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魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~  作者: 紗沙
第3章 神に愛された女教皇

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第58話 突然の事件

「死」が降ってきた。


 アリエスの目覚めを待ち、昼過ぎになって教会前の広場に移動したレオ達三人。

 昨日と同じように現れたルシャの姿を見てとりあえず一安心したのもつかの間のこと。

 リベラがサマカ枢機卿の不在に気付くのと、それは同時だった。


 突如、教会総本部の中央塔上階が爆発した。


 それまでは穏やかな昼下がりで、誰も警戒していない、いつも通りの毎日だった。

 ほぼ全員が、突然の出来事に動けなかった。

 遠くで見ていたスイード達は反応が遅れた。


 そしてただ一人、レオは跳んだ。

 一瞬で剣が不要であることを悟り、たった一回の跳躍でルシャ教皇の後ろへと移動したレオは教会を見上げる。


 降ってくるガラスに破片に瓦礫。

 このままならば、ルシャ達に被害が出る。

 なら、その全てをことごとく彼女達に通さなければいい。


 使う力はとても簡単なもの。ただ結界を貼るだけの祝福。

 それだけで、教会の近くに立っていたルシャ達を護ることができる。


 降り注ぐ数々の破片と、数人を押しつぶすであろう巨大な瓦礫が結界に触れた瞬間に、それらはすべて無となる。

 人体を微塵も傷つけるどころか、存在すらできないほどに分解される。


「あな……たは……」


 背後に立つルシャから驚きの言葉が出たのと同時。


 大きな音を立てて、レオからやや離れたところに何かが落ちた。

 まるで人ひとり分の大きさの荷物が落ちたかのような、そんな音。

 けれど、レオは確かに見た。


「ひっ……」


 そしてそれを見たララは悲鳴を上げた。

 背後のルシャも息を呑んでいるのが分かる。

 降ってきたのは、人ひとり分の大きさの荷物ではない。


 人そのものだ。


 レオが見たのは、地面に衝突したときに飛び散った血液。

 そしてララが見て悲鳴を上げたのは、もはや物言わぬ肉塊。

 横で唖然とするファイと同じ枢機卿の服を着た、一人の男性。


「サマカ……枢機卿……」


 ララ枢機卿の震える小さな声が、教会前の広場に行き渡った。




 ×××




 衝撃的な出来事の後、レオ達は教会前の広場に居ながらも、民衆とは少し離れた場所に立っていた。

 正確には、民衆がレオから距離を取っている。

 最初こそ、ルシャ達を護ったレオに対して歓声が沸きもしたが、それもレオが振り返るまで。

 そこから先は語るまでもないだろう。


 サマカの死体は、現在周りからは隠された状態で処理されている。

 さらに爆発のあった中央塔の上層階も慌ただしい様子だ。


「どうなってるの? 全然理解が追い付かないんだけど……」


 正直、リベラの言うことに全面的に賛成だ。

 レオは表にこそ出していないが、連続する出来事に考えるのを半ば放棄している。

 急な爆発に、空から降ってきたサマカ枢機卿。もはや意味が分からない。


「…………」


「……アリエス?」


 しかし、こんな時に頼りになる白銀の少女はいつものようにこぶしを唇に当てて何かを考えているようだった。

 やがて彼女はいつもの構えを解いて、レオに近づく。

 誰も聞こえないために、肉薄するほどの距離でアリエスは口を開いた。


「レオ様、昨日見た右目の光景は変わっていないですよね?」


「……え? あ、ああ」


 なぜ急にと思ったものの、正直に答える。

 深く見たのは今まで見ていたのと同じ、ルシャが牢屋で死ぬ光景だった。

 牢屋で、死ぬ?


「おかしくありませんか?

 今のはレオ様が動かなければルシャ教皇は死んでいたように思えます。

 にも関わらず、右目が昨日の夜に反応していないなんて」


 これまでレオの力で死の光景を回避したことはある。

 けれどそれは、死の光景を事前に見ていることが絶対だった。

 レオは分からないながらも、分からなさ過ぎて逆に気持ち悪く感じてきた。


「……なあアリエス、思っていたことがあるんだ。

 ルシャ教皇が死ぬ光景なんだけど、これまでと違って遠い未来の話なんだ。

 アリエスやリベラは近かったのに」


「……そう、ですよね。

 だからわたし達はまだ始まってもいないルシャ教皇の危機を防ごうとしている。

 確かによくよく考えればおかしいことだらけです」


「レオの右目がおかしくなっちゃったってこと?」


 リベラの発言に思うことがあるものの、一応言葉通りではあるのでレオは頷いた。


「誤作動を起こしているか、遠い未来を見るようになっている?

 でもそうなると……レオ様はこれから先、かなり長いこと右目に苦しめられることになります」


「……それは嫌だな」


 純粋に感想を口にすると、アリエスとリベラの表情がはっきりと曇った。

 慌ててレオは先ほどの言葉を否定しにかかる。


「い、いや、けどまだそうなったかは――」


「「レオさん」」


 背後から声を掛けられ、レオは振り返る。

 いつの間にそこに来たのか、二人の勇者スイードとメリナが立っていた。

 敵意がないため気づかなかったが、それ以上に焦っていたために気づけなかった。


「「先ほどの件ですが、何か気づいたことはありませんか?」」


「……感知系の祝福は切っていた。だから分からない」


「「そうですか」」


 どうやら二人はあくまでも最強の勇者であるレオが何か掴んでいないかを聞きに来ただけらしい。

 自分は勇者であって、兵士や憲兵ではないのだが、ということを思ったものの、ふと気になったことがあったのを思い出した。


「以前に二人が言っていた教会に気を付けろ、というのはガーランド教皇の話か?」


 以前、アリエスも口にしていた疑問を直接スイード達にぶつける。

 答えは肯定であるとなんとなく分かっていたが、どうせならばと思い、質問をした。


「「いえ、教会は教会です」」


 だが、返ってきた答えは、予想していたものとは異なっていた。


「そ、そうか……」


 彼ららしい答えに、逆に納得してしまったレオ。

 スイード達はレオの反応に対して何も言うことなく、軽く頭を下げると教会の方へと戻っていってしまった。


 そんな二人の後ろ姿を見ながら、リベラはぽつりと呟いた。


「……なんか、前から思ってたけど、取っつきにくい勇者達だね」


「そう……かな……」


 正直自分もスイード達に近い側面もあるので、少し微妙な気持ちになってしまった。


「とりあえず、宿に戻りませんか。

 ここに居てもできることは少ないと思いますし、今から何かを探りに行くのもちょっと……」


 アリエスが遠慮がちに切り出す。

 謎の爆発に、枢機卿の死という非常事態。流石にこの状況で動くのははばかられた。

 せめて明日になるまでは宿屋でおとなしくしているのが良いのかもしれない。


 彼女の言うことに反対する理由もなく、レオは頷いて宿屋へと向かい始めた。


「……ねえアリエス、どういうことだと思う?」


 帰りの道すがら、堪えきれない様子でリベラがアリエスに聞く。


「そういえば、さっきの教会爆破の件でアリエスの意見は聞いていなかったな」


 自分の右目の話しかしなかったことを思い出し、レオもそれに乗っかった。


「……お二人とも、期待してくれるのは嬉しくはあるのですが、わたしはなんでも知っているわけではありません。

 同じく、よく分からないという結論ですよ……まあ、別の事に夢中であまり考えていなかったということもありますが」


 最後の方は聞き取れなかったものの、どうやらアリエスでもよく分からないらしい。

 彼女が万能でないことは分かってはいるが、どうしても彼女の話を聞きたい自分が居る。


「ただまあ、完全に振出しに戻った感じだよね。

 むしろ手がかりも何もないから、レオが光景を見た時よりも酷い状況だよ」


 溜息を吐きながら最悪になってしまった現状を嘆くリベラに対して、レオもアリエスも何も言うことはできなかった。


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