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魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~  作者: 紗沙
第4章 魔王の影を払う少女

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第77話 過去の幻影

 翌日、昨日までの旅の疲れも相まって昼前までゆっくりしたのちに、4人は冒険者組合に向かっていた。

 その途中で鐘の音が鳴り響き、レオは音の出どころを探った。

 都市の中央にそびえる塔の最上階で、鐘が揺れているのが目に入る。


「あの鐘はこの帝都でも有名なもののようで、お昼を教えてくれる施設のようですよ」


 見上げた鐘に対して、アリエスが補足説明を加えてくれる。


「心が澄み渡るようです」


 目を向けてみれば、フードを被ったパインが目を瞑って指を組んでいた。


 アルティスはもう国が違うものの、レーヴァティ領に近い。

 それゆえに元教皇であるルシャと非常に似たパインはなるべく姿を隠すことにした。

 外套にフードを被るだけなのだが、それだけでも特徴的な桃色の髪が隠れるので、効果は絶大なようだった。


 やや騒がしい通りを歩き、曲がって冒険者組合のある通りに入ったとき、大きな声が響いた。


「レオさん!!」


 目を向けてみれば、呼んだレオではなくアリエス達に視線を合わせ続ける受付嬢が駆けてくるのが見えた。

 彼女はひどく焦っているようで、レオ達の前まで到着すると肩で息をし始めた。


「じ、時間通りに来ていただいて助かりました……昨日のうちに宿を聞いておけば……。

 至急、街の東側に向かってほしいんです!

 黒い鎧の魔物が出て、バランさんとエリシアさんが討伐に向かっています!」


 受付嬢の言葉に、レオは緊急事態だと感じ取った。

 昨日の段階ではまだ宿を決めていなかったために冒険者組合にもバラン達にも泊まる宿を伝えることはできなかった。

 そのためこの時間になるまで、受付嬢は待っていてくれたのだろう。


「バラン達が向かったのはいつだ?」


「少し前です。今からならば追いつくはずです」


 タイミングが悪いなとレオは人知れず奥歯を噛んだ。

 これが明日ならば、あるいはもう少し遅ければレオもバラン達と共に行動できたはずだ。


(もしもの事を考えても仕方ないか)


 すぐさま意識を切り替え、レオは視線を街の東側に向ける。


「バランさんが手配した馬車を冒険者組合の前に止めています。

 行き先も話してあるので、すぐに向かってください!」


「ああ」


 バランの念入りな準備に内心で感謝しつつ、レオは冒険者組合の方に視線を戻す。

 馬車が目に入り、レオ達は駆けだした。




 ×××




 速度を気にせず全力で走る馬車の揺れを感じながら、レオは窓の外をじっと見つめる。

 馬車は東に向かっている。そして北西の方角には魔王ミリアの城のあったアルゴルがある。

 発見された場所に関係があるのかは分からないものの、レオにはどうもその方角が気がかりだった。


「レオ様、他の人の馬車がありました!」


 不意に馬車が減速し、前方に備え付けられた窓から前を見ていたアリエスが首だけを振り返って告げる。

 それと同時、レオは気配を察知する祝福を発動した。


 数多くの反応がここからさらに北にある。

 おそらくそこが、黒い鎧との戦場なのだろう。

 止まった馬車からレオ達は急いで降りて駆けだす。


 その際に、金色の光がレオの体を包んだ。


「わっ、なにこれ、すっごい楽!」


「はい……走っているのに全然疲れません……」


 驚いた声を出すリベラとアリエスの体も、同じ金の光が淡く包んでいる。

 ほぼ全速力で走っているのにもかかわらず、彼女たちは余裕がありそうだ。


「任せてください! 皆さんを疲れにくくして、さらに足も少し速くしちゃいます!」


 得意げな表情で告げるパイン。

 他者を支援するという彼女の力の有用性を改めて感じるものの、遠くに倒れている冒険者たちを見つけ、レオの心が余計なものを排除し戦闘のみを考えていく。


 助けたいが、今は黒い鎧の魔物が優先ということでぐっとこらえ、駆け抜ける。

 そしてその先にも気配を見つけ、レオはさらに脚力を開放して一人飛び出した。

 長い距離を駆け抜け、やや広い場所へ出たときにはもう戦いは終わる寸前だった。


 黒い鎧の魔物により、バラン達が殺されるという結末でだ。


「っ!」


 見たこともない剣を地面に刺して肩で息をするバランに、それを支えるボロボロのメイド。

 そして黒い鎧に必死に食らいつくエリシアの姿がそこにはあった。

 けれどレオはその光景を見て、言葉を失った。


 バラン達が苦戦しているのが意外だったからではない。

 あのエリシアが、死の間際の状態になろうともまだ黒い鎧に食らいついていたからだ。


 レオはエリシアの目が何も映さない虚無であることを昨日知った。

 今も彼女の瞳は何も映さない、全てを諦めたような色をしている。

 けれど少し刃こぼれした刀を血が出る程に強く握りしめ、体中に傷を作り、満身創痍でも喰らいつくその姿に、生きるという思いを見た。


 否、その背中には生しかないように思えた。


 なにがあっても、自分は死んではならない。

 そんな強迫観念を感じさせるほどに鬼気迫った闘気だった。


 けれど、それでもいつか限界は来る。

 エリシアはレオのような勇者ではなく、ただの冒険者だ。

 黒い鎧のハルバードに刀を弾き飛ばされ、隙だらけの胴体に赤い血斧が迫る。


 それを、黙って見ていられるはずがなかった。


 剣を右手に地面を蹴り、レオは跳ぶ。

 瞬時に間合いを詰めたレオの振るった剣は、振るわれたハルバードを的確に捉え、力任せに黒い鎧ごと吹き飛ばした。

 地面に着地した黒い鎧は威力を殺しきれずに、膝をついた状態で地面を削った。


 エリシアの位置の関係上、黒い鎧を確実に壊すほどの攻撃はできなかったものの、問題はない。

 それによくよく考えれば、壊しきってしまっては確認することができない。


「……同じか」


 膝をつき、ハルバードを地面に突き刺して立ち上がろうとする黒い鎧を見ながら、レオは誰にも聞こえない声量で呟いた。

 目の前の魔物の姿は、レオが魔王城で確実に壊した個体と全く同じ姿をしていた。


「下がっていろ」


「…………」


 背後の少女に声をかけると、エリシアは何も言わなかったものの指示通りに後ずさった。

 背中にエリシアからの視線を感じながら、レオは黒い鎧を深く観察する。


(……姿は同じだが、違うか)


 目に映る姿こそ以前の魔王城の魔物と同じだが、強さが異なるとレオの体が告げていた。

 リベラが言うように、同じ種族だが別の個体と言うことだろうか。

 さらに確かめるために、レオは剣を突き付ける。


「魔王ミリアの仇討にでも来たか?」


 魔王の名前を出せば反応が得られるかと思ったが、黒い鎧はヘルムの間から赤い光を灯しているだけだ。

 それはレオの言葉に怒りを感じて押し黙っているわけではなく、ただレオを見ている――観察しているだけのように思えた。


「……?」


 内心で首を傾げる。魔王城での個体は会話が出来た。

 何を言っていたのか詳細は忘れたが、通さない、という意味の内容を告げていた筈だ。

 その個体だけでなく、魔王城の魔物は多くが言葉を話すことができた。

 それもまた魔王ミリアの力なのかと思っていたが、目の前の個体は言葉を発することができないようだ。


(だがあの黒い靄は魔王ミリアの力の筈。一体どういうことだ?)


 黒い鎧を包む靄を見て、レオは訝しむ。

 自分の想定とは違い、ひょっとしたらあの黒い靄は関係がないのか。

 分からない。


 けれど少なくとも魔王城の個体と、今目の前に居る個体が別物であることは判明した。

 なら、もう用はない。


 壊れてもらおう。


 祝福を開放して、昨日と同じようにレオはたった一歩で黒い鎧との距離を無にする。

 そしてそのまま目にも止まらぬスピードで黒い鎧の左肩から腰に掛けて深く斬りつけたのちに、心臓の位置を深く突き刺した。


 黒い鎧が自分の体の異常に気付いたのは、レオが剣を抜くタイミングになってようやくだった。

 そしてそれは、バランやエリシアとしても同じだっただろう。


 ヘルムの赤い光が消え、声もうめき声もなく、黒い鎧は体を傾けた。

 鎧の金属音を立てて、地面に伏す。

 その体が、灰になって消えていく。


 かつて魔王城で壊したときと全く同じ光景だった。


「……はは、一撃か」


「いや、正確には二撃だ」


 そう言って振り返ると、バランは苦笑いをしながら首を横に振った。

 目の前の光景が信じられなくて彼は笑うしかないのだが、その心情をレオは察することができなかった。


「レオ様!」


 ちょうど良いタイミングでアリエス達も合流できたようだ。

 レオの姿を確認したアリエスと同じように、リベラもまた安堵の息を吐くのが確認できた。

 しかし彼女はそのまましゃがみ込んでいるバランの姿を見て、首を傾げた。


「……なんでバランさんが王家の印のついた剣を持っているの?」


 リベラの言葉に、バランの諦めたような溜息がやけに大きく響いた気がした。


「……まあ、そうなるよな。分かった、全部話す。でも、他の冒険者を街に運んでからだ」


 バランの言葉にレオ達は頷き、負傷した冒険者達を馬車に運ぶために行動を開始する。

 振り返ったときに、じっと黒い鎧の居た場所を見続けるエリシアにレオは気づいた。


「どうした?」


「……なんでもない」


 何の感情もない目でエリシアはそう告げて振り返り、歩き出してしまう。

 一体最後にエリシアが何を見ていたのか、それが少し気になったとき。


「……ありがとう」


 祝福で強化したレオの耳が、普通では聞き取れないほど小さなエリシアの呟きを拾った。

 心なしか彼女の纏う雰囲気が、少しだけだが柔らかくなっている気がした。


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