第84話 凶暴な勇者
今回の依頼に関しても、特に苦労することなく遂行することができた。
むしろバランに訓練をすることが出来なくなった分、レオは彼の動きをよく見るようにして、魔物をある程度倒した段階で軽い助言をしていた。
とはいえバランは皇子だけあって良い師に恵まれているらしく、そこまで大きな改善点などは見つからなかった。
むしろ既にある程度の型が完成してしまっているのが一種の弱みなのだが、それを修正するのは無理な話だろう。
そうして世間話も混ぜつつレオ達は街へと戻ってくる。
時間としては太陽が赤みを帯びてきたくらいの時刻だった。
茜色に染まる鐘塔をぼんやりと見ながら歩いていると、誰かが駆け寄ってくるのを感じた。
現れたのは一人の冒険者で、彼はバランの元に一直線に駆けてくる。
やがて到着した彼は息を整えながらバランに声をかけた。
「バランさん、依頼に出ていたんだな。また人型の魔物が出たんだ。
西側で目撃されて、今度は骸骨の仮面をかぶった魔法使いのような出で立ちらしい」
「なに? それは本当か?」
顔を顰めるバランとは裏腹に、レオは絶句していた。
その魔物も、レオは知っている。
アルゴルの魔王ミリアの城の中で対峙した魔法使いの姿とそっくりだ。
「被害は? というかそれは一体どこで――」
「もう倒した」
ザッザッと大きな足音を鳴らし、その冒険者の後ろから黒衣が姿を現した。
レオよりも高い身長に、大きな体。短い髪をかき上げ、凶暴な顔が印象的だ。
そしてその横には、対照的に小さな体をした同じく黒衣の少女が連れ添っていた。
「……勇者殿」
バランの雰囲気が警戒するようなものに変わる。
勇者と呼ばれた黒衣の大柄な男性、ヴァンはバランを一瞥した後にじっとレオを見つめた。
「ちっ、本当に呪われていやがるとはな」
視線を向けることすら億劫だと言わんばかりに逸らし、忌々しそうに呟いた。
その言葉はレオの背後に居る女性陣の神経を逆なでするのには十分すぎたのだろう。
背後から沸き上がる怒気を感じるものの、ヴァンはそれを意にも介していないようだった。
「おい勇者レオ、答えろ。お前は本当に魔王を倒したんだな?」
「ああ、倒した」
「あぁ?」
怒りの籠った視線をレオに向けるヴァン。そこには恐怖はなくとも、明確な嫌悪は見て取れた。
「ならなんで魔王の力を得た魔物がまだいやがる。
まさかとは思うが、てめえ魔王からわけわかんねえ気持ち悪い呪いを受けただけじゃ飽き足らず、逃がしたんじゃねえだろうな?」
「確実に仕留めている」
「ちっ!」
大きく舌打ちをして、ヴァンは頭を押さえた。
「……てめぇから強さをなくしたら何も残んねえだろうが」
その呟きはレオの耳にはしっかりと届いていた。
誰よりも強さを求め、そして弱者を憎んですらいる男。
それがレオの中でのヴァンの評価だ。
「……勇者殿、あまりの物言いだ」
「うるせえぞ雑魚が。あんな魔物一匹倒せない奴はでしゃばるな」
バランの言葉に関してもヴァンは乱暴な物言いで一蹴する。
彼にとっては地位など考慮するに値しない。
強さこそが、全てなのだろう。
「勇者レオ、てめぇが魔王を逃したのかどうかはこの際どうでもいい。
でもな、自分の失態は自分で償え」
「…………」
レオとしては確実に魔王ミリアを壊している。
そのため何と答えようか少し迷ったとき。
「お断りします」
凛とした声が、響いた。
「はぁ?」
レオの代わりに返事をしたアリエスに、ヴァンが凶暴な視線を返した。
普通の冒険者でもすくみ上る程の敵意がアリエスに突き刺さるが、その中にあっても彼女はまっすぐにヴァンを見返していた。
「レオ様はもう勇者ではありません。
魔王ミリアの件に関しては、関係がありません」
「……てめぇ」
低い声を出したヴァンに対して、レオは咄嗟に体を横に動かして間に入った。
ほとんど意識しない行動だったが、ヴァンは目を見開いて歯を剥いた。
「おもしれえ。だがてめぇは納得できねえよな?
敵を殺すことだけを考えて生きてきたてめぇが、まさか殺し損ねるなんざ。
……そんなの、てめぇ自身が許せねえ筈だ」
「…………」
視線をヴァンと交差させつつもレオは何も言わなかった。
しかしそれだけでヴァンにとっては十分だったらしく、鼻を鳴らして踵を返す。
「行くぞスピカ」
「はい、ヴァン様!」
周りを威圧するほど剣呑な気を出し、肩で風を切るように歩き出したヴァンについていくスピカという少女。
その背中を見ながら、相変わらずだなとレオは内心で思った。
「……感じ悪すぎでしょ。レオがシェイミって子と同じで苦手っていうのがよく分かるわ」
しかし初対面であるリベラ達が抱いた第一印象は最悪の一言に尽きる。
嫌そうな顔をしているリベラはもちろんの事、射殺しそうな視線を向けているパインも同じようだ。
そしてそれは、拳を強く握りしめている白銀の少女も同じだろう。
「俺の街の勇者が失礼をした……態度が悪いのはずっと前からなんだが、強いから誰も文句が言えないんだ……」
「……いや、その……すまない」
元を辿ればヴァンはレオと同じデネブラ王国出身のために、バランが謝る必要はまるでない。
そのためバランとレオはお互いに謝罪をするような奇妙な雰囲気になっていた。
「……バラン、以前俺が魔王ミリアを討伐した話はしたな?」
「ああ、聞いたぞ」
「以前の黒い鎧の魔物も、今回ヴァンが倒した骸骨の仮面を被った魔導士も、魔王ミリアの城で俺が討伐した魔物だ」
レオが告げるとバランは目を見開き、すぐに何かを考え込むそぶりを見せた。
「……倒した筈の魔物が蘇っているってことか。だから勇者殿はあんなことを……」
「ああ、でも黒い鎧の魔物は魔王ミリアの城で出会った個体よりは弱かった」
「別の個体ということか? それなら……」
「でも、同じように魔王ミリアの力を受けているようだったんだ」
「……頭が痛くなる話だな」
違う個体だが、倒した筈の魔王ミリアの力を持っているという事実にバランは頭を押さえて息を吐いた。
しかし彼はやや疲れた様子を見せつつも、口元を吊り上げてレオを見る。
「だがいずれにせよ、この街には魔王ミリアを倒したレオが居る。
なら、他の魔物が出てきても問題はないさ」
「……俺が魔王ミリアを倒したことを信じるのか?」
レオの言葉でしかないために、バランとしてはヴァンと同じように疑ってもおかしくはなかった。
しかしバランはレオが魔王ミリアを討伐したことを前提に物事を考えている。
バランはきょとんとした顔をして、レオを覗き込んだ。
「なんだ? 嘘なのか?」
「いや、本当だが。信じてくれるのかと」
「……俺はこう見えても人を見る目だけは良いんだ。疑ってないさ」
バランの言葉は、視線はレオの事を全く疑っていないことを物語っていた。
信じてくれるというのは、良いことだな。
そうレオはしみじみと思った。
「それよりも同じような魔物がアルティス周辺に居るかもしれない。
明日以降はその魔物を探すということで構わないか?」
「ああ、分かった」
「……わかった」
レオの答えに合わせて答えたエリシアは、用は終わったと言わんばかりに何も言わずに歩き始めた。
解散の流れになり、レオ達も宿に向かおうかと思ったとき。
去り行くエリシアの背中をじっと見つめていたバランはレオへと視線を戻す。
「なあレオ、この後少しだけ時間あるか?」
突然の言葉にレオは内心で戸惑ったが、特に用事などはないために頷きを返した。
「エリシアの事について、話しておきたいんだ」
それは、奇しくもレオも気になっていたことだった。
×××
冒険者組合の中にあるバラン専用の一室にて、レオ達は椅子に座ってバランと向き合っていた。
いつも朗らかで明るいバランは、今は対照的に真剣な表情でレオを見つめている。
「……俺がエリシアと出会ったのは、レオ達がここに来る少し前だ。
以前に彼女がどこで何をしていたのかは知らないが、エリシアは冒険者としては異質だった。
パーティを組まず、他者の意見に賛成も反対もせず、戦闘においても協調性がない。
アルティスの冒険者たちは他の街から来た冒険者には寛容だが、流石に手に余ったらしい。
数日で、エリシアは一人になった」
バランの語る過去は今のエリシアを見ていれば十分に想像ができる。
これまで冒険者として活動してきて、彼らを遠くから観察していて、レオは冒険者は勇者ではなく兵士に近いものだと考えている。
仲間の輪を重視し、個ではなく集団で敵と戦う冒険者は昔のレオとは大きく異なる点だ。
そんなかつての自分に似ているエリシアがバランの言うようになってしまうのは想像に難くないし、もしもアリエスと出会っていなければ自分も同じような運命をたどっていただろう。
「でも、エリシアはそれでも魔物を倒すことを辞めなかった。
もちろん王族としては嬉しい限りだ。
けれど彼女の戦いは……危なっかしくて見ていられなかった。だから声をかけて、一緒にパーティを組んだんだ」
「……バランさんは他の人とパーティを組んでいたのですか?」
アリエスの質問に、バランは頷いて答えた。
「ああ、組んでいた。でも、俺の方から謝って抜けさせてもらったんだ。
そうしてエリシアとパーティを組んで、色々と面倒を見て……でも、彼女の心には何一つ届かなかった。
俺は結局エリシアの目的も、生き方も、過去も、未来の展望すら聞かせてはもらえなかったんだ。
エリシアは何にも興味を持たないし、毎日毎日、まるで機械のように過ごしていた」
寂しげな表情でそう告げたバランは深く息を吐いて、力なく微笑んだ。
「だからさ……エリシアがレオとの訓練を取られたくないって言ったとき、嬉しかったんだ。
初めてだったんだよ。あんな風にエリシアが、何かを欲したのは」
机の上で組んだ指に視線を向けて、バランはようやく、という思いを吐露する。
「あぁ、俺じゃエリシアの心には触れられないけど、レオならもしかしたらって、そう思った。
エリシアの表情が変わっていないように見えるかもしれないけど、時々笑っているように見えるんだ……見間違いか、あるいは俺の願望なのかもしれないけどな」
レオは内心で大きく驚いた。
話途中の筈のバランが急に頭を深く下げたからだ。
突然の行動にレオ達が少し戸惑うのも構うことなく、彼は口を開いた。
「レオがいつか居なくなるのは分かってる……だからそれまででいい。
エリシアと親しくしてやって欲しい。
彼女はぶっきらぼうで無表情だけど、悪い子じゃないんだ。頼む」
「……なんで、そこまで」
バランとエリシアは他人の筈だ。彼の話通りならば、出会ってからそこまで日も経っていないだろう。
にもかかわらず、バランはエリシアの事を深く気にしているだけでなく、レオに頭まで下げてきた。
それが分からなくて尋ねれば、バランは頭を上げた。
「似てるんだ」
彼が浮かべていたのは、寂しさと悲しみがごちゃまぜになった笑顔とも呼べないような代物だった。
「死んだ妹に似てるんだ……このままじゃ同じようにどこかに消えていってしまいそうな、そんな気がするんだ」
「……そうか」
「俺のエゴなのは分かってる。でも、頼む」
真剣な表情に戻り、再び頭を下げるバランを見て、レオは膝の上の拳を握る。
ルシャのように平気で他者を蹴落とせる人も居れば、バランのように他者をここまで気にかけることのできる人も居るんだと、レオは知った。
いや、知らされた。
「分かった」
その一言はまっすぐで、厳かで、気持ちを確かに込めたものだった。
頭を下げたバランの体がピクリとわずかに揺れるのが目に入った。
「元々俺もエリシアの事は気になっていた」
「……そうか、ありがとう」
バランは嬉しそうな声を出し、顔を上げて安堵の息を吐いている。
そんな様子を見ながら、レオは考える。
右目の光景が解決すれば、レオ達はこの街を去る。
だからエリシアと交流を深められるのはその時までだ。
けれど、その右目はエリシアに反応した。
レオは右目の見せた光景の少女がエリシアではないと確信している。
けれど同時に、右目の光景が解決したときにエリシアがもう居ないような、そんな予感もしていた。




