第54話 三教皇の一人、ザウラク
目の前に急に現れた二人の勇者に、レオは訝しげに彼らを見た。
「スイードにメリナ?」
けれど二人はレオに目を向けることもなく、ただその場に佇むばかり。
そして、ほぼ同時に双子の勇者は口を開いた。
「「サマカ枢機卿について話があります。ついてきてください」」
「……は?」
ついさっきまでアリエス達と話していたサマカを出され、戸惑うレオ。
しかしスイード達はレオ達の事を気にすることもなく、踵を返して進んでいく。
アリエスと顔を見合わせるものの、彼女に頷かれ、レオは着いていくことに決めた。
大通りから路地裏に入り、教会とは真逆の方向へと向かう。
二人の勇者はこちらを振り返ることなく進んでいくが、気配は感じているのだろう。
そうしてしばらく歩き、レオ達は大きな邸宅へと案内された。
「……ここは?」
「「私達の関係者を紹介します」」
スイードとメリナの二人は振り返ることなくそう告げ、正門から中に入る。
門番は二人の勇者を見て敬礼していたので、関係者というのは間違いないだろう。
カマリの街の領主の邸宅と同じくらいの大きさの屋敷に入り、正面の階段を上る。
二階の東側へと向かい、そのまま一番奥の一室へと案内された。
スイードはノックもすることなく扉を開け、中へと入る。
レオもそれに続くと、部屋の中には数人の人物が居た。
「……へぇ、こりゃあ確かにすごい呪いだねぇ」
執務机の向こうに座っていたのは黒髪を短く切りそろえた神父服を着た男性だった。
恰幅がよく、年齢は40代くらいだろうか、レオを見ようとしているものの、その瞳には恐怖が見て取れる。
ふと、男性が円形の紋章のようなものを首から下げているのに気づいた。
同じようなものを、ルシャも身に着けていた気がする。
部屋には3人。先ほどの男性の後ろに、まるで彼を警護するように直立する筋骨隆々の男性と、眼鏡をかけた女性。
そして部屋の長椅子に寝そべり、戦場における略地図を弄っている少女が一人。
彼らはファイやサマカと同じ服装をしているため、枢機卿なのだろう。
「で、スイード君、メリナちゃん、彼が君の言うレオ殿でいいのかい?」
「「はい」」
ルシャと同じネックレスを首から下げる男性の質問に、二人は声を被らせて答える。
へぇ、と呟いた男性は立ち上がり、頭を下げた。
「こんにちはレオ殿、私は教皇ザウラクだ」
やはり、とレオは思った。
枢機卿の服に身を包んだ後ろに立つ2人と長椅子で寝そべっている少女。
彼らから、男性が教皇ではないかと思っていたところだ。
首から下げるネックレスは教皇の証なのだろうか。
このレーヴァティに居る三人の教皇の内の二人目との急な邂逅。
確かにアリエス達からルシャ以外の教皇については軽く聞いていたが、名前までは知らなかった。
「……どういうことだ?」
ただ、そんな教皇が自分に接近してくる理由が分からず、レオは単刀直入に聞く。
返ってきたのは、ザウラクの真剣な表情だった。
「宿屋では失礼した。同じ教会の一員としてサマカ枢機卿の代わりに謝罪をするよ。
宿の店主には追い出されていないかい?」
一瞬このザウラクという男が黒幕かと思ったものの、どうやら彼は無関係らしい。
あくまでも同じ教会に属するから謝罪をしているようだ。
「ああ、宿の店主には良くしてもらっている」
「そうか、それは良かった」
視線を合わせることなくザウラクは歩き出し、執務机の前まで移動し、そこに腰を預けた。
手を合わせ、ピリピリとした雰囲気が部屋に満ちる。
「スイード君から話は聞いている。あなたは勇者の中でも別格だと。
だからこそ、サマカ枢機卿の事について情報を提示したいんだ」
「……協力しろということでしょうか」
今まで黙っていたアリエスが声を上げると、ザウラクは彼女をじっと見る。
そして首を横に振った。
「いや、あくまでも情報を提示したいだけだよ。
スイード君から、レオ殿は絶対にサマカ枢機卿を許さないであろうことは聞いている。
ただ、彼で止まっては困るんだよ」
ザウラクの言葉を、レオは理解ができなかった。
サマカが怪しいことは理解しているし、彼がルシャに対して何か危害を加えるならそれを止めなくてはならない。
だが、そこで止まっては困るとはどういうことか。
「……サマカ枢機卿は愚物だ。あれはルシャ教皇の威信に支えられているだけの俗物だよ。
けれど、彼だけではここまで大掛かりなことはできないし、なにより私達が彼を蹴落とすことができているはずなんだ」
「……サマカ枢機卿を排除する機会はいくらでもあったのに、何者かに邪魔をされている、ということですか?」
ザウラクの言葉に、アリエスが返す。
教皇は白銀の少女を見て、目を見開いた。
「へぇ、驚かないんだね。薄々感づいていた感じかな?
……サマカ枢機卿は裏で、ある人物と繋がっているのではと私達は考えている」
何やら話が大きくなってきた。
今までは教会に潜入し、サマカを見張れば何かが分かるかもと思ったが、事はそう簡単でもなさそうだ。
「それが誰なのか分かっているのですか?」
「十中八九、ガーランドの爺さんだろうねぇ」
ザウラクの言葉に、レオは内心で首を傾げる。
ガーランドの爺さん、という人物に思い当たる節がなかったからだ。
「もう一人の教皇様だよ」
それを感じ取ったのか、リベラが耳打ちをしてくれる。
なるほど、三人の教皇の内、最後の一人か。
「それは確かなのですか?」
「情報の出どころは言えないけれど、サマカ枢機卿はガーランドの爺さんの派閥と頻繁に接触している。
これは間違いない事実だ」
アリエスの問いに、ザウラクははっきりと答えた。
ふとそのとき、レオはあることに気づいた。
横の長椅子に寝そべる少女は、先ほどまでは戦略図に視線を落としていたが、今はじっとアリエスを見ている。
その瞳が、アリエスがよくする物事の本質を見極めようとするものに近いことを直感で感じた。
「まあ、そういうわけだからサマカ枢機卿をなんとかするのはいいけど、その背後のガーランドの爺さんのことも一応知っておいてくれよ。
少なくとも、サマカ枢機卿の単独犯ではないってことだけでも」
にやりと不敵な笑みを浮かべ、ザウラク教皇はそう告げる。
どうやら、本当に情報をくれるだけらしい。
「……何の見返りも要求せずに、重要な情報をくれるんですね」
しかし、レオと違って疑り深いアリエスはじっとザウラク教皇を見つめ、そう呟いた。
その疑惑の視線を、ザウラク教皇は微笑みで受け止める。
「私は教会の腐敗を根本から断ち切りたいと思っているだけだよ。
だからこそ、スイード君が高く評価するレオ殿にその役割を勝手に期待しているだけさ」
「…………」
流石のレオでも、今のザウラクの発言が本心からではないことは分かる。
アリエスは何も言わずに、ただじっと彼を見るばかりだ。
「分かりました。情報ありがとうございます」
「どういたしまして」
アリエスの礼に対して作ったような笑みで、ザウラクは返す。
話は終わったので、アリエスはレオに「行きましょう」と告げる。
レオもそれに頷き、部屋を後にした。
最後にチラリとスイードとメリナを見たが、彼らは何か言うわけでもなく、目を向けるわけでもなく、ただ立っているだけだった。




