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魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~  作者: 紗沙
第3章 神に愛された女教皇

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第66話 彼女達の計算違い

 前方には祝福の力を盗み続けたルシャと、ファイ。

 そして後方にはルシャによって力を与えられた4人の兵士。

 一歩でレオは全ての祝福を奪われ、アリエスとリベラは戦闘要員ですらなく、床には倒れ伏したララ。


 状況は第三者から見ると絶望的に思える。

 事実ルシャもファイも勝利を確信していて、邪な笑みを浮かべていたし、アリエスやリベラも冷や汗をかいている。

 その状況にあって、レオはいつも通りの無表情で剣を取り出した。

 祝福を奪われても、魔法は普通に使えるようだ。そう思ったとき。


「なに? まさか本当にやるの? 祝福もないのに勝てるわけないじゃない!

 この世界は祝福の多いやつが勝つ! だから、何をしたところで勝つのは私たち!」


 ルシャはレオを馬鹿にするように叫び、指示を出す。

 後ろに立つ兵士達が剣を抜き、構える音を聞いた。

 周囲を敵意と祝福に囲まれながら、レオは少しずつ体を戦地へと対応させていく。


 ――分からないことが多いけれど


 剣を握り締め、頭の中の疑問だけを残し、意識を変えていく。

 明確なのは、今敵に囲まれているということだけ。

 なら、全てを解決した後にでも疑問の答えは考えればいい。


 すっと、頭の中の星の煌めきが消えた気がした。


 レオは動いた。いつもと同じ動きで体をかがめ、振り返ると同時に下から上に剣を振り抜いて兵士の一人の胴体を狙う。

 強大な祝福によって身体能力を強化した兵士はレオの攻撃に反応し、構えていた槍で防ごうとした。

 普段であればそれが出来る者の数はかなり限られるが、レオの力を借りているのならば話は別。


 レオの剣と兵士の槍がぶつかり、剣を受け止める。

 その攻撃を見た別の兵士がアリエス達に攻撃し、彼女達を害す。

 それが、レオの剣がただの剣ならば訪れた未来だった。


 夜空を映す剣は祝福で強化された兵士の槍を紙でも斬り裂くかのように通り抜け、真っ二つにする。

 そしてそのまま、いかなる武器も通さないであろう鎧を、深く深く斬り裂いた。

 確かにレオの祝福は強大で、量が多い。だがそれは、この世界の祝福である。

 レオの持つ領域外で、さらにこの世界よりも上の次元の剣を止めることはできるはずがない。


 強さとか、魔力とか、祝福の量とか、そういったものではない。

 そういった1の世界のものをどれだけ強化して1.2にしようが1.5にしようが、別次元の2には敵わない。

 それは当然、この世界の水準でしかない兵士も死に至らしめた。


 血を吹き出して体を崩す兵士を横目に、レオは次を狙う。

 剣を振り上げた状態でそのまま体を横に無理やり動かし、振り下ろす刃を別の兵士に叩きつける。

 咄嗟の事でアリエスを狙っていた兵士は反応が遅れ、夜空の刃を鎧で受けることとなった。

 結末は先ほどと同じ。悲鳴を上げた兵士が床に伏し、物言わぬ肉塊となるまで時間はかからないだろう。


 そんな兵士の最期を見届けることもなく、レオはさらに次を意識する。

 祝福が使えないので体の動かし方がぎこちないものの、剣を振り下ろした体勢のままレオは後ろに跳んだ。


 祝福を奪い、絶対優位に立っていると思っていた兵士の中に恐怖の感情が現れたのは、このときようやくだった。

 理解不能だが何とかしなければ命はないと考え、震える手で剣を振りあげた兵士に、レオは背中から突っ込む形で突撃し、彼の体に剣を突き刺す。

 夜空の剣は背中までを一気に貫通し、目を見開いた状態で兵士は即死した。


 そして剣を引き抜きつつ横に一歩跳び、レオではなく伏したララ枢機卿を狙っていた最後の兵士の胸に剣の柄を力の限り当て、そのまま壁に吹き飛ばした。

 最後の最後に剣を一振りすれば、斬撃は形となって兵士を襲い、とどめを刺した。


 瞬きの間の、本当に短い間だった。

 全てが祝福を奪われる前のレオのような目にも止まらぬ早業ではなかった。

 けれど、兵士達が何もできずに無力化されたということに変わりはない。


「……は?」


 目の前の光景が信じられないのか、ルシャが間抜けな声を出した。

 アリエス達の前に立ち、レオは剣をルシャに突き付ける。


「祝福を奪ったくらいで、敵を壊しきれるわけないだろ」


 レオが勇者なのは祝福の数が多いからだけではない。

 彼が歴代最強の勇者であるのは、彼の存在そのものがこの世界で最高のものだからだ。

 身体能力も魔力も武芸も、この世界での最高水準。

 膨大な祝福はあくまでもそれを手助けする要素に過ぎない。


 加えてレオの剣はこの世界の範囲に収まらない領域外の装備である。

 同じ領域の装備でしか防ぐことも叶わない。


 結局のところ、祝福を奪ったところでレオの身体能力、魔力、武芸、そして武器のいずれか一つでも残っていれば、かかる時間は変われど結末は変わらなかった。


 そのことを知らなかったルシャは目の前に立つレオという男の存在を信じられずに、目を見開いて固まっている。

 放心状態の彼女に向けて、レオは鋭く言い放つ。


「奥の手があるんだろ? 出せ」


 先ほどルシャの勝利宣言を聞いたときに、レオの心を占めたのは一つの気持ちだった。


 ――なぜ、勝利を確信する?


 彼の中にあったのは警戒だ。もっと言うと、レオにはどうしても分からなかった。


 仮にレオが相手の祝福を全て奪い、それを自分のものに出来たとして、それで勝利といえるだろうか?

 相手はまだ完全に壊れていないのに、「ただそれだけのことで」勝ちを表に出しはしない。

 完全に沈黙するくらいに敵を壊して、それで初めて勝利といえるはずだ。

 それこそ、今自分が行ったように物言わぬ肉塊にならないのなら、まだ勝利ではない。


 それらを全て考慮に入れて、レオはルシャがまだ奥の手を隠していると確信した。

 だからこの状況でも、レオは少しの油断もすることなくルシャと対峙している。


「…………」


 だがルシャ達に奥の手などあるわけがない。

 彼女は持てる全てのカードを切った。その上で勝利を確信した。

 まさか相手のカードを全て奪ったと思ったら、それは相手の一部で、しかもその後にさらに強いカードが出てくるなんて思いもしなかったのだろう。


「ばけ……もの……何が祝福が多いよ」


 祝福ではなく、視線のみで重圧を受け、ルシャは震える声を絞りだした。

 レオを恐れるように一歩下がるルシャを見て、理解した。


 まだ、奥の手を出すつもりはないのかと。


 さらに状況を好転させるしかない。

 どうやらルシャ達は、見た目ほど追い詰められてはいないようだ。

 それなら、追い詰められたと分かる程の光景を見せればいい。体の痛みにもうんざりしてきた頃だ。


 ――いつまで暴れているつもりだ


 ルシャは他者の祝福を奪い続けている。

 奪った他者の祝福が時をかければ失ってしまうからだ。

 それは同時に、他者の祝福は時間が経てば元に戻るということを示している。


 そう、元に戻る。それなら、その時間を極限まで短くすればいい。

 レオの内面から、祝福があふれ出す。

 奪われたはずの祝福が、まるで時を戻したかのように光り輝き、我が物顔で暴れ回っていた呪いを押し込める。

 奪われる前ほどは戻らなかったが、量的には十分だろう。


「あ……あぁ……」


「ばか……な……」


 ルシャは尻もちをつき、目の前の神秘的な光景に戦慄する。

 ファイは震えあがり、後退し続け壁に背を付けた。


 奪ったのに、まだ力の差は歴然。

 にもかかわらず、奪ったにもかかわらず、それを次の瞬間には取り戻してしまった。

 常人には理解不能なほどの力の差というものを、彼らは感じざるを得なかった。


 彼らは逃げられない。逃げるという気すら起きない。

 自分達が持つ戦力を悉く潰され、祝福を奪うという切り札すら意味をなさなくなった。


 もうこの場に、レオを止められる人間など居はしない。

 いや、最初からそんな者は居なかったのだ。


「……レオ様、勘違いなさっているようですが、レオ様の勝利です。

 もうルシャ教皇とファイ枢機卿に勝ち目はありません」


「……そうか」


 奥の手というのを期待したのだが、アリエスが言うに、そんなものはなさそうだ。

 一応戦闘に関することなので彼女の言葉を全面的に鵜呑みにはせずに、警戒は解かない。

 けれどルシャとファイは失意の底の様子で、これ以上何かをするようには思えなかった。


「リベラ、ザウラク教皇の所に行ってスイード達を呼んできてくれ。

 アリエスはララ枢機卿の治療を頼む」


 少し残念な気持ちのままララをアリエスに任せて牢屋へと向かう。

 アリエスとリベラに鎧の祝福がかかっていることを視界の隅で確認し、レオは牢を破壊した。

 音を立てて鉄格子が崩れ、誰もが通り抜けられる穴を作り出す。

 無遠慮に足を踏み出し、土を踏み慣らしながらレオは奥へと進む。


 あの光景と同じ女性に、ようやく出会う。


「すまない、遅くなった」


 こんなことになるなら光景を見た瞬間に教会の地下を暴けば良かった。

 そうすればもっと早く目の前の女性を救うことができただろう。

 そういった意味での謝罪だったのだが、女性は弱々しく顔を上げた。


 彼女はその時初めてレオを視認したようだった。

 これまでの牢の外の騒動も、レオが祝福を開放したことも気づかなかったのだろう。


「……かみ……さま……」


 最後にそう呟き、女性は意識を闇に落とした。

 死んでしまったのではと一瞬焦ったが、どうやら眠っているだけのようだ。

 レオは内心で安堵の息を吐き、女性を繋ぐ鎖を破壊する。

 牢と鎖を破壊し、完全に女性は自由の身となった。


 女性を背負ってレオが牢を出るとすでにアリエスは治療を終えていて、ララは怯えた表情でルシャ達を見ていた。

 そのルシャ達はレオが戻ってくるのを認めるや否や小さな悲鳴をあげて震えあがる始末だ。

 チラリと視点を向ければ、重症の兵士達。そして背後には気絶した女性。


 どうやら、もうこの街には居れそうにもない。

 スイード達が到着すれば、ルシャ教皇派閥は終わりだ。

 だがそうなったときに、背負った女性はどうなるのだろう。

 ルシャの言うことが本当なら、彼女の親族は全員死亡していて、帰る場所もないだろう。


「……一緒に、来るか?」


 右目でずっと見ながらも助けられなかった負い目もある。

 けれどそれ以上に帰る場所のないこの女性の境遇が、どこか自分と被った。

 だからそんなことを尋ねたのだが、すぐに女性が気絶していたことに気づく。

 答えられないかと思ったその時。


 ぎゅっと、背後で気絶した女性の腕に力が入った。

 それが、「行きたい」と言っているようにレオには感じられた。


 リベラが戻ってくるまでの少しの時間、レオは考える。

 ここまで長い道のりだった。右目の光景が果てしなく先で、諦めそうになった時もあった。

 けれど、自分はこうして4度目の光景を乗り越えられた。


 そのことが、心を温かくした。


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