦の合図となった。


 地面を蹴ったのはエリシアが先。

 一気に黒衣の暗殺者との距離を詰めた彼女は白い刀を上段から的確に振るい、首筋に狙いを定めた。

 速く、そして自らの速度をそのまま刃に乗せた鋭い一撃。

 入れば一撃で勝敗を決める程、的確な一撃だった。


「…………」


 しかし、その刀は暗殺者の右手のナイフで防がれる。

 左首の側面まで回したナイフで、エリシアの突進のような攻撃をいともたやすく防いだように見えた。


 けれどナイフを手にする腕は震えている。

 予想外の威力に、黒衣の暗殺者の影が驚いたことを体現するかのように揺れた。


 防ぎきった暗殺者の手腕は見事といえよう。

 だが、黒衣の暗殺者とエリシアでは一つ、絶対的な差がある。

 エリシアの左手の黒い刀を防ぐ刃も腕も、暗殺者にはない。


 胴体を上下に分割する勢いで振るわれた刀は、しかし狙い通りに捉えることはできずに空を切る。


 咄嗟に後ろに跳んだ暗殺者は胴体を浅く斬られながらも、右手のナイフをエリシアに飛ばした。

 レオとしても見たことがある攻撃手法だ。

 どういう仕掛けか知らないが、あの暗殺者はナイフを無限に供給できるらしく遠距離から飛ばしてくる。


(見ている)


 レオからはエリシアの後ろ姿しか見えない。

 けれどレオの脳裏には、彼女の戦闘時の顔が鮮明に思い描ける。

 目を見開き、暗殺者の動きを決して逃さぬ執念のような目が。


 そしてエリシアはレオの助言を的確に吸収し、そして実践してみせた。


 投げられたナイフを横に反れて避けるわけでも、防ぐわけでもなく、彼女は「前に進んだ」。

 眼前に迫る恐怖に対して彼女はそれを受け入れ、見続け、そして。

 ナイフが彼女の真っ白い髪を掠り、速度を失わずに背後へと飛んでいく。


 飛来したナイフを剣で叩き落としたレオは内心で舌を巻いた。

 必要最低限の動きでナイフを避けたエリシアは暗殺者との距離を一気に詰め、今度は自分の番と言わんばかりに心臓目がけて黒い刀を突きだす。


 投げたナイフを避けられ、一気に間合いを詰められた暗殺者は目に見えて反応が遅れた。

 ナイフを供給し、しかしその時にはもう刀の切っ先は迫っていた。

 それに出来たことは命を穿とうとする刃に対してナイフを滑り込ませることだけ。


(無理だ)


 レオは確信する。

 あれでは、エリシアの刀に対してナイフを振るって防がないのなら、防ぎきれない。

 最初の一撃の時と違い、体の重心も、腕に入っている力も、足りない。


 予想通り、刀の切っ先はナイフで防がれたものの、力比べには勝った。

 衝撃を殺しきれずに暗殺者は吹き飛ばされ、土ぼこりを上げながら大通りを転がる結果となった。


(……よく出来ている)


 今の攻撃もそうだが、レオが感心したのは投擲されたナイフを避けるエリシアの動き。

 ナイフの速度は冒険者には速すぎるくらいだったが、彼女の動きは以前にも増して洗練されていて隙がない。

 それを助けているのは彼女の目だろう。


 レオは敵をよく観察し、その部分を攻めることをエリシアに助言した。

 彼女はそれを実践できている。

 それどころか、その後の攻撃にしても自分の動きを最適化させ、敵の準備が及びきらない最短の攻撃を繰り出した。


 目だけではなく体の動きの一つ一つを彼女は一つ上の次元へと昇華させていた。

 レオが助言をしてから、まだたったの一日しか経っていない。

 まさに戦闘における才能の塊。


(……これが、獣人の才能)


 戦場に出るレオとしても獣人の事はよく知っている。

 レオ達人間よりも身体能力に優れ、戦いに特化した種族。

 その力は勇者という特例には及ばないものの、一介の人間よりは強大だということを。


 人間至上主義で獣人を奴隷のようにしか扱わないデネブラ王国では共に肩を並べる機会はほとんどなかったが、なるほどこれは確かに才に満ち溢れている。

 けれど、それ以上に。


(エリシアの才能が、獣人の中でも飛びぬけているのか)


 冒険者になってから獣人を見たことがあるが、エリシアほどの才能は感じられなかった。

 彼女の持つ戦いの才は同じ種族の中でも他とは一線を画するだろう。

 人間風に言うならば、天才までとは行かぬとも秀才の域には入る。


 獣人であるゆえに勇者という役職には就けないが、もしも自分がこれから先エリシアを鍛え続ければ、勇者と遜色ない実力になることをレオは確信した。

 そしてそれを確信させるほどの彼女の未来に胸が躍った。


 黒い刀を地面に突き刺し、白い刀に魔力を注入するエリシアは確実に暗殺者を追い詰めている。

 黒い鎧のように敵が防御力ではなく、速度に特化しているのも理由の一つだろう。

 エリシアにとっては、同じ土俵で戦える黒衣の暗殺者の方が、相性は良い筈だ。


(……勝ったな)


 敵はエリシアと速度の上ではほぼ互角。

 だがバランにより片腕を使えずに、さらには想定外の攻撃にあまりにも弱い。

 レオが倒した個体のように分身が使えるわけでもない。


 まるで暗殺者という表面を張り付けただけの、中身のない敵だ。


 強力な一撃を用意したエリシアは黒い刀の柄に手をかけ、引き抜く。

 それと土煙の中から暗殺者がナイフ片手に飛び出すのは同時だった。


 馬鹿正直なまっすぐな特攻。

 それをエリシアは魔力の込めた白い刃で迎え撃つ。

 闇のように黒いナイフと白銀の刃が、勢いよくぶつかり合い高い金属音を響かせる。


(足りない)


 その光景を見て、レオの目は教えてくれる。

 エリシアの強化の魔力が、不足していると。

 彼女の才能をもってしても、この短期間で武器の強化を完全にものにすることは流石にできなかったようだ。

 あれでは、暗殺者のナイフが刀を弾く。


(少しなら、助力しても……)


 彼女に教えたいことがさらに増えただけでなく、まだ改善の余地はあるけれど十分すぎる程見せてもらった。

 剣を握る手に力を入れ、約束通りにレオが前に進み出ようとした瞬間。


「……!」


 エリシアが、跳んだ。

 下から弾き飛ばされた白い刀の軌道に沿うように体を浮かせ、先ほどの自分の刀を振る力すら使い、暗殺者の頭上へと。

 まるで暗殺者の上に垂直に落ちるように、体を盾に回転させた。

 そして二人が上下で交差する瞬間に、その全てを見て予測していたエリシアは黒い柄の刀を勢いよく振るう。


 その一撃はエリシアの姿を見失った暗殺者の首を正確に捉え、斬り落とした。


 レオでさえ予測できなかった攻撃。

 さらにエリシアはそのままでは止まらずに、着地と同時に白い柄の刀を背中から暗殺者の胴体に突き立てる。

 その動きには一切の迷いがなく、ただ敵を壊すことだけに特化していた。


 勝敗は、決した。


 胸から銀の刃を生やした黒衣の暗殺者の動きが止まる。

 そのまま二人は動くことなく、ただ時が流れる。

 短い時間の筈だが、静まり返った世界では永遠とも呼べる時間のようにさえ思えた。


 やがて風が吹き、黒衣の暗殺者の体がゆっくりと灰になって風に乗る。

 まるで綿毛のように、飛ばされて消えていく黒い灰。

 それらが十分に消えれば、刀を構えたままのエリシアの姿が残った。


 無表情に空虚な瞳。けれどその雰囲気の中には少しの悔しさがあった。

 彼女としても白い刀の強力な一撃が上手くいかなかったことは十分に承知なのだろう。

 それでも。


「……おめでとう」


 出来なかったことができるようになったこと。

 自分一人で敵を壊しきったこと。

 それらに対して素直にレオは称賛した。


「…………」


 エリシアは何も言わなかったものの、ふいっと顔を背け、地面に落ちた赤い魔石に目線を向けてしまった。


(喜んで……くれているのか?)


 いまいち反応が分からないものの、勝ったことは事実。

 雰囲気にも悔しさも見えるが、喜びも大きそうなので問題はなさそうだ。


 大丈夫だとは思うが念のために背後を確認すれば、思った通りに傷一つないリベラ達が立っていた。

 彼女達もエリシアの戦いに熱狂していたようで、笑顔で彼女を見ている。


(……?)


 しかしその中で一人、アリエスだけはじっと何かを見続けていた。

 その視線を追ってみれば、同じようにまっすぐな視線を魔石へと向けるエリシアの姿がある。


 いや、むしろアリエスはエリシアではなく彼女が見ている魔石をじっと観察しているようにも思えた。


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